2012年11月19日月曜日

大人の大運動会



さて、四面楚歌の民主党が、とうとう解散を決意し、泥船から逃げ出すネズミ議員がマスコミを賑わす昨今ですが、大同だの小異だの、野合だの、合同だのって、どっかの取っ手付きの焼酎メーカーみたいな事を連呼している先生方、私は国民の生活が一大事の幹事長代表代行です(嘘)。強いて云えば「ネズミ講解散」的な様相を呈して来ているのだが、何かと飽きっぽく、新しモン好きで、忘れっぽい我等の国民性でありますがね、せめて国民不在の不毛な選挙や政治とならないように、切に願いたいモンである。

特に!小選挙区で当選せず、比例で復活した政治家とか、比例のみの立候補で当選した党の議員が離党する場合、議員辞職しなければならないという立法を是非作りなさい。若しくは他政党には次の選挙まで入党出来ず、無所属で行動しなければならない。とかね。他力本願で当選し、風向きが悪いと追い風の他党に乗り変える、なんてぇ非礼千万な輩はね、本来、国民の代表たるべきではない。自分の保身に走る様な人間は、とてもじゃないが、お国の為に働こうとなんぞ、壱㎜も考えちゃあいなかろうよ。

まぁいい。

過日、お店の常連さん有志の面々で、久方振りに、耐久レースに参戦して来たんだ。その名も・・・

2012全日本7時間耐久サイクリングin袖ヶ浦」

意外(?)にも、若しくは、いつもながら(?)かは定かではないが、平均年齢高めの、私を除いた健脚自慢のおじさん連中と婦総勢21名と美しの婦女子3名の、24名という結構な所帯での参加であったのだ。一人は果敢にも7時間ソロ出場をすると意気込んでいるのであった。

結構勝ちに行った本気モードの「チームA」から、愚生が所属する「チームE」までの5チームと、ソロ出場1名。チームAからCまではオープン男性チーム。D及びEチームは婦女子が入る男女混合チーム。Aチームは相当に走れる人達だから、割と本気モード。他は皆、和気あいあいと順番決めなどをしていたんだ。

いよいよスタート。各チームのスターターがスタート地点に陣取り、一斉にスタート。スタートは4時間耐久出場チームも一緒である。7時間耐久サイクリング、なんてぇ大会名なのだが、なんのなんの、みんな気合いが前面に出て、スプリントレース並みの飛び出し様である。・・・お~い。あと7時間もあるんだぞ~~。って感じなのだ。

始まり際の集団走行中、下りコーナーでアクシデントが見て取れた。・・・どうやらウチのチームっぽいジャージである。嫌な予感は当たり、ソロ出場のN山さんであった。落車によって、右肩鎖骨骨折という怪我をしてしまった。監督・助監督としてレース観戦に来てくれていたTさん、Kさんの御好意で、千葉市内の病院へ搬送され、N山さんはそのままリタイヤとなってしまった。う~む、残念。

それぞれのチームが、12.436kmのコースを、大体45週を走行し、それぞれ交代する。5周すると大体12.18km程。それぞれの力量で、最大限、全力で走行する。愚生の所属するEチームなぞは、途中から婦女子2名にルールを改ざんされ、婦女子は3周で交代するって事で、いつの間にやら事が進んでいたのだ。

それぞれに走るチームメイトを精一杯声援し、野次り、罵詈雑言を浴びせ・・・なんてぇ事はありませんですが、何しろオッサン連中が愉しそうなんである。Aチームのスーパードクター、I病院のS先生なぞは、愚生がロードレーサーに乗っている(載っている?)所を初めて見たと云う始末。だよねぇ。ウチは全員が挙ってレース参戦なんて、今までやった事が無いものね。

そんなこんなの袖ヶ浦耐久レース、終わって見ればチームAは流石の5位101周。246.036kmを走行した計算になりますな。立派立派。パイパチ。チームD2392周回。224.112km。チームC24位91周回。221.676km走破。混走チーム4位、チームE86周回、209.496km走破、混走6位のチームD85周、207.06kmでした。Eチームの一人当たりの平均走行距離は、約41.8992km程。流石のチームAは精鋭4名の参加であるから、一人当たり、61.509kmも走っている。AチームとEチームの走行差はおよそ19.6km。流石であるよね。

みんなで協力的に走り合う耐久レース。こりゃあ愉しいよね。年に一回ぐらいはお店を上げて参加すりゃあイイと思うね。自転車遊びをクリエイトするのも、コレからのショップには必要なんだと思うよ。


そんな愉しいレースも終わったある日、いつもの様に通い慣れたいつもの道を自転車で帰宅途中、突然道の真ん中にご老人が現れて(飛び出して)来て、衝突を避けようと咄嗟に自転車ごと大転倒し、辛くも衝突だけは逃れる事が出来た。お爺さん、自転車だって急には停まれませんのだ。

愚生もまだまだ精進が足らんのである。

幸い、左足を強打したが、大事には至らず、回復しつつあるが、やはり自転車も車両の仲間である限り、交通事故は大いに有り得るのであるよね。もう少し対人や対物の保険に対し、勉強をしておかないと、自転車運転者が、容易に加害者となってしまう可能性が高いとつくづく思ったのだ。その昔、損保を生業として少しだけかじっていた事もあるので、その辺りの必要性と、自転車に対するこの国の車両と云う認識度の圧倒的な低さには、真剣に危惧してしまうよね。交通事故の賠償問題は、加害者も、被害者も不幸になるからね。

自転車だからって、賠償金が安くなんぞは、決してならないのである。

レース場は、お爺さんが飛び出して来る様な事が無いから、安心だ。

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2012年10月29日月曜日

プロからの視



今回はチョイとシュールで辛辣な内容となってしまうかもしれないんだが、ま、正しくない事であると、腹に据え兼ねているので、書くことにした。

私の生業は、街の自転車屋さんである。職業柄、多くの自転車を取り扱っている。自転車と云うのは、道路交通法上「軽車両」というカテゴリーに属しており、レッキとしたクルマのお仲間なんであるよ。一応、自転車を取り扱うにあたり、「自転車安全整備士」「自転車技士」という資格があり、近年、スポーツ自転車を取り扱う人員に対し「スポーツBAA認定技術者」なんてぇ制度も出来た程である。

業界に携わって思ったんだが、結構輪界(自転車業界)ってのは、保守的でもって、昔堅気な体質を持った業界なんである。

が!である。しかし!である。こと安全性やら、販売業態については、非常にユルイ。何しろ、自転車の知識なぞ、一切無い人間が!自転車を!いつでもどこでもだれとでも!販売する事が可能で!売りっ放しで修理など一切しなくても!構わない!という出鱈目が横行しているんだ。

