2010年11月3日水曜日

ラジオ世代、深夜の娯楽、そんな話。

 先日、声優の野沢那智さんが肺がんで亡くなったそうである。俺様、トラック業界に長くゲソ付けていたモンでさ、トラックの娯楽ったらAMラジオがテッパンでさ、TBSラジオなんかでは大沢悠里さんとか、野沢那智さんとかね、若い頃の文化放送の小倉智明さんやら、吉田輝美さんとかね、野沢那智さんなんか、国学院大学を中退後、劇団「七曜会」に入団し、その後いくつかの劇団を渡り歩き、1977年、劇団「薔薇座」を設立したんだね。氏はプロデュースと演出を担当し、88年には「スイート・チャリティ」で文化庁芸術祭賞を受賞したんだ。



 一方でね、1960年代から洋画のテレビ放送における吹き替えを担当したりしてね。特にアラン・ドロンの声を多くやっていて、ご存じの方も多いと思うがね、「太陽がいっぱい」「ブーメランのように」などでの野沢那智さん特有の、甘く柔らかい声は評判を呼んでね、声優としての地位を確立したんだよね。また「ゴッドファーザー」シリーズのアル・パチーノ、「ダイ・ハード」シリーズのブルース・ウィリス、ロバート・レッドフォードなど、ハリウッドの主演級の声を次々と演じ、更にはアニメの初期「ドクタースランプあられちゃん」のドクターマシリト役をはじめとする多くのアニメ作品にも登場し、お茶の間の人気者にもなったんだね。他にもね、後進の指導にも力を入れ、「薔薇座」からは山寺宏一さん、戸田恵子さんなんかが出ているよね。



 昔のトラックにはAMラジオしか付いておらず、運転の友って云えば、AMラジオだったんだ。TBSの大沢悠里さんや、野沢那智さん、白石冬美さんコンビのナチチャコシリーズ、このお二人のテンポは絶妙だったのだね。文化放送の小倉さんや吉田輝美さんといった、個性的なパーソナリティーに、愉しませて貰ったんだよね。FM局なんかもまだ全然多く無くってね、もう皆無に近いんだよね。当然、我らがBayFMもまだ開局していない頃のお話ですな。…我らがって、俺様のモンでは無いが…BayFM。



 山寺さんが声優で出始めた頃、よく、



「あれ?野沢那智さん?…いや、違うな。」



なんて、間違えたのと同時に、また声優界に凄い人が出現したモンだなぁ、なんて感じたモンであるよ。ラジオ世代は耳がイイんであるよ。野沢那智さんの巧みな話術に、負けず劣らずな人は山寺宏一さんであろうな。あの、セリフが飛んだり弾んだりってテンポは彼ら独特の持ち味だよねぇ。色々なシーンが蘇るものね。





 1聴視者として、有難うございました、と御礼申し上げたいよね。





 ラジオってさ、当たり前なんだが、映像が一切無いからね、話し手の巧みな話術ってのがモノを云うんだね。俺様が子供の頃ってのは、台所(お勝手って云ってたなぁ)には、ラジオがあってさ、いつも母親がラジオを流していた記憶が有るな。忌野清志郎なんかも、よく歌詞にラジオが出て来たしね。そんな影響も有るや無しや、なんである。あと、深夜、勉強なんてしたためしが無いのに、深夜放送は良く聴いていたね。かくも刺激的で、愉快であったんだよねぇ。谷村新司やバンバン、鶴光…面白かったなぁ。





 今でも俺様、出掛ける時は常にポケットラジオを忍ばせ、出歩いているんだ。ステレオで両耳仕様を、敢えて片耳で聴いているんだよ。この方がなんとなく落ち着くのさ。家電屋さんへ行くとね、通勤ラジオみたいな、ポケットラジオが凄く少なくなっているんだね。売れないからなんだろうが、何となく寂しいぜ。携帯電話にもテレビやラジオが付く時代だ。


でも、専用品にこだわっちゃう、俺様なんである。





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