2011年11月21日月曜日

破天荒と云うべきか…不良中年ラプソディー

 少しばかり昔の話をしようと思う。自分の父親の話で大変恐縮なんだが、ワタクシが子供の頃、と云っても、少し生意気な青春時代の思春期の話である。当時、オートバイが社会的にブームとなっていて、同時に少しばかり社会も不安定で荒れており、大きなオートバイで街中を練り歩く、頓珍漢な集団が、まさしく跳梁跋扈していた平和な時代である。頓珍漢集団とは別に、大垂水峠(高尾山のあたり)や、奥多摩有料道路何かを徘徊する、所謂、峠族だとか、ローリング族とかね、本人達は「走り屋」とかなんとか云っちゃって、兎に角、日夜峠を攻めていたりした。



御多聞に漏れず、ワタクシもオートバイに熱を上げ、日々頓珍漢族に絡まれながら峠を攻め立てているワタクシの青春時代なのだが、時は70年代後半~80年代前半、全国的にオートバイは免許を取らせない・乗らない・買わない、なんてぇ「3ナイ運動」なんてのを、全国的に、殆どの学校でブーム(?)となっていて、何しろオートバイに乗る奴と、バンドを組んでロックをやると「不良」ってレッテルを貼られた、何とも破廉恥な時代である。何なんだよ、「エレキギター禁止」って・・・。スティーヴィー・レイボーンや、ジミ・ヘンドリックスとか、何しろギターの神様に謝ってくれよ、もう。



と、そんな歪んだ時代に青春を送っていたJoe青年。その時代に中型の免許を取る為、中学三年間を終了し、高校へ行く前の春休み、引越しの助手のアルバイトをした。当時の西武運輸である。日給5000円。中学生には大金である。仕事はキツかったが、体力には自信があった若者Joeは、せっせと働き、教習所に行くお金を稼ぎ出したのだった。



そんな怒涛の青春時代、教習所費用を肉体労働で稼ぎ出し、やおら教習所へ勇んで通おうと思った矢先、何となく試験慣れしておこうと決意、府中刑務所…じゃ無かった、府中免許試験場へ。原動機付き自転車免許を取得しに行ったんだ。当然、筆記だけなんで、落ちる要因は何も無いんだが、その日は合格通知を貰って、後日郵送して貰う事にした。当時、即日交付ってのが出来なかったんだよ。なんつぅ昭和的?呑気さである。で、試験場にも、高校生のオートバイ免許取得は、学校に通報します。なんて貼紙がしてあったりしてね。へっバカヤローとか、びくびくしながらも思いつつ、試験官に「何処の学校だ?」なんて聞かれてさ、「あぁ?西武運輸だぁ、社会人ね、一応。」とか答えてました。ワタクシの通うおぼっちゃま学校も、当然ながら、3ナイ運動バリバリでしたからね。



で、一週間ほど経って、無事、免許が送られて来たのだが、そこまで全て親に内緒で活動していたので、内心は何時オヤジにばれるのか心配でびくびくとしていたのだが、その日はまったく唐突に訪れたんだ。



「お、おめぇ単車の免許取ったんだって?」



「いや、これから教習所に行こうかなぁ…と。」



「お?試験所、行ったんじゃ無ぇのか?」



「あ~、行ったよ、ありゃあ原付。」



「おぉ?ナニ?原付ってのぁ何だ?」



「五ン十ccのバイクが乗れる奴だ」



「カブなんか無免許で乗れんだよ。」



「…今は駄目なんだよ、お父さん。」



「おめ、俺ゃあ原付なんざ取った事は無ぇな。まぁいい、そんなチンケな免許じゃ話んなんね。」



「何それ?」



「バイク買って来たんだよ。」



当時、バイクブームもあって、そして類い稀に見る自動二輪大型免許の難関さと来たら…東大に入るより難しいとか、100人受けて1人しか受からんとか、何たってウソ八百のゴタクが打ち並べられていた時代である。中型限定免許で乗れるオートバイも花盛りであった。初期型のRZ250を100ccボアアップした、RZ350が本気で欲しかったが、流石の親父も少し上のワタクシの従兄のアンチャン連中に入れ知恵をされ、RZ350なんか乗せたら即死だとかなんとか煽られ、買って来たバイクが…



