私が生まれた昭和39年という年は、東京オリンピックに湧き、東海道新幹線が開業したり、首都高速道路などが造られたりと、経済が発展し始め、日本国という、新しい国をね、世界にその名を轟かせようと躍起になっていた頃なんである。私は個人的に戦争なんて凄く遠い現代人なんだなぁ、なんて、漠然と想って生きて来たんだが、良く良く考えて見るとさ、第二次世界大戦の終戦が昭和20年。それからたった19年しか経っていないって訳であるね。
そんな私の父は昭和10年の早生まれで、生きていればもう幾つになるんだろうねぇ…そんな父は終戦を満州で迎え、暫く捕虜として駐留された後、どさくさで帰ってきたんだそうだ。何しろ、満州はさ、当時の大日本帝國時代の、ユートピアだって云われていてさ、軍人さんだった爺ちゃんは、日本の田畑を叩き売ってさ、有り金叩いて満州に土地買って商売したりしてたらしい。
で、終戦後、知り合いって知り合いを辿って、這う這うの体で辿りついた、立川という僻地。昭和飛行機とかね、軍事施設があった場所でさ、もうその立川町(現在の東京都立川市)の殆どが米軍立川基地として占領されていた。近隣の米軍横田基地は現在でも米軍の主要施設であるよね。そんな米軍基地の周りにさ、雨後の筍の如く出来るバーやクラブ(?)。所謂、米軍の軍人さん向けの店ってヤツだ。赤線、青線ってヤツだな。そんな素敵な環境下に、逞しく父親は悪徳商売に徹していた。
米軍の、将校さんと親しくなってさ、平和になった世の中で毎晩ダンスパーティーをやっているアメリカ人相手にさ、アメリカ人目当ての婦女子をマツダのオート三輪に大量に積載し、夜な夜な米軍基地の会場へ運び、その見返りにさ、当時とんでもない価格だったウイスキーをさ、戴くって寸法だったらしい。いや、正確には、ウイスキー等の洋酒は、当時軍の支給品でね、軍人さんの中には当然下戸の人もいる訳でさ、結構な数があぶれるって寸法でね、そいつを件の婦女子を満載して来たオート三輪に、またまた満載して帰ると云うね。
で、当然出入りには警備兵が立っていて、当然だがそう云った軍のモノは一切外部に持ち出し禁止だからね、普通ならお咎め頂戴なんだけれど、将校さんの口利きでさ、スルーパスだったと云う。で、米軍様から頂戴した高級洋酒をさ、赤線のバーと云うバーに卸すって寸法。わはは。悪党過ぎる。当然、地元の職業不良に目を付けられるんだが、バック米軍だから、強いんだ。本人も空手三段で、ボクシング4回戦ボーイで、何だか喧嘩が滅法強かったんだな。
ある日、何時もの様にね、荷台に婦女子を満載にしたトラックで悠然と米軍基地内に潜入に成功した我が父上殿であったが、はて?いつもと様子が違うと。将校さん不在であったんだ。まぁいいやってんで、いつもの洋酒をゴッソリとトラックに積み御帰還の筈が…その日は出口の憲兵に捕まった。父上は英語が全く話せないが、この酒はどうしたって血相を変えている憲兵と、応援を要請している様を見て危険を察知、2人の憲兵を電光石火の早業でノックアウトしてさ、とっととずらかった訳だ。悪い事に、その憲兵さんのはめていた腕時計まで失敬してしまったのだ。で、いつもの様に赤線でウイスキーを捌き、帰路についた。
翌日、大勢のMPがお父上のヤサを、完全武装で包囲し、敢え無く、父上殿は御用となったのでした。わはは。悪いヤツなのだ。…撃たれなくて良かったなぁ、おい。
何とも破天荒で、ハチャメチャな人生だったんではないかね?彼は。大体、あまり家にいた事が無かったね。親父殿の所作は褒めるべくもないが、みんな必死に生きようとしていたんだと思う。
ま、そんなロクデナシの息子だ。出来がイイ訳ゃあるまいが、そんな父上も、私が御歳19才の時に突然御臨終だ。享年48歳。私も今年、47歳になろうとしている。来年には親父の死んだ年だ。感慨深いってのも、何だかもう、忘却の彼方でさ、自分が生きるのに必死で足掻いている昨今なんであるよ。
2011年3月11日、東北地方を中心に、大地震が起こり、甚大な津波の被害が出、富の象徴で有るかのような、原子力発電所も事故が起こった。民主党がとうとう政権を奪取したのだが、完全にブタを引いた格好になり、保守自民党は民主党と手を組まず、震災復興に当たっては閣外協力なんて寝ぼけた事を云っているが、菅さんをはじめ、民主党の体たらくには言葉も無い。
民間人が、あの手この手でボアランティアを開始している。不眠不休で働き、復興支援を下支えする人も沢山いる。豊かさのシンボルとして、大量の電力を消費していた現代日本が、少しだけ、自然災害によって、これではいけないと、気付き出した。みんなが節電している。が、十分ではないか。クリスマスに、競う様に灯していた…いや、ギンギラギンにデコレーションしてさ、電飾満載のデコトラ宜しく、家中をビカビカさせていた日本。一体何の為?ま、それも収まるだろう。
そして此処に来ての、静岡、浜岡原発の運転停止要請。これについては大英断であろう。エネルギーの有効利用という言葉の意味は、なにも湯水のように使いまくっても良いって事では無いのだな。湯水だって大切に使わなければならないんだよ。
モノがあり余っている時代、使い捨てが常識となっている世の中ではあるが、大きなきっかけ、全ての人々が、何を、どうすべきかを再考、熟考するきっかけにもなった、大災害である。
昭和の時代、質素だが、暖かい家族の団欒が確かにあった様に、そんな小さな仕合せを大切に出来る事が、肝要であるよね。一億総中流、なんて揶揄された日本の生活基準。でも、そいつはあながち間違っちゃあいない。
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自轉車家である。
日々の喧騒の中、社会のよしなし事を、
サドルの上で考えた。そんなブログである。
自轉車家だが、あまり自轉車ネタは無い。
たまにはある。
そんな内容である。
文が長いぞ。心して読んでくれたまえ。。。
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