もうね、買う側も、自転車の見分けが色以外付かないから、3万円の自転車と1万円の自転車の違いすら解らないって云うか、興味すら無い。「どうせ盗まれちゃうんだから」って高いモノはハナっから買わないと云う。盗難防止対策など、一切考えないんだ。盗まれるの大前提。ありとあらゆる持ち物で、盗難を前提に購入される品物が一体、どこに存在するのだろうか?まことに不可思議な事実なんであるよ。

でも、これが歪んだ日本のガラパゴス的発想に基づくママチャリ自転車の認識であり、意識なんである。ユーザーがこれだから、いよいよふざけた商売が横行するんであるよ。

もともと自転車は、盗まれる前提で買うから、安モンの買った瞬間に錆びてしまう様なモノを喜んで買うから、すぐにボロくなるよね。当然空気も入れず、油も注さず、清掃すらしないで雨ざらしである。体よく盗まれなかったとしても、いらなくなると(使えなくなると、及び修繕、整備が必要になると)、修理代が高くつくという理由で、駅周辺や学校校内に放置し、誰かが処分してくれるのを待つ。明らかに不法投棄なんである。毎年、市町村単位で、多くの税金が投入され、廃棄されて行くのだ。

そこに、自転車になんぞ絶対に乗らないであろう、トンチキな輩が、捨てられるゴミ自転車に目を付け、あろう事か、「これはもったいない」などとタダで貰い受け、ほぼ捨ててある状態で(車体を拭く程度はするだろうが)、フランチャイズ化し、整備も自転車も素人に卸し、売ったり、貸したりしている。

タイヤも使い古しの中国製だから、ズタボロの雑巾みたいなタイヤってのも、ブレーキシューも完全に磨り減っているし、ブレーキのアウターワイヤーは紫外線や酸性雨に晒され、ボロボロの状態。そんな自転車に騙されて(?)乗らされている学生さんが日々諦めの表情で修理にやって来る。不思議な事なんだが、1万円位で購入した自転車が、タイヤが磨り減ってしまい、前後のタイヤ交換が必要となると、半数の人が買い替えを検討する。1万円で購入した自転車でも、3万円で購入した自転車でも、タイヤの交換は前後で約6500円程度掛かってしまうし、当然、ブレーキや消耗品を交換すると、その自転車の購入価格を簡単に修理代が上回ってしまうからである。品質は褒められないだろうが、買い替えにより、全てが刷新し、新しくなると云った点では、安全上望ましい事ってのも、また一方の事実なんである。

修理代がべらぼうな訳ではない。むしろ他の店よりは安価な設定だと思う。昔の自転車の価格がそれだけキチンとした正規の価格で流通していただけの話なんである。

だが、そのレンタル自転車は、使うユーザーがあくまでも「借り物」って認識が強いので、5~6000円程度で借りている筈のモノを、修理は自分持ちって契約だからと、はっきり言って直す価値を見出すのが難しい自転車を修理して欲しいと来る。

レンタルする乗り物は、基本的に新車であるか、有資格者の整備士が責任を持って修理修繕したモノを使用するべきだし、エコロジーを謳っていたりするのが曲者で、一番重要である「安全」ってのを、完全にないがしろにされてしまっているのである。エコロジーでも何でもないよそんなの。たんなるエゴである。マスコミも挙って取り上げたりするんだが、問題点をさっぱり見抜けないんだ。そんな整備不良の自転車に折角頑張って大学何かに入った高学歴の御子息に乗らせてだよ、大けがをしたり、死んでしまっては、身も蓋も無かろうよ。そんな事は、私が云うまでも無い、当たり前の事なんじゃ無いのかねぇ。本当にちゃんちゃらオカシイ話なんである。

現在の日本の自転車のシステムであると、残念ながら安全性を確保するという事は難しい。既存の日本のメーカーは自転車JIS規格に則って自転車製造をしたり、委託したりしているが、輸入車(自転車)は、生産国の安全基準がクリアしていれば、日本国内で販売しても良い(!)という事になっている。ママチャリはほぼ100%、世界中に於いて、唯一日本国でのみしか販売されていない。あまりに低性能過ぎて、日本以外では使いようが無いのだと云う。多くの日本人は、その意味が解らないだろう。そしてその生産国はほぼ100%が中国製である。全てではないにせよ、中国の安全基準のモノが、日本を席捲しているんだ。無責任な商社が、乱売目的の為に安全を無視して、大量に輸入を決め込み、インターネットなんかで垂れ流す。そんな体たらくなんであるよ。

我々新車の販売店も、多くのメーカーもね、多くの自転車を大量に展示して薄利多売といった販売手法は、考え直さなければいけない時代に差し掛かっていると思うんだ。

大量生産型に大量消費型、かつてこの国が行って来た負の遺産。古い体質の輪界が未だにコレを由とし、使い捨て型生産を続ける。仮にそれを企業が回収し、その部品等々を溶解し、鉄、その他リサイクル部品として再生し、新しい自転車を作りましたってんなら、それは褒められた事業となろう。ま、鉄なども粗悪なので、リサイクルはかなり難しいのだそうだがね。また出来たとしても、一流メーカーのそれよりも高額で売らなければ話にならないのだ。リサイクルには、莫大なコストが掛かるから。

そんな品質を無視し、見た目がよさそうだからと、厚顔無恥にもそのまま使っちゃう事をだ、決してエコロジーなどと宣ってはならない。自転車メーカーも資本があれば卸すシステムを変えないとね。…ある程度の法規制が必要だと思うけどなぁ。政府もあの体たらく・・・嗚呼、自転車の未来はいかばかりか?orz

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プロからの視点



今回はチョイとシュールで辛辣な内容となってしまうかもしれないんだが、ま、正しくない事であると、腹に据え兼ねているので、書くことにした。

私の生業は、街の自転車屋さんである。職業柄、多くの自転車を取り扱っている。自転車と云うのは、道路交通法上「軽車両」というカテゴリーに属しており、レッキとしたクルマのお仲間なんであるよ。一応、自転車を取り扱うにあたり、「自転車安全整備士」「自転車技士」という資格があり、近年、スポーツ自転車を取り扱う人員に対し「スポーツBAA認定技術者」なんてぇ制度も出来た程である。