イタリアはピアッジオ社の「ヴェスパP200」。



…バイクじゃ無ぇじゃん。



「何おう?200ccだぞ?そこらのカブとは、訳が違うぞ。」



「スクーターだよ、こりゃぁ。こんなモン、格好悪くて乗れるか!」



「てめぇ、その200ccのスクーターっぽっちも乗れないくせによぉ。もういい、もっと格好良くして来てやる。」



あくる日、ヴェスパP200の左脇には、「舟」がくっ付いていました。そうです。サイドカーを付けてしまいました。



「どうだ、この野郎。格好イイだろう?100万円もしやがった。チクショウ。」



何しろ、初代の仮面舞踏会ならぬ、仮面ライダー世代であり、何たって、サイドカーを見事に操るキカイダー世代である。矢も楯もたまらず、格好良かったんである。



「おお、凄ぇ。…何だよ100万円って・・・。」



なんてね、その後、無事に中免(中型自動二輪免許の略)を取得し、そのヴェスパを乗り回すのだが、自転車もオートバイも、二輪の乗り物は、カーブを曲がる時、遠心力に逆らって曲がろうとする為、曲がる方向に車体を傾けて乗るのだが、側車付きはそれが出来ない。左に舟が付いている場合、右折は割とイケる。舟が補助輪代わりに遠心力をある程度、受け止めてくれるのだが、左折は大変である。いとも簡単に舟が浮かんでしまうのだ。舟が浮かぶのは水の上だけにして貰いたいモンである。



実はウチの親父、地元立川やその周辺で悪さばかりしていたので、面が割れているとかで、地元では決して飲まず、必ず新宿で呑んでいた。当時、住んでいたのは八王子という、山梨の手前みたいな所であるから、何しろ高速道路で八王子から車で呑みに行ってしまうんだ。よく母親が送って行っていた事もあった。その仕事がワタクシに回って来ただけの話である。オヤジは当時、110kgの巨漢で、小舟に乗り、65kg~70kg位のワタクシが運転だ。約200kgの人員に対し、ピアッジオ社のヴェスパは200ccである。超ロングストロークの分割給油式2ストローク単気筒。どうやったって70km/h程が最高速度である。おそらく世界で一番悪い環境の、おそらく一番不幸せなヴェスパだったろうなぁ。



ソロでよく高速道路の料金所のオッサンに、「原付は走れないんだよね。」と注意された。2人乗りしていても、たまに止められる始末である。ま、そんな事ぁどうでもイイ。何しろワタクシが学業が本分の身である事を一切無視し、夜中の23時に平気でワタクシを新宿まで呼びだし、大概店に5時頃までいて、帰るってぇ生活を余儀なくされていた。学校で居眠りをしていたのはそのせいである。

当時は単なる道具として酷使された、イタリアの可憐なスクーター、ヴェスパ。その後、ワタクシはスズキのDOHC16バルブTSCCなんてのを売りにしていた400ccを購入し、乗りまわしていたが、相変わらず側車付きヴェスパはオヤジの新宿界隈繁華街直行便として働かされ続けましたとさ。





この歳になって、ヴェスパが素敵だと思う。でも、子供が成人するまでは、オートバイには乗らないと、女房と約束したのだ。親の責任って奴である。だが、その約束には感謝している。あの時、オートバイから降りなければ、子供はいなかっただろうし、自転車にも、ここまでハマる事は無かっただろうしね。



あと7年。そろそろヴェスパを買う為の貯金でも、始めようかね?





アルファロメオも欲しいし、悩ましい限りなんである。確実に、間違いなく、あのオヤジの血を引いているに違いない、マイッタ感覚なのであるよ。





困ったモンだの、不良中年ラプソディーなんである。





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2011年11月7日月曜日

サイクルモード・そして自転車環境マップ


スポーツやイベントの秋である。ツールド千葉や、サイクルモード、ボランティアであるが、千葉市の自転車環境マップ作成実走調査、今後は有薗君・守上君達とのイベント、セオフェス、伊津野亮さんとの自転車ライドイベント。ね、目まぐるしい程のイベント三昧なんであるよ。



そんな中、千葉大の自転車部で、大学院も行って、長きに渡りウチのお店をアルバイト店員として支えてくれたらしお君が、201112月より、北海道の職員として働く事となり、11月いっぱいで千葉を離れる事になった。らしお君は、それこそ下手な社員よりも自転車を売ったり、在庫を知っていたりして、数多く存在したどのアルバイトよりも、仕事が出来る奴だったと思う。らしお君、今まで本当に有難うございました。今後の貴君の活躍に期待し、更なる飛躍を祈念いたします。北海道だったら、餞別に社長から、サーリーのパグズレーでも戴きなさい。わはは。



