先日納車の、とあるメーカーの電動自転車を納車するのに仕上げをしていたんだね。電動アシスト付き自転車は、最近では注目度が高く、車種も様々でより選びやすい設定となっているんだ。一般的な婦人車タイプから、小径車、折り畳み車、スポーツタイプまで様々であるね。各メディア等でも取り沙汰されている。
価格帯もだいぶこなれて来たんであるが、そんな自転車の中、男性を中心に人気の高いモデルが、26インチのMTBサイズである、サスペンション付きの外装ギア付きの自転車なんであるが、日本のメーカーってのは、ど~~~してこういったツマラナイ手抜きをするんだろう?と、疑問を抱くんだな。
スポーツタイプ(類似車)にはほぼ、ブレーキにVブレーキタイプを採用する。MTBタイプのホイールにはベストチョイスだと思っているんだろうが、これが、まがい物を採用している事が実に多い。引きしろはグニャグニャで、あろう事か、ブレーキレバーがグリップにべったりと接触してしまう。あり得ない。
これでいいの?メーカーさん。これ、そのまんま売っちゃう店なんて、ごまんとあるよ!おまけに装着したままでは、ブレーキレバーからブレーキワイヤーのタイコ受けが外側に出て来ない、これまたまがい物レバーが付いていて、ワイヤー交換すら容易ではないし、第一、交換しようとしたシマノ製のタイコが入らない!!え??専用品??…ってか、こんなの、出来損ないの不良品じゃんよ。ふざけんなよ。こんなモンを量産車に採用しちゃってんの?駄目だよ!マジで。
Vブレーキバナナに付いている、モジュレーターもまがい物、ブレーキのアウターワイヤーすらまがい物で、言いにくいんだけど、ママチャリに採用する程度の品質のモノを良しとして、Vブレーキに採用しちゃあ、駄目だよ。アウターワイヤの縮み率が全く違うんだよ。あれ?BAAマークが付いてらぁ。メーカーのTSマークも貼ってあらぁ。え?メクラ判?ウチじゃあ、TSマーク出せないよ、こんなんじゃ。
幸い、ウチは完成スポーツ車を組み立てをした際、余分になったシマノ製のワイヤを捨てずにとってあるので、当然だが、すべて取り換えたよ。ブレーキレバーも某巨大スポーツメーカーで採用していた、テクトロがサラで取ってあったんで、当然取り換えた。Bシューもデオーレに変えた。で、別物になった。って云うか、スポーツ車で云う所の、及第点だ。ぎりぎり合格。
いやね、完成スポーツ自転車だってコストカットの為、ノーブランドのレバーやブレーキが付いているモノは多いさ。でもね、ハンドルバーに装着してあって、タイコが抜けない自転車なんて、不良品以外、見た事が無い。それが日本製電動車がこれだよ?モーターが付いているとは言え、10万円から上の自転車だよ?しかもオプションでフル泥除けと、フロントのカゴを付けるとね、構造上サスペンションの止め穴に共締めするしか方法が無く、タイヤが馬鹿みたいに太いから、(26×1.95)しかもその泥除けはオリジナルではなく、スボーツ自転車に装着出来る凡用品だから、クリアランスが出せないんだよ。装着するタイヤによっては擦ってしまうよね。おまけに、後ろのタイヤはしっかりとボルトで固定しているくせに、フロントは何故かクイックシャフト採用だ。これもヘキサで締めるタイプのシャフトに交換した。カタログには専用オプションとしているのに、コレッすか??しかも某凡用品より高額だ。すごく。