業界に携わって思ったんだが、結構輪界(自転車業界)ってのは、保守的でもって、昔堅気な体質を持った業界なんである。

が!である。しかし!である。こと安全性やら、販売業態については、非常にユルイ。何しろ、自転車の知識なぞ、一切無い人間が!自転車を!いつでもどこでもだれとでも!販売する事が可能で!売りっ放しで修理など一切しなくても!構わない!という出鱈目が横行しているんだ。

もうね、買う側も、自転車の見分けが色以外付かないから、3万円の自転車と1万円の自転車の違いすら解らないって云うか、興味すら無い。「どうせ盗まれちゃうんだから」って高いモノはハナっから買わないと云う。盗難防止対策など、一切考えないんだ。盗まれるの大前提。ありとあらゆる持ち物で、盗難を前提に購入される品物が一体、どこに存在するのだろうか?まことに不可思議な事実なんであるよ。

でも、これが歪んだ日本のガラパゴス的発想に基づくママチャリ自転車の認識であり、意識なんである。ユーザーがこれだから、いよいよふざけた商売が横行するんであるよ。

もともと自転車は、盗まれる前提で買うから、安モンの買った瞬間に錆びてしまう様なモノを喜んで買うから、すぐにボロくなるよね。当然空気も入れず、油も注さず、清掃すらしないで雨ざらしである。体よく盗まれなかったとしても、いらなくなると(使えなくなると、及び修繕、整備が必要になると)、修理代が高くつくという理由で、駅周辺や学校校内に放置し、誰かが処分してくれるのを待つ。明らかに不法投棄なんである。毎年、市町村単位で、多くの税金が投入され、廃棄されて行くのだ。

そこに、自転車になんぞ絶対に乗らないであろう、トンチキな輩が、捨てられるゴミ自転車に目を付け、あろう事か、「これはもったいない」などとタダで貰い受け、ほぼ捨ててある状態で(車体を拭く程度はするだろうが)、フランチャイズ化し、整備も自転車も素人に卸し、売ったり、貸したりしている。

タイヤも使い古しの中国製だから、ズタボロの雑巾みたいなタイヤってのも、ブレーキシューも完全に磨り減っているし、ブレーキのアウターワイヤーは紫外線や酸性雨に晒され、ボロボロの状態。そんな自転車に騙されて(?)乗らされている学生さんが日々諦めの表情で修理にやって来る。不思議な事なんだが、1万円位で購入した自転車が、タイヤが磨り減ってしまい、前後のタイヤ交換が必要となると、半数の人が買い替えを検討する。1万円で購入した自転車でも、3万円で購入した自転車でも、タイヤの交換は前後で約6500円程度掛かってしまうし、当然、ブレーキや消耗品を交換すると、その自転車の購入価格を簡単に修理代が上回ってしまうからである。品質は褒められないだろうが、買い替えにより、全てが刷新し、新しくなると云った点では、安全上望ましい事ってのも、また一方の事実なんである。

修理代がべらぼうな訳ではない。むしろ他の店よりは安価な設定だと思う。昔の自転車の価格がそれだけキチンとした正規の価格で流通していただけの話なんである。

だが、そのレンタル自転車は、使うユーザーがあくまでも「借り物」って認識が強いので、5~6000円程度で借りている筈のモノを、修理は自分持ちって契約だからと、はっきり言って直す価値を見出すのが難しい自転車を修理して欲しいと来る。

レンタルする乗り物は、基本的に新車であるか、有資格者の整備士が責任を持って修理修繕したモノを使用するべきだし、エコロジーを謳っていたりするのが曲者で、一番重要である「安全」ってのを、完全にないがしろにされてしまっているのである。エコロジーでも何でもないよそんなの。たんなるエゴである。マスコミも挙って取り上げたりするんだが、問題点をさっぱり見抜けないんだ。そんな整備不良の自転車に折角頑張って大学何かに入った高学歴の御子息に乗らせてだよ、大けがをしたり、死んでしまっては、身も蓋も無かろうよ。そんな事は、私が云うまでも無い、当たり前の事なんじゃ無いのかねぇ。本当にちゃんちゃらオカシイ話なんである。

現在の日本の自転車のシステムであると、残念ながら安全性を確保するという事は難しい。既存の日本のメーカーは自転車JIS規格に則って自転車製造をしたり、委託したりしているが、輸入車(自転車)は、生産国の安全基準がクリアしていれば、日本国内で販売しても良い(!)という事になっている。ママチャリはほぼ100%、世界中に於いて、唯一日本国でのみしか販売されていない。あまりに低性能過ぎて、日本以外では使いようが無いのだと云う。多くの日本人は、その意味が解らないだろう。そしてその生産国はほぼ100%が中国製である。全てではないにせよ、中国の安全基準のモノが、日本を席捲しているんだ。無責任な商社が、乱売目的の為に安全を無視して、大量に輸入を決め込み、インターネットなんかで垂れ流す。そんな体たらくなんであるよ。

我々新車の販売店も、多くのメーカーもね、多くの自転車を大量に展示して薄利多売といった販売手法は、考え直さなければいけない時代に差し掛かっていると思うんだ。

大量生産型に大量消費型、かつてこの国が行って来た負の遺産。古い体質の輪界が未だにコレを由とし、使い捨て型生産を続ける。仮にそれを企業が回収し、その部品等々を溶解し、鉄、その他リサイクル部品として再生し、新しい自転車を作りましたってんなら、それは褒められた事業となろう。ま、鉄なども粗悪なので、リサイクルはかなり難しいのだそうだがね。また出来たとしても、一流メーカーのそれよりも高額で売らなければ話にならないのだ。リサイクルには、莫大なコストが掛かるから。

そんな品質を無視し、見た目がよさそうだからと、厚顔無恥にもそのまま使っちゃう事をだ、決してエコロジーなどと宣ってはならない。自転車メーカーも資本があれば卸すシステムを変えないとね。…ある程度の法規制が必要だと思うけどなぁ。政府もあの体たらく・・・嗚呼、自転車の未来はいかばかりか?orz

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2012年10月3日水曜日

憂歌団を聴いて、生きて来た。



201210月1日~2日未明、憂歌団のドラマーであった島田和夫さんが急逝した。様々な情報が飛び交う中ではあるが、どうも自殺ではないかと云う見方が濃厚である。

何と云う現実、何と云う喪失感。

憂歌団は、浪速のブルースバンドとして1975年、アルバム「憂歌団」でデビューし、手広くバンド活動をしていた。関西方面では有名だったのだが、関東では知名度はいま一つであったのも事実。お茶の間で有名な歌は、1996年テレビアニメが放映された時の、「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソングを歌った事で知られていると思うが、その殆どは、私の様な一風変わったコアなファンに愛され続けたのである。