ま、彼が抜けた後のお店のスタッフは、相当に、心して頑張らないと大変だと思うぞ。・・・他人事では無いんだがね。



そんな訳で、イベント盛り沢山の中、やって来ましたサイクルモード。今年は伊津野亮氏の公開生放送も有る事から、お店を臨時休業して、お手伝いも兼ね、行って来ました。ひとつ感じた事は、これは本当に直感的になんだけれど、確かに自転車ブームだって感じの来場者ではあるのだが、何処かに感じる空白感というか、虚無感っていうか、何となく心にぽっかりって、そんな感じの自転車業界って感じがしたのは、果たしてボクだけかも知れませんが・・・。



自転車ってのは、本質的に自由な乗り物である。当然、日本国内で車両として扱う限り、車両としてのルールってのに則って然るべきであろう。煌びやかなロードレーサーの世界は、何だが高級車然として鎮座ましましてね、それはそれでイイんだろうけれど、カタログも貰いにくい雰囲気ってのは問題であろうね。ま、殆どのメーカーは販売しているので、お金出せば買えるんだが・・・。何か違うんだ。



一方で、やはり面白さってのが秀でていたのは、モトクロスインターナショナルのブースでね、今年は陳列自転車が少なく、試乗車が沢山おいてあって、市場では販売が難しいとされるビーチクルーザーなんかが飾ってあったのには少し驚いたのだ。










ビーチクルーザーって云えばね、自分のお店で扱っているから云う訳では無いんだが、レインボーサイクル・エレクトラサイクル等を扱う、エムプランニングの、ビーチクルーザー、そしてダッチバイク群、これが、ブース自体が活力が在るように感じたんだ。





あくまでも持論だが、日本の独特の自転車事情ってのは、ママチャリ文化ってのが根付いていてね、これは云ってみればね、歩道走行を前提とした低速低性能自転車であるから、現在騒がれている、自転車を車道にって提言に補足すると、脱ママチャリ化して行かないと、厳しいモノになってしまうかもしれないね。かつて、メイドインジャパンの自転車は、世の中に溢れていた。日本でしか生息出来ないママチャリですら、現在ではその殆どが外国製である。平たく云うと中国製ね。



価格を下げると、品質が落ちる。なにもこの図式は自転車に限った事では無い。技術革新による価格の値下がりはイイ。だが、いつしか安かろう悪かろうってモノの見方が解らなくなってしまい、市場の要求のまま粗悪自転車を提供し続けてしまった。この当たり前に解りやすい図式が、日本の自転車をダメにしてしまったんだ。



今、ギリシャや、イタリアが経済危機に陥っている。ヨーロッパでも、ダッチバイクという、スポーツ車では無い、街中を移動するコミューターバイクは存在する。だが、日本のママチャリと圧倒的に異なるのは、ギヤ比による速度の差である。そんなダッヂバイクは、あまり日本に輸入されていない。日本の微妙な自転車事情によるモノが大きいんだがね、現状の日本ではまだ、販売が難しいんである。まだ、ね。



産業の空洞化が拍車を掛け、より単価の安い所へと、産業が出てしまうってのは、日本の大きな損失である。例えば中国なんかでどうにもならない程安い自転車を作らせて、それを自転車にあまり興味の無い人に売っているなんて、褒められた事では無いと思う。それでメーカーなんて気取っていては呆れるばかりだし、それらは結局自分で自分の首を締める事となると思うんだ。



今こそ、農業や漁業なんかも手掛けている様に、メイドインジャパンのダッチバイクを生産する事が必要なんではないかと思うんだ。自転車販売業だけでなく、製造業もね。製造販売会社。自転車を知る人間が、自転車を作るって事。現状の日本って、スポーツ自転車を趣味とする人は、自分がママチャリに敢えて乗る事はしない。ダッチバイクやビーチクルーザーってのも、出番の無い車種になりがちである。そここそが、日本の自転車の格差となっている。日本の自転車の多数派は、圧倒的にママチャリである。保有台数の比率は、ママチャリ9割、スポーツ自転車1割である。自転車店の多数は、この9割の人々向けに販売をしている。





この9割が、須くダッチバイクとなれば、日本は自転車大国となり得るんだが…。ま、坂も多かったりするから、電動アシスト自転車ってのも、今後は益々需要が増えるんだろうが、ベースがママチャリってのを止めてね、電動ダッチバイクってね。…何だか響きがイヤラシイな。ダッチバイク。どうなんだ?南極何号では無いぞ。



