2012年10月29日月曜日

プロからの視



今回はチョイとシュールで辛辣な内容となってしまうかもしれないんだが、ま、正しくない事であると、腹に据え兼ねているので、書くことにした。

私の生業は、街の自転車屋さんである。職業柄、多くの自転車を取り扱っている。自転車と云うのは、道路交通法上「軽車両」というカテゴリーに属しており、レッキとしたクルマのお仲間なんであるよ。一応、自転車を取り扱うにあたり、「自転車安全整備士」「自転車技士」という資格があり、近年、スポーツ自転車を取り扱う人員に対し「スポーツBAA認定技術者」なんてぇ制度も出来た程である。

業界に携わって思ったんだが、結構輪界(自転車業界)ってのは、保守的でもって、昔堅気な体質を持った業界なんである。

が!である。しかし!である。こと安全性やら、販売業態については、非常にユルイ。何しろ、自転車の知識なぞ、一切無い人間が!自転車を!いつでもどこでもだれとでも!販売する事が可能で!売りっ放しで修理など一切しなくても!構わない!という出鱈目が横行しているんだ。

もうね、買う側も、自転車の見分けが色以外付かないから、3万円の自転車と1万円の自転車の違いすら解らないって云うか、興味すら無い。「どうせ盗まれちゃうんだから」って高いモノはハナっから買わないと云う。盗難防止対策など、一切考えないんだ。盗まれるの大前提。ありとあらゆる持ち物で、盗難を前提に購入される品物が一体、どこに存在するのだろうか?まことに不可思議な事実なんであるよ。

でも、これが歪んだ日本のガラパゴス的発想に基づくママチャリ自転車の認識であり、意識なんである。ユーザーがこれだから、いよいよふざけた商売が横行するんであるよ。

もともと自転車は、盗まれる前提で買うから、安モンの買った瞬間に錆びてしまう様なモノを喜んで買うから、すぐにボロくなるよね。当然空気も入れず、油も注さず、清掃すらしないで雨ざらしである。体よく盗まれなかったとしても、いらなくなると(使えなくなると、及び修繕、整備が必要になると)、修理代が高くつくという理由で、駅周辺や学校校内に放置し、誰かが処分してくれるのを待つ。明らかに不法投棄なんである。毎年、市町村単位で、多くの税金が投入され、廃棄されて行くのだ。

そこに、自転車になんぞ絶対に乗らないであろう、トンチキな輩が、捨てられるゴミ自転車に目を付け、あろう事か、「これはもったいない」などとタダで貰い受け、ほぼ捨ててある状態で(車体を拭く程度はするだろうが)、フランチャイズ化し、整備も自転車も素人に卸し、売ったり、貸したりしている。

タイヤも使い古しの中国製だから、ズタボロの雑巾みたいなタイヤってのも、ブレーキシューも完全に磨り減っているし、ブレーキのアウターワイヤーは紫外線や酸性雨に晒され、ボロボロの状態。そんな自転車に騙されて(?)乗らされている学生さんが日々諦めの表情で修理にやって来る。不思議な事なんだが、1万円位で購入した自転車が、タイヤが磨り減ってしまい、前後のタイヤ交換が必要となると、半数の人が買い替えを検討する。1万円で購入した自転車でも、3万円で購入した自転車でも、タイヤの交換は前後で約6500円程度掛かってしまうし、当然、ブレーキや消耗品を交換すると、その自転車の購入価格を簡単に修理代が上回ってしまうからである。品質は褒められないだろうが、買い替えにより、全てが刷新し、新しくなると云った点では、安全上望ましい事ってのも、また一方の事実なんである。

修理代がべらぼうな訳ではない。むしろ他の店よりは安価な設定だと思う。昔の自転車の価格がそれだけキチンとした正規の価格で流通していただけの話なんである。

だが、そのレンタル自転車は、使うユーザーがあくまでも「借り物」って認識が強いので、5~6000円程度で借りている筈のモノを、修理は自分持ちって契約だからと、はっきり言って直す価値を見出すのが難しい自転車を修理して欲しいと来る。

レンタルする乗り物は、基本的に新車であるか、有資格者の整備士が責任を持って修理修繕したモノを使用するべきだし、エコロジーを謳っていたりするのが曲者で、一番重要である「安全」ってのを、完全にないがしろにされてしまっているのである。エコロジーでも何でもないよそんなの。たんなるエゴである。マスコミも挙って取り上げたりするんだが、問題点をさっぱり見抜けないんだ。そんな整備不良の自転車に折角頑張って大学何かに入った高学歴の御子息に乗らせてだよ、大けがをしたり、死んでしまっては、身も蓋も無かろうよ。そんな事は、私が云うまでも無い、当たり前の事なんじゃ無いのかねぇ。本当にちゃんちゃらオカシイ話なんである。