私と憂歌団の出会いは、1枚のCDに遡る。私は1984年東京経済大学に入学し、フリスビー部に所属、団体競技であるアルティメットを中心に、フライングディスク競技に没頭していた。当然、全日本大会等々、全国各地の学生団体や、社会人のチームと交流する為、その土地土地の文化や音楽などを情報ソースとして、その場でその場の諸先輩方から見聞し、特に関大や近大の人達から大阪文化を見聞したりしたものだ。何しろ、携帯電話や、パソコンなぞ、全然普及していなかったからね。直に聞く情報が新鮮な時代だったのだ。

その大阪の先輩から、大学の同期のさわら君が、2枚のレコードを拝借して来た。そのうちの1枚が、憂歌団の「憂歌団 生聞59分」というライブレコードであった。もう1枚のレコードは、上田正樹と有山淳司の「ぼちぼち行こか」であった。どちらのアルバムも衝撃であった。正直、洋楽のロックバンドに傾倒し、バンドの真似ごとをしていた時期にギターを担当していた奴(現在はプロのジャズギタリスト)アマノ君に影響され、フュージョン・ジャズ・そしてブルースなんかをね、頑張って背伸びして聴き漁っていた時代だ。中高生の頃は、そんなに数多あるレコードを購入する事なぞ出来ないから、レコードのレンタルなんてぇ商売があった程なのである。そしてそれをカセットテープにダビングして、ラジカセとか、カーステとかに入れて聴くってのが、当時の若者の定番ってぇ奴だ。

聴いていたのが洋楽ばかりだから、歌詞に痺れるって事が皆無だった私はね、内田勘太郎さんのスライドギターに狂気し、木村秀勝(木村充揮)の天使のダミ声に戦慄を覚え、花岡献治のベース、島田和夫のドラム率いる、とろけるようなリズム隊に乱舞したものである。

大阪を中心に活動して来た憂歌団であるが、私が生まれ育った立川の隣の、国立って所のライブハウス「リバプール」でよくライブをやってくれてさ、万度、足繁く通ったモンである。ライブでの憂歌団のメンバーの所作がとっても格好良かったんだ。木村君がギターの先端に煙草を差して、バーボンをストレートでキューッって曲の合間に三杯位づつ、いちいち呑んじゃうから、ベロベロになりながら、ライブは続くんだ。本当に痺れたよ。

生聞59分から以降、全ての憂歌団のレコード(程なくCDとなった)を買い漁り、当時の彼女と聞くのも憂歌団。傍から見りゃあ、色気もヘッタクレもあったモンじゃ無いんだろうが、どっこい憂歌団の色気が解らない様な女ぁ、こっちから願い下げなんである。憂歌団のヘビーローテーションである。当時のレコード会社「フォーライフ」が泣いて喜びそうなネタであるよ。何しろ、ラジオ局にリクエストしても、オンエアされる事ぁ無かったからな。大ヒット(?)曲の彼らの代表曲とも云える「おそうじおばちゃん」なんぞは、掃除婦に対して、差別的な歌であるって事で、放送禁止にされてしまった程であるからね。その「おそうじおばちゃん」や「パチンコ ランランブルース」が、デート中にヘビロテ。かくも素晴らしい青春時代であったのだ。ラジオは勿論AMにリクエストだ。FMなんぞ、FM東京位しか無く、学生時代にFM横浜、ナック5、そして遅れる事1989年、BayFMが開局なんてぇ長閑な時代だから、特に立川なんて、横田基地のアメリカ軍が放送する、「FEN(ファーイーストネットワーク)」が、横文字放送でイカシているってぇ、イカレテいる考え方で以て、ラジオを聴いていたのだった。ラジオ世代。何しろ、自家用車に標準装備されているのは、AMラジオってのが当たり前だったんだぜ。カーステなんてぇ言い回しは、とっくに死語なんだろうか?

まぁいい。揺れる青春時代から、ブレる30代、起死回生の40代、そして現在に至るまで、そして、これからも、私のテーマ曲として存在して行くであろう、憂歌団の楽曲。今回の島田和夫さんの死は、何か自分の体の一部を無くしてしまった様な、そんな喪失感を感じるのである。

時期を同じくして、お茶の間では経済評論家の金子某さんのニュースばかりが取り沙汰されており、島田和夫氏を偲ぶ報道は微塵も無い。ま、報道しても、誰も解るまい。それでイイ。

憂歌団は永遠に、私の側でブルースを響かせ続けてくれるのだ。


島田和夫さん、安らかに。そして、ありがとう。ありがとう。ありがとう。


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2012年6月6日水曜日

懐古趣味とか、そう云ったモノでは無く・・・。



今回は少し興奮気味だが、どこか懐かしい、そんな味の話である。今回はね。シンプルだ。

いつの間にか、昭和のオヤヂ的な立ち位置にいる我々昭和30年代後半生まれなんであるがね、そんな事ぁ、若い君らにもいずれやって来る事なので、どうでもイイっちゃあイイやね。僕らが若い頃の話ったってね、そんなにエラそうに云えるモンでも無かろうが、日本の明日が楽しみで、まだモノもあまり無くって、でも、戦中人のオヤジや爺さんの世代からすると、お前らは何でもモノがある時代で幸せだ。なんて事を云われてさ。そりゃあそうだよね。みんなオヤジの世代がシャカリキに踏ん張って日本を支えていたのだもの。

そんな幼少時代、ラーメンって食いモンが確かにあった。地域によって様々なんだと思うんだけれど、関東地方で云うとさ、普通のラーメンって云う、煮干しで出汁を取ったシンプルな醤油味。屋台の醤油ラーメンって云えば想像が付くか?しょうゆ味ってひらがな表記の方がしっくり来るんだと思うよね。あるいはラーメンと共に良く表記されていた、「支那そば」ってヤツである。

まだ子供の頃はさ、今みたいに何だかコテコテの動物系ギットギト背油の、脂汗流して食べるラーメンなんて無かった。家系だの九州系だのね。ご当地ラーメンなんて何の話ってぇ訳でして、関東地方でその頃から勢力的に店舗が増えたシリーズはさ、札幌ラーメンシリーズなんだろうなぁ。何しろ、メニューが驚くほど豊富で、一体全体、何を食ってイイんだかがさっぱり解らない程である。

