2012年4月4日水曜日

人間はスベカラク、道具を使って進化して来た。




今や世の中に数多ある「道具」。用途も様々でモノがあるのが当たり前の世の中で、そのモノ自体に感謝すらしない時代である。



そんな現代であるが、道具を多用して仕事をしている私にとってね、すこぶる嫌いな道具の数々がある。それは、モノの頭に「使い捨て」と付けられている、残念な道具達である。但し、衛生的に回避し難い医療用具や食品関連商品は除くがね。



いの一番に嫌いなモノの代表は、雨が降ると商店の軒先に陳列されるゴミの代表である、「ビニール傘」。先般吹き荒れた4月の爆弾低気圧や、台風の様に気象条件が悪い中、傘を差すって行為も日本人の愚行の一つであるが、そんなゴミを一瞬で突風に破壊され、あろう事かそれを道端に放置して行く無神経さは一体、どうすれば育まれてしまうのだろう?誰かが片付けてくれる?大風の時に愚かしいビニール傘を買って、一瞬のうちに忽ち破壊され、そのゴミを放置し、そのゴミはまた突風で四方八方へ飛んで行く。それがどれだけの人を危険に晒しているのかと想像すら出来ない低俗な人間であると認識せざるを得ない。煙草のポイ捨てをするヤツより低俗で悪質である。



何故、地震などとは違い、気象条件は予め予測されてりるのに、である。傘を持って出掛ける、若しくはもう大風が吹いているのにビニール傘を買うのか?愚の骨頂である。ビニール傘で無い傘を家から持って行くだけならばまだイイ。使わずに持って帰ってくれば良いのだ。地震があってあれだけ備えがどうしたって言っている割にはね、相変わらず愚行を繰り返す多くの人々。



悪い事は言わない。そんな日に出掛けなければならないのならば、合羽を着る覚悟を持って出掛けて欲しい。使い捨ては駄目だ。テンで使い物にならないビニール傘の代わりに、ビジネス用のスーツを持ち歩く方が余程賢明であろうよ。



あなた方が捨てて行った傘が、歩行者に、ジドウシャに、そして自転車に向かってすっ飛んで来る恐怖だ。傘を投げ捨てて行く下衆なお前らには想像もつかないのだろうが、願わくばそんな捨てられてあっちこっちに舞い上がっては飛ばされる傘が、私は傘を捨てた奴に直撃する事を願って止まない。想像もつかないのなら、身を以て知るべきである。密必の故意である。大袈裟に云えば殺人未遂だぜ。壊れた傘を、せめて、せめて持ち帰れ。自分の家で処理しろ。





文明が進化して、便利な世の中になった。東日本の大震災で、日本人は多くのモノを失い、そして気付いた何かがあった筈だ。使い捨ての時代は終焉を迎えるべきである。割り箸もそう。洗って使えるモノにしたらイイと思うし、衛生面でどうこう云う御仁は、手前で箸を持って行きなさい。



使い捨てカメラってのが一時期流行した。これは手軽に写真を収められるからってんで、まだ携帯が普及する前には観光地を始め、世界中で販売台数を伸ばした。これは使い捨てカメラって揶揄されているが、実はこれを作っていたメーカーも、実はカメラでは無く、レンズ付きフィルムであると云って憚らなかった。なるほど、云い得て妙だ。そのレンズ付きフィルムは、使われても捨てられはしない。キチンと現像をされ、写真とネガは持ち主に返され、外側はメーカーに回収され、再利用された。ある意味、利便性の具現化の象徴とも云える。



だいたい、ビニール傘を使って、暫く放置しておくと、張り付いてしまって使えなくなる。持って帰っても次に使えぬモノなど、無駄以外の何物でも無い。道具を使う生業の人間は、その道具の感覚ってモノが非常に大切なんだよね。私はそう。道具は使うと減るんだ。確実に。そして手に馴染むのね。例え同じメーカーで同じ機材でも、他人が使った道具は、どうもしっくり来ない。だから道具が人に使われるのが嫌い。例えて言うとさ自分の使用している歯ブラシを人に使われるのって、どう?考えもしないだろ?衛生面だけの問題なのかな?違うでしょ?箸だって茶碗だってコップだって、自分のモノを使っていない?グラスはせめて家族で使い回しはあるだろうけれどね。



先日、購入した新たな工具達、コレが思いの他使い勝手が良く、一人ほくそ笑んでいるんだ。当然、使うイメージをして購入するんだが、それが期待以上だと、大変喜ばしいモンなのだ。



世の中に溢れている「使い捨て」の道具。道具に愛着が持てない道具は、道具では無い。多分あなたもお持ちであろう自転車も、、願わくば「使い捨て」となっていない事を切に望むのである。



モノに愛情を注ぐ。愛着ってのはきっと、そう云うモンなのだと思う。





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