日本人の多くは、自転車なんぞに興味を持っていない。あると便利だからっていうシロモノ家電化している、ま、どっちかってぇと、生活必需品と言う性質が強いんだ。靴や洋服なんかにあれだけお洒落をする人々が、自転車だけにはとんと無頓着ってどうなの?っていつも不思議に思う。それはね、自転車の本質ってのを知らないだけなんだよ。もう、ママチャリが世の中に蔓延って40年近く。今年40歳の人だって、自転車ってのはママチャリを指すんだって育ってくりゃあ、それにしか乗らないよね。店だって売れないモノは置かないし。



何とか、お店にエレクトラのダッヂバイクを置きたいと、切に感じた。エレクトラバイシクルは、アメリカのメーカーだが、自転車好きのメーカーである事が一発で解る。例えばね、通常ハンドルステム上の目隠しは、ゴム製の目隠しだったりするんだが、アルミの削り出しでワンオフで作って取り付け、ステムと一体化させている。そこいらのオーダーメードでもなかなか無い手法である。アルミリムもメッキと見紛うばかりのバフ掛けされており、ビッカビカなんだ。



日本の大手メーカーの自転車、一般的な自転車だが、フラッグシップと言われる代表的な自転車。耐用年数はざっと710年といった所か?ま、あまり手入れもされず乗りっ放しでその耐用年数ってのは特筆モノであろう。でも、エレクトラバイシクルのダッヂバイク、これは一生モノと云える程、出来がイイ。見れば解るんだ。そしてこの自転車は決して、乗りっ放しにはされない。手入れをして貰える自転車なんだと思う。手入れをされる乗り物は幸せなんである。



嗚呼、長ぇ。で、今年最後の自転車実走調査に行って来た。大宮・星久喜地区である。割とアップダウンが多い所で、普通の自転車では辛いかも知れないと思ったが、何だかんだで行って来いで50km程走ってしまった。ボクが住んでる所と同じ区なのに、若葉区広し、と云った所だな。ま、調査後は仕事だったから、そのまま走って戻ったってのもあったけれどもね。この調査に関しては、前回のレポートで詳しく書いたので、大体内容は一緒で、違いは場所のみだろうが、やはり走る場所と同時に、自転車の高性能化って事が重要になってくると感じているんだ。









さて、自転車の未来はどう動いて行くのかな?





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2011年11月1日火曜日

千葉市自転車走行環境マップ作製調査  その2



過日、千葉市のボランティアに再び参加する事になった。地域ごとにコースを細分している為、各班が各々のコースを別々に調査するっていう方法である。班分けは、前回と一緒だったが、先導員の市職員の方が別の方が来られました。小川さんという、今回の調査の為に、ダホンという、アメリカの折り畳み自転車専用メーカーの、不朽の名作である「ボードウォーク」という車種を購入しての参戦である。ボードウォークは、折り畳み自転車では珍しい、クロモリパイプを使用した、細身でイカシた自転車である。カスタムのベースにも持って来いなんである。





何だか今回は、昨今の自転車関連のニュースで、様々な話題を提供している、云わば注目を浴びているモノなので、少しでも自転車環境が向上する事に役立てば良いと思う。継続事業となっているこれらの調査は、実際に市の職員さんも含め、自転車に乗って調査をするという、至極当然の話が大切な事であって、且つ、年齢、性別、自転車の車種も様々であってね、そのいわばごった煮的種類の自転車が、一緒になって走る道路とは、って事を、考えさせられた調査となったんだ。



私のグループのメンバーの自転車は、折り畳み自転車のボードウォークを筆頭に、年季の入ったブリヂストンのアルベルト・前後サスペンション仕様のマウンテンバイク類似車・セマスカーボンのロードレーサー、ビンディングペダルで参加・そして今回私は、Bd-1という、折り畳み自転車をチョイスしてみた。前回はピスト。



前回の調査の際の平均的スピードは、およそ20~22kmで走行していた。前回先導して戴いた職員の吉澤さんは、大きな体に外装6段式のシティサイクルに、後ろの子載せを付けた仕様のタイプであったのだが、普段より乗り慣れているのであろう、自転車のペースをよく理解しているなと云ったスピード感であった。