ま、そんなラーメンの黎明期ってかね、今や日本の国民食とまで言われるラーメンが林立する中、そんな遥か昔を彷彿とさせるラーメン屋を発見したんだよ。僕らが幼少の頃食っていたラーメン1杯の記憶が、250円が相場だった頃。本当にシンプルなんだけど、結構どこにでもあった中華料理って書いてあるラーメン店。おそらく、藤子不二雄の書く、ラーメン大好き小池さんが食うラーメン。所謂シンプルで、あっさりチヂレ麺が絶妙の、絶滅危惧種指定のラーメンである。

此処最近、本当に美味しいラーメン店は増えたんだろう。いつもお世話になっている立ち飲み屋の「樹」のラーメンなんか、店主のケイちゃんのこだわりで、ビックリ仰天に旨いラーメンを金曜日の夜22時以降限定でつくる。絶品だ。千葉中央にある壺中(こちゅう)というラーメン屋さんも相当に旨い。それに栄町の並木商事さんね。これが旨い。なんてのが最近のラーメンのお気に入りである。

私は夏が好きである。ビーチへ繰り出す。ビーチクでは無い。ビーチだ。で、何が好きってぇと、もう断然海の家なんだ。海の家のラーメン。決して最高に美味しい訳でも無かろうに、どこか最高に美味しいんだよ。なんて経験、みんなしてるでしょ?あの普遍的シンプルなラーメンって、おそらくラーメンの原点なんだと思っている。で、あのアツい太陽と砂浜、弾ける様な青春ヒストリーなんかが絡み合って、調味料が完成されているから、最高に美味しいんだよね。青春の汗と涙が、隠し味的なね。我々の子供の頃は、その頃の日本の屋台骨を支えていた漢達の汗と涙とやせ我慢の隠し味が利いた、そんならーめんだったんだと思うんだ。

さて、前振りはこの位にしておくとして、件のラーメン「B級グル麺」というお店である。何ともショッパイネーミングにどこかオヤジギャグ的な昭和臭さを感じていて、だが、本当に入りにくい雰囲気を満点に醸し出している、そんなお店で、あれが出来て直ぐに気付いていたんだけれど、何となく入れないでいた。どの位入り難いかって表現すると、入口にボーイが立っていて、着てる服をチェックされちゃう、ドレスコードがあった時代のディスコ位と云えば解り易いだろう。いや、凄く解りにくいだろうな。・・・まぁいい。
何しろ看板は手書き、暖簾はラーメン屋なのに赤では無く蒼色がトンじゃった様な、どこか手染め風の暖簾、しかも「B級グル麺」なんて、何のシャレだか解らないネーミングだから、「あっと驚くタメゴロー」っぽくって、何者なんだか、何屋なのかが皆目見当が付き難い。最近、巷で流行っているB級グルメ、ご当地グルメのはしりでね、あっちこっちでもてはやされている例の、アレであるが、焼きそばとかでも無い。ラーメンの麺ではあるが、あまりにもベタである。とても奇をてらって付けたネーミングでは無かろう。おそらく看板を書く段になり、店名をどうすっか?なんて話にしていた所、ニュースでB級グルメの特集でもやっていたのだろう、それを見て、お?これでイイか?、みたいな感じで付けちゃったんだと思われる、あまりにもな「B級グル麺」である。

名前がこんなんだから、さぞや創作系の麺類が飛び出て来ると思うじゃありませんか、普通は。例えばね、「麺にバジルとアンチョビを練り込み、きのことクリームソースとトマトを鳥のガラで煮込んだスープの小悪魔風」で~っす。とかね。そんなんを想像したってぇ訳。つい先日も、串焼きとかモツ焼きとかって看板に誘われて入った筈なのに、焼き台の無いカウンターの中におばちゃんが鎮座している飲み屋に入って驚いたばかりだから、そんな事があっても不思議ではないと思ったのだよ。

メニューは基本、ラーメンだ。実は千葉の呑みの師匠、TRさんに、この店は先を越されていたんだ。流石である。これはもう行かなければいけないってんで、慌てて行ったさ。メニューが壁に手書きで貼ってある。

「昔ラーメン」  350円


ええ~~~~っっっっ???さ、さんびゃくごじゅうえん?

「生中」 390円


なま中より安いの!?この時代350円?俺達の幼少の頃250円だったラーメンが?現代日本国に於いて
350円でありますか!

昼時にも関わらず、そんな店構えなモンだから、私の他に客はおらず、でも、どうしても昔ラーメンが食べたい。すかさず、「大盛りって出来ますか?」100円増しだそうだ。それでも450円。すまん。すまんぞコレでは。写真も撮らせて貰った。そんな時ハタと気付いた。

「嗚呼、2杯だ!2杯食うのが正しい!」それがその店に対する敬意だと勝手に感じたのである。でも後の祭りでね、しずしずと大盛り昔ラーメン450円が、運ばれて来たのである。

ひと口食べて懐かしさ、久々のシンプルを感じた。色々な想い出や懐古的幻想に耽りながら完食したんだが、満足度もひとしおで、とてもおいしいと感じた次第である。おそらく、味は絶妙に普通なのだ。

それをどう感じるかは、貴方が歩いて来て、刻んで来た年輪の汗と涙がスパイスになるからね、それぞれなんだと思うぞ。私は一発でこの店の大ファンになった。TRさんとこの店の保存会を設立致します。ミクシィにもコミュでも作っとくか。

ラーメンだけじゃぁなぁ、と思い、煮込み下さいって云ったら、開店してすぐなのに

「煮込みは今切らしちゃって・・・」ゴメンおばさん。夕方来るよ。

おそらくビール呑んで煮込みとラーメンに載せるチャーシューとメンマを無理やりつまみで貰って、〆に昔ラーメンを啜って帰る、それが正解なんだと思うぞ。

ありがとう。B級グル麺。


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懐古趣味とか、そういったモノでは無く・・・。

今回は少し興奮気味だが、どこか懐かしい、そんな味の話である。今回はね。シンプルだ。

いつの間にか、昭和のオヤヂ的な立ち位置にいる我々昭和30年代後半生まれなんであるがね、そんな事ぁ、若い君らにもいずれやって来る事なので、どうでもイイっちゃあイイやね。僕らが若い頃の話ったってね、そんなにエラそうに云えるモンでも無かろうが、日本の明日が楽しみで、まだモノもあまり無くって、でも、戦中人のオヤジや爺さんの世代からすると、お前らは何でもモノがある時代で幸せだ。なんて事を云われてさ。そりゃあそうだよね。みんなオヤジの世代がシャカリキに踏ん張って日本を支えていたのだもの。