そもそもスポーツ車はね、多少なりとも自転車に興味を持って購入する人々が殆どであるので、仮に予算の都合上、廉価な自転車を購入し、パーツのグレードがさほどでも無いにせよ、不都合を感じれば、シマノのデオーレクラスをチョイスし、換装する事なぞ、造作も無い事だし、むしろ、よくある、いわば日常的な手法であり、作法である。
一方、電動自転車をチョイスするお客人の面々はね、自転車には左程興味は無いんである。さしずめ、泥除けとカゴが付いていない事を不便とする位である。クイックシャフトに至っては、何故こんな余計なシステムになっているんだ!って云う、もう迷惑です的発想なのよ。何で簡単にタイヤが取れちゃうの??駄目じゃん。って発想。
同感である。スポーツ自転車以外には、本当に無用の長物なんだよね。云ってしまえば、一般車のカテゴリーのモノにVブレーキや、まがい物のサスペンションは付けるべきではない。多少手間ではあっても、ブレーキは前後ローラーブレーキがイイと思うぞ。Vブレーキよりはメンテナンスフリー(厳密にはそうではないが…)であるしね。
ブレーキレバーに至っては、もう論外です。あんなの修理で入って来たら、メーカーに送っちゃうぜ、マジで。タイコ出て来ないのに、どうやってワイヤを取り換えるんだか、是非とも見せて戴きたいモンである。マジシャンか?お前らは!って感じである。
いやね、自転車は、多かれ少なかれ、どうあれアラはあるもんだが、しょーがねーなー、なんて、販売店レベルで処理している場合が殆どだったりするんだが、今回のモノは、あまりにも酷 いんだ。しかも最近オーダーが多かったんで、メーカーに完組車で頼んで、来たのがコレである。忙しい中、殆ど1日がかりの作業である。7分組みより悪いよ。ハンドル回りなんか総外しだしね。
スポーツ自転車の場合、好き嫌いは別としても、売れているメーカーの場合は、当たり前の様に、シマノのコンポがフルアッセンブルされている。個人的には、入門用自転車と云われている自転車にこそ、しっかりとしたコンポーネンツをアッセンブルすべきであると考える。
初めてスポーツタイプの自転車に触れる人々には、技術を性能でカバーする部分があって然り、である。何もシマノがベストってな訳ではない。シマノであっても廉価な部品は多数存在するが、最低限の仕事はする。
前出のローラーブレーキにしたって、シマノ製が殆どで、構造が複雑な製品はコピーすらされず、まがい物がない。その為シマノ独占である。一方、現状に流通しているVブレーキは、そのどれもが単純な構造の為、より安くオリジナルを作ってしまえる事はおろか、左右のバネの反発力を均等に保つ調整ねじの部分を、あろう事か、樹脂製にしてしまっている、大バカメーカーも多数存在し、更には、それを安いからと言って、挙って採用している大バカ大手メーカーが多数ある。
自転車が、特に、スポーツタイプと呼ばれる自転車が、市民権を得つつある。それも急速に。日本は私が再三唱えている通り、自転車に対する、すべての事柄が、後進国なのである。発展途上ではなく、後進国。後進国だからこそ、ママチャリという日本専用車が生まれ、跋扈しているんだ。もうママチャリは、我が国にとって必要悪。もはや無くてはならない自転車のカテゴリーである。むしろ多数派でもある。
昨今起っている、自転車へのムーヴメントは、以前にもあったMTBブームとは趣が違うと感じている。勿論、違ったモノにする必要はあるんだがね。インフラ整備も含め、大手自転車メーカーも、自転車の安全性も含め、是までの既成概念を払拭してだね、本来の、安全で、快適な高性能自転車が再構築されるべき時期に来ているのではないだろうか?