私は自転車屋であるから、自転車のチョイスって事になると、その用途に見合った選択をしがちである。必然的に使い易いモノを選ぶ。だが、此処に自転車屋の、自転車屋的目線とか、そんなモノが時として問題になる事もあるんだな、と今回感じたんである。皆さんの自転車のペースなどを考えて、折り畳みスポーツ自転車という選択、これはなるほど街中では使い易いなっていう事の再確認はするまでも無いのだが、きっと絶対に選ばないのがロードレーサーにビンディング、そしてマウンテンバイク類似車って選択肢だろう。レーサーとビンディングの選択は、頻繁に走る止まるを繰り返す調査には不向きと考えているし、MTB類型車は生憎持ち合わせていない。だが、今回はその両タイプの方がいて、気付かされた。走る側が調査だの何だのって云う理由で、自転車を変えられる人の方が少数であるし、一般的な道路環境には、様々な自転車が走行するという、厳然たる事実があるんだね。



今回は、あまり自転車に乗り慣れていない小川さんが、懸命に先導して呉れた。平均は15km前後。これはかなり遅いスピードで、主婦層の方や主に女性のママチャリ乗車時の平均速度が12~15kmという速度であるから、かなり遅い方であろう。この速度の遅さってのが、今回は為になった。小川さんの様に、あまり自転車の経験が無い方々や、所謂ママチャリの速度域でしか走れない人、この様な人達を含め、自転車は車道って展開をしているんだよね。これは相当なインフラ整備もしなければならないよね。



小川さんは先導者で、その立場上、交通ルールを遵守しなけらばならない立場にあるんだ。で、自転車の現状ルールってのは、例えば交差点を走行する際、自転車ってのは横断歩道脇に書かれた自転車横断帯ってのを通らなければならない事になっていて、交差点を通過しようとする度に、一旦左折をするかの様な挙動を余儀なくされるのである。本当の挙動不審なんである。自転車が交差点を直進出来ないと云う駄目ルールってのが問題で、自転車は車道って錦の御旗を掲げたって、歩道の延長線上に鎮座まします自転車横断帯なんてモンは、愚の骨頂なんであるよね。



小川さんは走っていて気付いた。「横断帯を走行して交差点を通過するのは実質上、危ないし、無理ですよね?」全員一致で「そうです。」って。この一件を筆頭に、小倉台付近のモノレール下沿道に於いては、通常は橋げたよりに車道を導いていて、右折レーンが現れると、歩道寄りにレーンが寄っていて、連続して走っていると、自動車は常にうねうねとS字に蛇行しながら走る事になっているし、小さな交差点、特に右折レーンが現れる度、車道の左側を走る自転車は、必然的に幅寄せを余儀なくされる。大型車などが通過すると、かなり危ないと思うよね。



現在の車道脇の、所謂、路側帯ってヤツは、現状の車道では、単なる自動車のエスケープゾーンでしか無い。広い路側帯は、自動車にとって、格好の違法駐車場所となり、その違法駐車によって行き場を失った自転車は、車道にはみ出して走行せざるを得ない。後続の自動車は、容赦なくクラクションを鳴らしたりする。え?誰が悪いんだ?一体。



私は、運が良いのか悪いのか、自動車は11tの大型トラックを運転し、左右ハンドル問わず、乗用車、大型オートバイ、原動機付自転車、フォークリフトに到るまで、相当数の自動車運転に携わって来た経緯がある。そんな、車種によっても、運転者によっても異なる、乗り物の挙動を、経験値から察知する事が出来る様になっている。主たるは自己防衛の為である。自転車の挙動ってのが最も理解しにくいのもまた一方の事実でね、こればかりは何度も経験する必要があって、体力が有る無しとか、自転車のペダルの踏み方の旨い下手にて、次の自転車の挙動を知らなければならないんだ。自転車にはウインカーやブレーキランプは無いからね。



今後、自動車運転者に是非、経験して戴きたい乗り物は、ズバリ、「スポーツ自転車」と呼ばれる、自転車で、車道を走って貰いたい。およそ殆どの人は、好むと好まざるを抜きにして、自転車には乗れる筈である。だが、スポーツ自転車未経験者は、結構多いのではないだろうか?スポーツ自転車が、意外と速い乗り物であり、そのスピードは、運転者の体力や路面状況、そして自然現象(雨や風など)に大きく左右され易いが、一人で乗る自動車よりも、何百倍、何千倍もエコロジーな乗り物であるって事を知るべきであろう。



道路は、自動車だけのモノではない。

シェア・ザ・ロード。


譲り合いの精神こそ、今後の道路事情を明るくして行く、初めの一歩なのだと思うぞ。





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