そんな幼少時代、ラーメンって食いモンが確かにあった。地域によって様々なんだと思うんだけれど、関東地方で云うとさ、普通のラーメンって云う、煮干しで出汁を取ったシンプルな醤油味。屋台の醤油ラーメンって云えば想像が付くか?しょうゆ味ってひらがな表記の方がしっくり来るんだと思うよね。あるいはラーメンと共に良く表記されていた、「支那そば」ってヤツである。

まだ子供の頃はさ、今みたいに何だかコテコテの動物系ギットギト背油の、脂汗流して食べるラーメンなんて無かった。家系だの九州系だのね。ご当地ラーメンなんて何の話ってぇ訳でして、関東地方でその頃から勢力的に店舗が増えたシリーズはさ、札幌ラーメンシリーズなんだろうなぁ。何しろ、メニューが驚くほど豊富で、一体全体、何を食ってイイんだかがさっぱり解らない程である。

ま、そんなラーメンの黎明期ってかね、今や日本の国民食とまで言われるラーメンが林立する中、そんな遥か昔を彷彿とさせるラーメン屋を発見したんだよ。僕らが幼少の頃食っていたラーメン1杯の記憶が、250円が相場だった頃。本当にシンプルなんだけど、結構どこにでもあった中華料理って書いてあるラーメン店。おそらく、藤子不二雄の書く、ラーメン大好き小池さんが食うラーメン。所謂シンプルで、あっさりチヂレ麺が絶妙の、絶滅危惧種指定のラーメンである。

此処最近、本当に美味しいラーメン店は増えたんだろう。いつもお世話になっている立ち飲み屋の「樹」のラーメンなんか、店主のケイちゃんのこだわりで、ビックリ仰天に旨いラーメンを金曜日の夜22時以降限定でつくる。絶品だ。千葉中央にある壺中(こちゅう)というラーメン屋さんも相当に旨い。それに栄町の並木商事さんね。これが旨い。なんてのが最近のラーメンのお気に入りである。

私は夏が好きである。ビーチへ繰り出す。ビーチクでは無い。ビーチだ。で、何が好きってぇと、もう断然海の家なんだ。海の家のラーメン。決して最高に美味しい訳でも無かろうに、どこか最高に美味しいんだよ。なんて経験、みんなしてるでしょ?あの普遍的シンプルなラーメンって、おそらくラーメンの原点なんだと思っている。で、あのアツい太陽と砂浜、弾ける様な青春ヒストリーなんかが絡み合って、調味料が完成されているから、最高に美味しいんだよね。青春の汗と涙が、隠し味的なね。我々の子供の頃は、その頃の日本の屋台骨を支えていた漢達の汗と涙とやせ我慢の隠し味が利いた、そんならーめんだったんだと思うんだ。

さて、前振りはこの位にしておくとして、件のラーメン「B級グル麺」というお店である。何ともショッパイネーミングにどこかオヤジギャグ的な昭和臭さを感じていて、だが、本当に入りにくい雰囲気を満点に醸し出している、そんなお店で、あれが出来て直ぐに気付いていたんだけれど、何となく入れないでいた。どの位入り難いかって表現すると、入口にボーイが立っていて、着てる服をチェックされちゃう、ドレスコードがあった時代のディスコ位と云えば解り易いだろう。いや、凄く解りにくいだろうな。・・・まぁいい。
何しろ看板は手書き、暖簾はラーメン屋なのに赤では無く蒼色がトンじゃった様な、どこか手染め風の暖簾、しかも「B級グル麺」なんて、何のシャレだか解らないネーミングだから、「あっと驚くタメゴロー」っぽくって、何者なんだか、何屋なのかが皆目見当が付き難い。最近、巷で流行っているB級グルメ、ご当地グルメのはしりでね、あっちこっちでもてはやされている例の、アレであるが、焼きそばとかでも無い。ラーメンの麺ではあるが、あまりにもベタである。とても奇をてらって付けたネーミングでは無かろう。おそらく看板を書く段になり、店名をどうすっか?なんて話にしていた所、ニュースでB級グルメの特集でもやっていたのだろう、それを見て、お?これでイイか?、みたいな感じで付けちゃったんだと思われる、あまりにもな「B級グル麺」である。

名前がこんなんだから、さぞや創作系の麺類が飛び出て来ると思うじゃありませんか、普通は。例えばね、「麺にバジルとアンチョビを練り込み、きのことクリームソースとトマトを鳥のガラで煮込んだスープの小悪魔風」で~っす。とかね。そんなんを想像したってぇ訳。つい先日も、串焼きとかモツ焼きとかって看板に誘われて入った筈なのに、焼き台の無いカウンターの中におばちゃんが鎮座している飲み屋に入って驚いたばかりだから、そんな事があっても不思議ではないと思ったのだよ。

メニューは基本、ラーメンだ。実は千葉の呑みの師匠、TRさんに、この店は先を越されていたんだ。流石である。これはもう行かなければいけないってんで、慌てて行ったさ。メニューが壁に手書きで貼ってある。

「昔ラーメン」  350円


ええ~~~~っっっっ???さ、さんびゃくごじゅうえん?

「生中」 390円


なま中より安いの!?この時代350円?俺達の幼少の頃250円だったラーメンが?現代日本国に於いて
350円でありますか!

昼時にも関わらず、そんな店構えなモンだから、私の他に客はおらず、でも、どうしても昔ラーメンが食べたい。すかさず、「大盛りって出来ますか?」100円増しだそうだ。それでも450円。すまん。すまんぞコレでは。写真も撮らせて貰った。そんな時ハタと気付いた。

「嗚呼、2杯だ!2杯食うのが正しい!」それがその店に対する敬意だと勝手に感じたのである。でも後の祭りでね、しずしずと大盛り昔ラーメン450円が、運ばれて来たのである。

ひと口食べて懐かしさ、久々のシンプルを感じた。色々な想い出や懐古的幻想に耽りながら完食したんだが、満足度もひとしおで、とてもおいしいと感じた次第である。おそらく、味は絶妙に普通なのだ。

それをどう感じるかは、貴方が歩いて来て、刻んで来た年輪の汗と涙がスパイスになるからね、それぞれなんだと思うぞ。私は一発でこの店の大ファンになった。TRさんとこの店の保存会を設立致します。ミクシィにもコミュでも作っとくか。