電動アシスト付き自転車なんか、もうこっちが恥ずかしくなっちゃう位、重たい。自転車の本質をこの時点で既に逸脱しちゃってる。ママチャリから抜け出せないんだよ。自転車の美しさってのは、シンプルである事。構造が丸見えな分、部品一つの造形にすら、気を使う。スポーツ自転車が、特に、ハイエンドの自転車が美しい理由は、そこにこそあるんだ。
電動アシスト付き自転車が昨今もてはやされている最大の理由は、一般の人々にとって自転車ってのは、漕ぐ行為自体がツラく大変な作業を強いられる、ダルい乗り物という概念が、坐をかいて鎮座ましましている。そのダリィ作業を、少しでも緩和させようかってぇ、余計な御世話をね、メーカーが率先してやっちゃってる。いや、やらざるを得ないんだ。
そんな駄目な乗り物に頓着しなければならない理由が、この国にはあるからね。自転車に乗れない位の非力な人や、お年寄りに…なんてぇ、大義名分は、この際、ナシにしましょうや。そんな理屈は、セニアカーなどと呼ばれる、電動車イスをすべての人に…なんてぇ位、愚談であるし。電動アシスト付き自転車は、普通自転車を漕ぐのがダルいんで、少しでも楽して進みたいと考える、自転車って媒体にはさほど興味のない人に向けた商品なんだよね。
一旦スポーツ自転車の快適さを知ってしまった人は、足枷の多い電動自転車を、よほどの事がない限り、敢えて使おうとは思わないだろう。でも、そんな私でもね、女房や母親には、婦人車タイプの自転車を買ってあげようか、とかは考えるんだよね。何故かというと、理由は簡単、女房や母親は、自転車には一切興味が無いんである。自転車の概念=ママチャリそのもの。だからである。
かつてマウンテンバイクがブームになった頃、どこもかしこもマウンテンバイクを作った。出せば売れたから。価格もそれなりの価格帯だったよ。でないと作れなかったから。フレームが一番ね。それが格好が良ければ、売れる、所謂場当たり的、何でもアリ的な大馬鹿商社がね、自転車のサンプル持ってさ、偽物を作るのが国策的国に持ち込み、マウンテンバイク風の雑貨(もう自転車とは云えない品質だから、雑貨)を安価に、大量に作らせ、大量にばら撒いた。激安を謳う雑貨屋さんを中心にね。
で、当然だが、それをキャンプ場を始め、オフロードなんかに持ち込む輩も増え、あろう事か、フレームが折損したりする事故が増大したんだ。で、これはマズイと考えた馬鹿モノ商社はね、「悪路走行禁止」なんてぇ破廉恥なシールをフレームに貼って対応したんだよ。作っちゃったから、何が何でも売り捌く、的な。だから、我が国の自転車業界には、MTB類似車(ルック車)という、恥ずかしいカテゴリーが存在するんだ。取扱説明書にも、堂々とMTB類似車って…類似・ルイージって…スーパーマリオの弟じゃあるまいし…、どんな扱いだよ。
そんな馬鹿げた事態が横行し、安価な自転車を作っていた自転車メーカーはほぼ絶滅してしまった。10数年前の壱萬円の自転車が修理に来る事があるんだが、車体の作りが、しっかりしているんだよ。オーバースペックも甚だしい程。メイド・イン・大阪・堺だ。今の壱萬円自転車はメイド・イン・偽物国である。100%。長持ちする訳が無いんだ。
だから、メーカーさんが、チョッと色気を出して、格好良さげに見えるスポーツ自転車「類似車」を作って、せっせと販売してはいけないんである。そんな体質の自転車業界に明日は無いよ。メイド・イン・ジャパンはね、どの製品も高性能・高品質が売りな訳で、自転車だけが、まがい物でイイ訳が無い。
しっかりとしたモノづくりを望むぞ。
自轉車家である。
日々の喧騒の中、社会のよしなし事を、
サドルの上で考えた。そんなブログである。
自轉車家だが、あまり自轉車ネタは無い。
たまにはある。
そんな内容である。
文が長いぞ。心して読んでくれたまえ。。。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
by Twitter Badges
2011年3月31日木曜日
2011年3月29日火曜日
旧友からの手紙。
東北・関東地方を中心に大地震が起こってしまった。そんな中、懸命に復興中の日本国であり、世界中が哀悼の意を表している。地球レベルである。ありがとう、人類。…戦争なぞ、している場合では無いぞ。他国。
…まぁいい。これまでの日本国内の、長~きに渡る経済不況の閉塞感により、何だかどん底の澱の中に潜っていた様な生活感が蔓延しているかの様な国内事情である。多分、バブル以降からの本当に長い不況で、不況ってのが普遍的になってしまっていた時、それは起きたんだね。
地震によって、様々な弊害が起きているね。ガソリン不足、電力不足、買い占めによる食糧や日用品の不足等々…。これってやっぱり、日本は豊か過ぎる、云わば贅沢な生活に浸りきっちゃった生活をし過ぎていたんではなかろうか、なんて、みんながハタと気付き始めたんだね。自分さえ良ければ良いって考えは、云ってしまえば、どうにでも当てはまってしまうからね。
では、今後どうすべきかって事を考えねばなるまい。福島原発事故の影響で、水や牛乳、野菜といった生活基盤の根幹である「食」に対し、風評やら何やらで悪評を呼び、相変わらず商品は品薄でね、水に至っては、もう手に入らないね。多分首都圏では無理なのかもねって程、水が無い。まさか水を買い溜めをしている御仁は、お米を研いだり、野菜を洗ったり、よもや風呂の水までも、その水を使用する訳ではあるまいね。
では聞くが、その手にした安全な水を、貴方は一生確保が可能なのですか?