現在の日本の自転車のシステムであると、残念ながら安全性を確保するという事は難しい。既存の日本のメーカーは自転車JIS規格に則って自転車製造をしたり、委託したりしているが、輸入車(自転車)は、生産国の安全基準がクリアしていれば、日本国内で販売しても良い(!)という事になっている。ママチャリはほぼ100%、世界中に於いて、唯一日本国でのみしか販売されていない。あまりに低性能過ぎて、日本以外では使いようが無いのだと云う。多くの日本人は、その意味が解らないだろう。そしてその生産国はほぼ100%が中国製である。全てではないにせよ、中国の安全基準のモノが、日本を席捲しているんだ。無責任な商社が、乱売目的の為に安全を無視して、大量に輸入を決め込み、インターネットなんかで垂れ流す。そんな体たらくなんであるよ。

我々新車の販売店も、多くのメーカーもね、多くの自転車を大量に展示して薄利多売といった販売手法は、考え直さなければいけない時代に差し掛かっていると思うんだ。

大量生産型に大量消費型、かつてこの国が行って来た負の遺産。古い体質の輪界が未だにコレを由とし、使い捨て型生産を続ける。仮にそれを企業が回収し、その部品等々を溶解し、鉄、その他リサイクル部品として再生し、新しい自転車を作りましたってんなら、それは褒められた事業となろう。ま、鉄なども粗悪なので、リサイクルはかなり難しいのだそうだがね。また出来たとしても、一流メーカーのそれよりも高額で売らなければ話にならないのだ。リサイクルには、莫大なコストが掛かるから。

そんな品質を無視し、見た目がよさそうだからと、厚顔無恥にもそのまま使っちゃう事をだ、決してエコロジーなどと宣ってはならない。自転車メーカーも資本があれば卸すシステムを変えないとね。…ある程度の法規制が必要だと思うけどなぁ。政府もあの体たらく・・・嗚呼、自転車の未来はいかばかりか?orz

「自轉車家Joeのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/

プロからの視点



今回はチョイとシュールで辛辣な内容となってしまうかもしれないんだが、ま、正しくない事であると、腹に据え兼ねているので、書くことにした。

私の生業は、街の自転車屋さんである。職業柄、多くの自転車を取り扱っている。自転車と云うのは、道路交通法上「軽車両」というカテゴリーに属しており、レッキとしたクルマのお仲間なんであるよ。一応、自転車を取り扱うにあたり、「自転車安全整備士」「自転車技士」という資格があり、近年、スポーツ自転車を取り扱う人員に対し「スポーツBAA認定技術者」なんてぇ制度も出来た程である。

業界に携わって思ったんだが、結構輪界(自転車業界)ってのは、保守的でもって、昔堅気な体質を持った業界なんである。

が!である。しかし!である。こと安全性やら、販売業態については、非常にユルイ。何しろ、自転車の知識なぞ、一切無い人間が!自転車を!いつでもどこでもだれとでも!販売する事が可能で!売りっ放しで修理など一切しなくても!構わない!という出鱈目が横行しているんだ。

もうね、買う側も、自転車の見分けが色以外付かないから、3万円の自転車と1万円の自転車の違いすら解らないって云うか、興味すら無い。「どうせ盗まれちゃうんだから」って高いモノはハナっから買わないと云う。盗難防止対策など、一切考えないんだ。盗まれるの大前提。ありとあらゆる持ち物で、盗難を前提に購入される品物が一体、どこに存在するのだろうか?まことに不可思議な事実なんであるよ。

でも、これが歪んだ日本のガラパゴス的発想に基づくママチャリ自転車の認識であり、意識なんである。ユーザーがこれだから、いよいよふざけた商売が横行するんであるよ。

もともと自転車は、盗まれる前提で買うから、安モンの買った瞬間に錆びてしまう様なモノを喜んで買うから、すぐにボロくなるよね。当然空気も入れず、油も注さず、清掃すらしないで雨ざらしである。体よく盗まれなかったとしても、いらなくなると(使えなくなると、及び修繕、整備が必要になると)、修理代が高くつくという理由で、駅周辺や学校校内に放置し、誰かが処分してくれるのを待つ。明らかに不法投棄なんである。毎年、市町村単位で、多くの税金が投入され、廃棄されて行くのだ。

そこに、自転車になんぞ絶対に乗らないであろう、トンチキな輩が、捨てられるゴミ自転車に目を付け、あろう事か、「これはもったいない」などとタダで貰い受け、ほぼ捨ててある状態で(車体を拭く程度はするだろうが)、フランチャイズ化し、整備も自転車も素人に卸し、売ったり、貸したりしている。