ラーメンだけじゃぁなぁ、と思い、煮込み下さいって云ったら、開店してすぐなのに

「煮込みは今切らしちゃって・・・」ゴメンおばさん。夕方来るよ。

おそらくビール呑んで煮込みとラーメンに載せるチャーシューとメンマを無理やりつまみで貰って、〆に昔ラーメンを啜って帰る、それが正解なんだと思うぞ。

ありがとう。B級グル麺。


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2012年5月8日火曜日

アゴヒゲ店主と、妖艶タトゥーとターコイズ



 毎年恒例のドタバタ劇、幕張メッセどきどきフリーマーケットのブース出展も、御蔭様で無事に終わり、ホッと安堵の暇も無く、通常業務を粛々と邁進している今日この頃のワタクシでありますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?ま、そんな事もどうでも良くてね、今回の話題の主役はワタクシの友人である、「片ヤン」(仮名)の話である。

片ヤン(仮名)は、ウチの常連のお客さんでね、知る人ぞ知る、自転車マニアでガンダムマニアで、何だかのすごいマニアである。自転車マニアだが、あまり自転車には乗らないのが大きな特徴である。でも、とても沢山の自転車を所有している事でも知られている。一人暮らしをしているオッサンだが、大量の自転車と同居している、珍種である。業界的にはそんな人ばかりなんですがね。

そんな片ヤン、イベントが大好き。ウチが開催するイベントには殆ど協力してくれるのだ。とても助かっちゃうのだが、今回のフリマにも3日間とも顔を出してくれていたのだ。スタッフは日替わりで交代勤務をするので、言わば3日間通しで通う片ヤンは、我々出店者側の貴重な情報ソースともなっており、貴重な存在なんである。

巨大なフリーマーケットであるから、多種多様なジャンルのモノが販売されているんだ。ジドウシャから自転車、絵画や書、その他諸々てんこ盛りな訳だ。そんな片ヤン、普段は何かに頓着するそぶりも無く、クールにイベントに参加していたりするのであるが、彼も悪い癖を持っており、一旦興味を持ってしまうと、極端にそっちへ話を持って行かれてしまう。普通の人が見ていたら、格好の「カモ」扱いなんだろうが…彼の場合はチョッと違うってのが面白かった。今回はそんなお話である。

さて、その片ヤンが一体、何に興味を持った(持たされた?)かって話である。それはね、「財布」である。有り体に云うと、「ウォレット」。ウォシュレットでは無い。世の中の男子は大体興味があったりするタイプのね、ハンドメイドのコンチョ付きウォレットタイプの、ごっつい感じの、アレだ。よくハーレーとかに乗っている人達がジャラジャラと持っている感じのね。彼曰く、当初は財布を物色しようとも何とも思っていなかったという。彼は初日店番をしていた私の所に来て、上気し顔を紅潮させ鼻を膨らませてそのウォレットを自慢げに見せびらかしに来たのだ。・・・子供かね?君は。

彼の手に有ったのは・・・ワニだ。ワニの皮膚。何じゃこりゃあ!って位、ワニ。鰐だよ。もワニ。熱川のバナナワニ園のワニよりも上質な感じのワニだ。そんなワニの皮膚で作ったウォレット。単純にすげぇ!って思った。
「なんだお前、そりゃあ」

「ワニです。ワハハ」

「ワハハじゃ無ぇ。幾らすんの?それ?」

「定価は78,000円位だそうです。」

「アフォか?で?幾らで買った?」

「え~ッと、フリマ価格が、32,000円でぇ、それを・・・」

「それを?」

22,000円って云われてぇ、」

「アフォか?で?」

「それをさらにご祝儀価格でぇ…」

「おぉ?」

18,000え~~~ん。」

マッタク、どっかの通販番組の社長じゃあ有るまいし、何を興奮気味に語っているのやら・・・。そんな子供染みた片ヤンなんである。でも、18,000円は正直安いと思った。ワニのワニ度が非常に良いと感じたからだ。

とまぁ、此処までは良くある話であるが、此処から先が在る所が、片ヤンの片ヤンたる所以である。このウォレット型の財布、ゴツくてデカイのが特徴だが、何かが足りない。彼もそれに気付いていた。それは二日目に成就される事となる。二日目はその財布とは全く別の店で、店主がどう見たって怪しい感じのタイ人って感じのメキシコ人である。そんな日本語片言な感じの親父に、少し妖艶な感じの日本人の奥さん。腕にタトゥが素敵に妖艶さを増幅している、そんな感じの素敵なお姉さんだ。

そこでもウォレットが売っているんだが・・・こっちは・・・多分海外ではウケるのかも知れないって感じの財布が沢山。まぁその内容は実際に行って見た方の判断や好みにお任せしておく事として、その店の展示品の半分は、現在希少となって来た、ターコイズを中心とした飾りモノである。そんなターコイズに何故か心を動かされている片ヤン。一体何がしたいのだ、片ヤン。

この妖艶なお姉さまのお店は、どう見てもタイ人にしか見えない、自称メキシカンと云う、如何にも怪しげな旦那が、貴金属やウォレットなんかの職人も兼ねていて、ウォレットの革ヒモなんかもその場で作ってくれたりするんだ。そんなお店をひやかしまくっているオヤジ臭・・・いやいやオヤジ衆である。そこで片ヤン自慢のワニのウォレットに穴開け加工と紐を施して貰い、悦に入る片ヤン。二日目で一応の完成を見た感じの様相を呈したワニである。二日目も通常店舗にて店番のワタクシに自慢しに来た。

「おう、今度は何だ?紐付けたんか」

「見てくださいよ、此処を加工して貰って、リベットは銀を使って貰って、紐その場で加工して貰って・・・」

「・・・幾ら?」

「此処に穴開けてぇ、純銀枠付けて貰ってぇ、紐付けてぇ・・・」

「・・・2,000え~~~~ん。」

だから、トーカ堂の北社長かっての、君は。

さて、いよいよ片ヤン御自慢の財布ってのも、完成形に成ったと思いきや、さに非ず。恐るべしはフリマの神通力とでも言うべきか、あまり興味の無いモノも、今後出会えるかどうかが解らないと言った、一点モノの、有る限り、とか、限定とかって話になってしまうんで、ある意味「買ったモン勝ち」的な要素と、何だか闇市的な面白さを含んでいるんだよね。会社のディーラーも出店してはいるが、普段煌びやかなショールームに展示してある外車を、光の少ない倉庫的なメッセへ持って来ても、バッタモンに見えかねないリスクと、翌日ショールームに行けば、ジドウシャが購入出来るし、大体、ジドウシャ、特に新型の外車なんぞは衝動買いなんかするシロモノでは無いんであるよ。

