・・・微妙だ。自転車は難しい。
自転車って乗り物は、どうしたって車体も含め、
消耗部品の集合体であるからして、
どうしても長持ちさせたい場合、屋内管理を徹底し、
なるべく乗らないに徹すると・・・。
わはは。それでは自転車本来の使用法をいささか逸脱している感が大きい。
ってか、自転車は乗るモンである。
翻ってアベノミクスである。成長戦略だの、何本の矢だの、
大騒ぎをしている結果、円安が加速し、輸出産業が好調となる一方、
ママチャリを含め、海外生産の自転車は、来年度から
値上げを余儀なくされるという寸法だ。
最近、古くから存在する英国のブロンプトンというメーカーの
折り畳み自転車を取り扱う事となった。
昔はイギリス製と台湾製のモノが存在し、取り扱いもユルい感じだったんだが、
現在は結構シビアな感じで、作り、販売し、ファン層も熱狂的な人が多い。
で、それがなかなかのペースで売れる。
現行のママチャリやら、ビーチクルーザーやら、
何しろ面白可笑しい自転車は売れない。
ってか、売ろうとしないし、何だかいりもしない在庫をノルマ的に持たされ、
それどころでは無いのが本音と云った所だろうか?
ロードレーサーの進化も甚だしいぞ。どこがどう始めたのか、
アンチシマノ製品の具現化なのかは知る由も無いが、
兎に角、新しい規格を矢継ぎ早に投入しまくる。
アメリカンバイク(アメリカだからバイク)メーカーにその傾向が顕著だが、
ヨーロッパのレーサー(ヨーロッパだからレーサー)にも大きく影響し、
市場は混沌としているのだよ。
それぞれに独自性を見出す様に、同一部品に互換性を持たせないのが
特徴でね、あたかも自転車って機材は、消耗品の使い捨てのモノとして
扱われているかの様である。
電動シフトシステムに至っては、もうパソコンありきで考えられており、
苦労して配線を施してもサッパリ動かず、しかしながら製品に説明書などは
無く、仕方なくシマノに電話で問い合わせると、
ファームウェアをアップデートしてくれと云う。
・・・ファームウェアのアプデ・・・!?え?自転車?
・・・イラッとするよね。
確かにノンストレスでシフティングがウルトラスムーズで、レース機材であろうよ。
有る程度のマニュアル的なモノ位は用意して欲しいモンである。
そこにどう至るかってのすら無いってのは、些か無責任ではなかろうか?
決して安い商品じゃ無かろうよ。
海外製品などは、日本語の説明すら無いモノも本当に多い業界である。
閑話休題。
日本に於いて、一般的な、所謂「ママチャリ」っては、もう変貌を遂げないとならない時期に、とっくに差しかかっていると思う。
大手の営業が来て、是コレを販売して欲しい、も然りだが、
もう少し時代に則した的なモノ作り、即ち自転車の本来のスピードへの
回帰が肝要。
現行はまだまだ旧態依然とし過ぎていてね、気持ちは分かるが、
時代錯誤も甚だしいのだ。
せめて世界基準レベルの自転車作りを切に望みたいモンである。
我輩はね、ママチャリを含め、自転車なら何でも直す、
又は直す努力をする。
でもね、昨今の勝手な自転車作りの適当さには、些かイラッとするのだよ。
何も全部が全部、レースをする訳ではないのだから、
毎年のモデルチェンジは不必要であると考える人は少なくないし、
戦略としては解らないでもないが、販売店ばかりに在庫等々を
押し付ける販売方法は如何なモノか??と思うんだ。
自転車は鉄やアルミなどの素材も、それぞれのメリットもあり、
乗り手に合わせて選択されて然るべきなのであるよ。
ブロンプトンは普遍的な佇まいを放つ。それを乗り手、
若しくは買い手は理解し、多少高価な、小さな折り畳み自転車に
大枚ハタいて買って行く。一様に、素敵な笑顔と共に、
自転車を買って行く。
それが、大いなる魅力。
自転車って乗りものは本来、自由な乗り物である筈なんであるが、
いまやがんじがらめ極めて不便な、特に売り手にとっては・・・だがね。
そんな乗り物になり下がっている場合も有るや無しや・・・とも云えなくもない。
先日バーゲンで手にしたダウンヒルタイプのマウンテンバイクを
富士見に持ち込み、愉しんで来た人がいる。ロードやら折り畳みやら、
沢山の自転車を持ち合わせるオッサンだが、掛け値なしに
愉しかったそうである。
この人はマウンテンだけじゃ無く、ロードレースやったり、折り畳み自転車で
輪行サイクリングをしたり、兎に角色んなスタイルで自転車と接する人だ。
こんな自由な発想の自転車遊びが、身近にある事こそが望ましいと思う
今日この頃なんである。
最近、少しだけ珍しいジドウシャを入手し、愛でているのだが、
我輩は特にクルママニアでは無いし、
それなりに不便やアラも見え隠れして来ている。
偏見だろうが、ジドウシャなんて、存在自体が便利なのだから、
最低限事故防止や回避の為、オートマなんて無くすべきだと思っている。
と云うよりも、ジドウシャ自体が便利な乗り物であるが故、
マニュアル程度の操作をする煩雑さ位、人に課すべきではないかと
思うんだ。
運転席で、斜に構えて片足持ち上げて、ハンバーガー食ったり、
スマホをいじったりする位暇なヤツが多いってのは、
愚の骨頂であると思うんだよ。
クルマを操る、機械を操る愉しみ、ドライビングプレジャーなんて、
もはや死語なのだろうかねぇ?
自転車は人力だ。最低限、ペダルを漕ぐ。当然乍ら進む。
電動アシスト?必要無いだろ?
本来はね。
ご老人が云々との意見もあろうが、齢80を越えても尚、矍鑠として、
クロスバイク等、スポーツ車に乗る現役の人も大勢知っているので、
自転車に乗る側で鑑みると、ご老人=電動アシストって考え方を
正当化するのが難しいんであるよ。
人力で、何処までも行ける自由度の自転車がだ、電池の消耗を、
あたかもジドウシャのガソリンが減るかの如く見つめながら走るってぇ行為は、愚かしい気がしてならない。
実際、ジドウシャのオートマを無くせば、不要な事故は減るだろうし、
クダラナイながら運転なども減るだろう。
メシ食ったり、スマホしたり、本来運転とはかけ離れた行動をしている輩が、
よもや自動車が趣味だの、ジドウシャ好きだのと宣わないでほしいのであるよ。
右手を窓の外に付き出して煙草を吸っている御仁。
外は灰皿では無い。お前の乗るそのジドウシャの灰皿を使用し、
窓は絞め切って吸いなさい。
煙草が好きなんだろう。室内を煙で充満させながら吸えば良いではないか。
灰や吸い殻が飛んで来る事がしばしばな自転車乗りは、
いつも後ろで憤っておるのだよ。
アベノミクス・・・。
全然関係無い話になっちまったなぁ。
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