タイヤも使い古しの中国製だから、ズタボロの雑巾みたいなタイヤってのも、ブレーキシューも完全に磨り減っているし、ブレーキのアウターワイヤーは紫外線や酸性雨に晒され、ボロボロの状態。そんな自転車に騙されて(?)乗らされている学生さんが日々諦めの表情で修理にやって来る。不思議な事なんだが、1万円位で購入した自転車が、タイヤが磨り減ってしまい、前後のタイヤ交換が必要となると、半数の人が買い替えを検討する。1万円で購入した自転車でも、3万円で購入した自転車でも、タイヤの交換は前後で約6500円程度掛かってしまうし、当然、ブレーキや消耗品を交換すると、その自転車の購入価格を簡単に修理代が上回ってしまうからである。品質は褒められないだろうが、買い替えにより、全てが刷新し、新しくなると云った点では、安全上望ましい事ってのも、また一方の事実なんである。

修理代がべらぼうな訳ではない。むしろ他の店よりは安価な設定だと思う。昔の自転車の価格がそれだけキチンとした正規の価格で流通していただけの話なんである。

だが、そのレンタル自転車は、使うユーザーがあくまでも「借り物」って認識が強いので、5~6000円程度で借りている筈のモノを、修理は自分持ちって契約だからと、はっきり言って直す価値を見出すのが難しい自転車を修理して欲しいと来る。

レンタルする乗り物は、基本的に新車であるか、有資格者の整備士が責任を持って修理修繕したモノを使用するべきだし、エコロジーを謳っていたりするのが曲者で、一番重要である「安全」ってのを、完全にないがしろにされてしまっているのである。エコロジーでも何でもないよそんなの。たんなるエゴである。マスコミも挙って取り上げたりするんだが、問題点をさっぱり見抜けないんだ。そんな整備不良の自転車に折角頑張って大学何かに入った高学歴の御子息に乗らせてだよ、大けがをしたり、死んでしまっては、身も蓋も無かろうよ。そんな事は、私が云うまでも無い、当たり前の事なんじゃ無いのかねぇ。本当にちゃんちゃらオカシイ話なんである。

現在の日本の自転車のシステムであると、残念ながら安全性を確保するという事は難しい。既存の日本のメーカーは自転車JIS規格に則って自転車製造をしたり、委託したりしているが、輸入車(自転車)は、生産国の安全基準がクリアしていれば、日本国内で販売しても良い(!)という事になっている。ママチャリはほぼ100%、世界中に於いて、唯一日本国でのみしか販売されていない。あまりに低性能過ぎて、日本以外では使いようが無いのだと云う。多くの日本人は、その意味が解らないだろう。そしてその生産国はほぼ100%が中国製である。全てではないにせよ、中国の安全基準のモノが、日本を席捲しているんだ。無責任な商社が、乱売目的の為に安全を無視して、大量に輸入を決め込み、インターネットなんかで垂れ流す。そんな体たらくなんであるよ。

我々新車の販売店も、多くのメーカーもね、多くの自転車を大量に展示して薄利多売といった販売手法は、考え直さなければいけない時代に差し掛かっていると思うんだ。

大量生産型に大量消費型、かつてこの国が行って来た負の遺産。古い体質の輪界が未だにコレを由とし、使い捨て型生産を続ける。仮にそれを企業が回収し、その部品等々を溶解し、鉄、その他リサイクル部品として再生し、新しい自転車を作りましたってんなら、それは褒められた事業となろう。ま、鉄なども粗悪なので、リサイクルはかなり難しいのだそうだがね。また出来たとしても、一流メーカーのそれよりも高額で売らなければ話にならないのだ。リサイクルには、莫大なコストが掛かるから。

そんな品質を無視し、見た目がよさそうだからと、厚顔無恥にもそのまま使っちゃう事をだ、決してエコロジーなどと宣ってはならない。自転車メーカーも資本があれば卸すシステムを変えないとね。…ある程度の法規制が必要だと思うけどなぁ。政府もあの体たらく・・・嗚呼、自転車の未来はいかばかりか?orz

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2012年10月3日水曜日

憂歌団を聴いて、生きて来た。



201210月1日~2日未明、憂歌団のドラマーであった島田和夫さんが急逝した。様々な情報が飛び交う中ではあるが、どうも自殺ではないかと云う見方が濃厚である。

何と云う現実、何と云う喪失感。

憂歌団は、浪速のブルースバンドとして1975年、アルバム「憂歌団」でデビューし、手広くバンド活動をしていた。関西方面では有名だったのだが、関東では知名度はいま一つであったのも事実。お茶の間で有名な歌は、1996年テレビアニメが放映された時の、「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソングを歌った事で知られていると思うが、その殆どは、私の様な一風変わったコアなファンに愛され続けたのである。