このあたりが、チョッと良さげなハンドメイドのウォレット、なんてぇシロモンは、まさにうってつけ、おあつらえ向けと云えよう。しかもその場でカスタム可能。おお?来年は自転車のカスタム屋なんかやるかな?安価なピストや、一般自転車とかのチェーンやグリップ、ペダルやカゴを好きなモノをチョイスして付ける、とかね。そんなショップやりたいなぁ。いやいや、話が逸れた。ウォレットの話しである。

正直、ソッチ系の雑誌なんかを見ても、驚くべき価格でハンドメイドウォレットが売っている。当然、ウォシュレット施工費なんかより遥かに高額である。二日目の片ヤンの動向は比較的沈静化していた様に見えたのだが、彼の瞳孔はもう一つの或るモノにロックオンされていたのである。それが何なのか?そのアンサーは、私がフリマの店番をする最終日に明らかとなったのである。

さて、私が当日片ヤンがウォレットを購入したであろう(早い時間であったので未だ彼は現地に来ていなかった)数件の店を一応チェックして見た。最終日だからか、彼が持っている、迫力が有るが、割と上品な感じの物品はなかなか無いんである。一応に凝った作りのワニ革や、定番の蛇革等々、所狭しと羅列陳列されているんである。こんなモン買ったら女房にどやされるわ、なんて苦笑しながら、それでも少し、片ヤンの買ったウォレットの完成度は高いんでは無いかと薄々感じ始めていたワタクシなんであるよ。

昼過ぎ、常連さんや鶴さん、ムロイちゃん、タワッチ達も続々来場し、彼等は並んでソレ系の店舗を巡回しているのだが、まるで繁華街の夜廻り、定時廻りをしている、ソッチ系の集団のそれに似ている。皆オッサンで体躯が良く、ギラついているからね。わはは。もう各店舗でも顔で、片ヤンなんぞ、最終日にはウォレットを購入した先の、アゴヒゲをたくわえた店主にハグまでされていたのだから、その歓迎っぷりが解ろうと云うモノである。その店で片ヤンとムロイちゃんは、しきりにターコイズの付いた、ズボンベルトのバックルを食い入るように見ていたんだ。ムロイちゃんがガン見していたのは、77,000円のプライスが下げられた、純銀にデッカイターコイズが付いたバックルだ。

何で突然ターコイズなんて言い出したんだろう?片ヤン曰く、世界中で、特に産地のアメリカや南米でターコイズが採れなくなっているんだってぇ事を、ワタクシに向かってアツく力説しているんだ。…一体全体、誰から吹き込まれているんだか知らんが、感化されるにも程が有るぞ、片ヤン。

散々アゴヒゲ店をひやかした挙句、今度は例の革ひもを作って貰った妖艶な美女と怪しげなタイ人風のメキシコ人の店へ。タイ人風メキシコ人店主のいでたちをひと目見て、「うゎ、こいつだ!」と、片ヤンの感化された先をワタクシは瞬時に悟ったのである。片手に缶ビールを持って、首には馬鹿馬鹿しい程の大きさの、でも適当に作っちゃいましたってぇ感じのする、ターコイズの首飾りをしていたのである。おおよそ片ヤンは、こいつにやられちゃっているんだ。

どうやら片ヤン、財布に止めてあるコンチョを、ターコイズ付きのモノにしたいらしく、妖艶タトゥーに、しきりに聞いているんだよね。例の、どう見ても海外ならウケるタイプの財布には、ターコイズ付きのそれが付いているんだからね、片ヤンとしては諦めきれなかったのだろう。だが、妖艶タトゥーには、ケンもホロロに首を横に振られるばかりであったのだ。

「此処にターコイズが付けば、オレの欲求は全て満たされるんですよ!」

片ヤンはそう言って、タイ人風メキシカンターコイズに食い下がった。ターコイズは酔いも回って来たのか、片ヤンに根負けしたのか、たどたどしい日本語で、

「アルヨ~、コンチョォ~。」

と、「コンチョォ、ナイアル。」みたいな、訳の解らない中国人みたいな言い回しで、コンチョを取り出した。きっとあまり売りたくなかった感じの古びて薄汚れ、年季の入った外国製のビニール袋から、(片ヤンにとって)お宝が、出て来たのだ。最後に出て来たのはいぶし銀になった感じのコンチョ台座に、乱暴だが、本当に天然石ってぇ、何ともイイ感じの石の付いた、多分ターコイズ店主にとっては秘蔵っ子であろう逸品を出してきた。ターコイズの持つジョーカー、若しくはエースカードであろう。最後の逸品に、片ヤンもロックオン状態である。ワタクシも傍から眺めていて、アレはイイな、でも、値段も結構だろうなぁ、なんて思っていた。聞くとターコイズが若かりし頃作成した逸品であると云う。なかなか値段を言わず、ビールを片手に天を仰いだりしている。片ヤンは、「コレ、イクラ?ハウマッチ?」とか言っている。ターコイズ、溜めに溜めた挙句、

「ン~~~、ゴセンエン。」

えぇ~~~~~!全員が驚愕の安さに絶叫する中、片ヤン即答で

「買う!買う!買う!ソレ、付けてオトーサン!」

妖艶タトゥーは「あら、出して呉れたの?良かったねぇ。」

なんて云っている。

こうして片ヤンは、全く買うつもりの無かったウォレットを購入し、即カスタムし、何の興味も無かった筈のターコイズまで購入する羽目になりましたとさ。でも、彼の買い物は痛快で面白く、影響力がとても強いのだ。人が馬鹿馬鹿しいってぇ事を、時には思い切ってやる、そんな片ヤンに感化されてかどうかは解らないけれど、鶴さんは片ヤンと同じ店で購入したとは思えない、大人しくシブい黒の二つ折りウォレットと、ターコイズオヤジの店で革ひもをワンオフで作成して貰っていて、留め金は三層メッキが施され、これまた秀逸なモノなんだが、これがさりげなくパンツのポケットに収まっていた。ムロイちゃんはターコイズでバックルを買い、俺様はターコイズで、ニシキヘビの骨のキーホルダーを買った。

ワタクシも実はウォレットを購入した。皆さんが多分存在すら気付かなかったであろう、店舗も持たない、若いが職人気質なお店で、派手な動物革のモノの隅に、コンチョすら付いていなかった、でも明らかに上質な牛革で出来た、大人しいウォレットを購入した。非常に満足している。

フリマ打上げの際、今回の片ヤン買い物の顛末を、文章にして呉れ、なんて言っていたから、面白がって書いてみたが、なるほど面白かった。片ヤン、原稿料はターコイズのコンチョをはめ込んだ為に、外された50セントのコンチョでイイよ(笑)。


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