私と憂歌団の出会いは、1枚のCDに遡る。私は1984年東京経済大学に入学し、フリスビー部に所属、団体競技であるアルティメットを中心に、フライングディスク競技に没頭していた。当然、全日本大会等々、全国各地の学生団体や、社会人のチームと交流する為、その土地土地の文化や音楽などを情報ソースとして、その場でその場の諸先輩方から見聞し、特に関大や近大の人達から大阪文化を見聞したりしたものだ。何しろ、携帯電話や、パソコンなぞ、全然普及していなかったからね。直に聞く情報が新鮮な時代だったのだ。

その大阪の先輩から、大学の同期のさわら君が、2枚のレコードを拝借して来た。そのうちの1枚が、憂歌団の「憂歌団 生聞59分」というライブレコードであった。もう1枚のレコードは、上田正樹と有山淳司の「ぼちぼち行こか」であった。どちらのアルバムも衝撃であった。正直、洋楽のロックバンドに傾倒し、バンドの真似ごとをしていた時期にギターを担当していた奴(現在はプロのジャズギタリスト)アマノ君に影響され、フュージョン・ジャズ・そしてブルースなんかをね、頑張って背伸びして聴き漁っていた時代だ。中高生の頃は、そんなに数多あるレコードを購入する事なぞ出来ないから、レコードのレンタルなんてぇ商売があった程なのである。そしてそれをカセットテープにダビングして、ラジカセとか、カーステとかに入れて聴くってのが、当時の若者の定番ってぇ奴だ。

聴いていたのが洋楽ばかりだから、歌詞に痺れるって事が皆無だった私はね、内田勘太郎さんのスライドギターに狂気し、木村秀勝(木村充揮)の天使のダミ声に戦慄を覚え、花岡献治のベース、島田和夫のドラム率いる、とろけるようなリズム隊に乱舞したものである。

大阪を中心に活動して来た憂歌団であるが、私が生まれ育った立川の隣の、国立って所のライブハウス「リバプール」でよくライブをやってくれてさ、万度、足繁く通ったモンである。ライブでの憂歌団のメンバーの所作がとっても格好良かったんだ。木村君がギターの先端に煙草を差して、バーボンをストレートでキューッって曲の合間に三杯位づつ、いちいち呑んじゃうから、ベロベロになりながら、ライブは続くんだ。本当に痺れたよ。

生聞59分から以降、全ての憂歌団のレコード(程なくCDとなった)を買い漁り、当時の彼女と聞くのも憂歌団。傍から見りゃあ、色気もヘッタクレもあったモンじゃ無いんだろうが、どっこい憂歌団の色気が解らない様な女ぁ、こっちから願い下げなんである。憂歌団のヘビーローテーションである。当時のレコード会社「フォーライフ」が泣いて喜びそうなネタであるよ。何しろ、ラジオ局にリクエストしても、オンエアされる事ぁ無かったからな。大ヒット(?)曲の彼らの代表曲とも云える「おそうじおばちゃん」なんぞは、掃除婦に対して、差別的な歌であるって事で、放送禁止にされてしまった程であるからね。その「おそうじおばちゃん」や「パチンコ ランランブルース」が、デート中にヘビロテ。かくも素晴らしい青春時代であったのだ。ラジオは勿論AMにリクエストだ。FMなんぞ、FM東京位しか無く、学生時代にFM横浜、ナック5、そして遅れる事1989年、BayFMが開局なんてぇ長閑な時代だから、特に立川なんて、横田基地のアメリカ軍が放送する、「FEN(ファーイーストネットワーク)」が、横文字放送でイカシているってぇ、イカレテいる考え方で以て、ラジオを聴いていたのだった。ラジオ世代。何しろ、自家用車に標準装備されているのは、AMラジオってのが当たり前だったんだぜ。カーステなんてぇ言い回しは、とっくに死語なんだろうか?

まぁいい。揺れる青春時代から、ブレる30代、起死回生の40代、そして現在に至るまで、そして、これからも、私のテーマ曲として存在して行くであろう、憂歌団の楽曲。今回の島田和夫さんの死は、何か自分の体の一部を無くしてしまった様な、そんな喪失感を感じるのである。

時期を同じくして、お茶の間では経済評論家の金子某さんのニュースばかりが取り沙汰されており、島田和夫氏を偲ぶ報道は微塵も無い。ま、報道しても、誰も解るまい。それでイイ。

憂歌団は永遠に、私の側でブルースを響かせ続けてくれるのだ。


島田和夫さん、安らかに。そして、ありがとう。ありがとう。ありがとう。


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