ま、政府も東電も、本当の事はなかなか云わず、情報も小出しにしてね、またどっかの政治屋さんが、「神のみぞ知る」発言をしているんだね。何で彼等はキリンになれないのだろうか?
「腹で思っている事も、そのまま口に出してしまうより、キリンであれば首が長い分、口に出すまでにそれを云って良いか悪いかと云う判断をする時間があるんだよ。」
って、中学校の頃、年中叱られてばかりいた私が、年配の先生に諭された言葉である。自分達のね、言葉の影響力ってのを、せめて考えて戴きたいモンであるよ。
原発の将来は、正直、先が見えない。公表はされていないが、福島の原発付近には未だ多数の遺体が放置されたままだ。付近及び遺体の放射線量が強く、回収が出来ないのだと云う。そんな事も出来もしないで、「神のみぞ知るだ」とは、何事か。では聞くが、貴殿の云う所の「神」とは何か?こんな時にまで、無責任極まりない言動は、大概にして欲しいぞ。厳に慎んで呉れ給えよ。
被災地の復興は徐々にではあるが、始まっている。みんな、一生懸命である。頑張っているのだ。我先に!自分だけは!…何時からそんなにあさましく生きる様になったのか?日本人。義援金ってのも大事だろうさ。何だか流行り物の様に、その「モノ」が手元にありさえすれば、安心するという愚かさ。バナナ然り、納豆然り、食べるラー油然り。テレビに踊らされて、買い込む。普通に生活出来る人間は、普通に生活をするべきなんだよ。で、その普通もね、贅沢を受諾しきっちゃっているんだから、少し位、不便な方がよっぽど大切でね。眠らない街、とか、コンビニだって当初は7時から11時までやっているからセブンイレブンだったんだろうさ。でも現在では、店舗の開店に際し、契約条項に、24時間営業である事ってのが必須だと云う。で、今回の計画停電で、不夜城である筈のコンビニが閉店を余儀なくされている。何とも皮肉な顛末ではある。
コンビニって云えばね、大学時代の同期が某大手コンビニに就職し、去年東北のマネジメントをするって事で、福島に転勤し、地震当日は出張で仙台にいたそうだ。彼は郡山市に引っ越していたのだが、幸い被害が少なかったのだが、東北地方のコンビニは甚大な被害が出て、店が津波にのみ込まれ、店主が行方不明であったり、店主は無事だが、店ごと無くなってしまった店舗も多数あるのだそうだ。云っておくが、友人も被災者なのだ。被災者なのだが、もっとひどい人の為に、不眠不休で、会社が所有する2トントラックで、日夜店主達の救援物資を運んでいるのだそうだ。運送屋のトラックが、福島県へ行くのを嫌って配送を拒否されているので、そうするしか仕方が無いのだそうだ。
先日その友人からこんなメールを貰った。
皆さんから風評被害を撲滅させて下さい。
ウワサでは福島県全体がヤバいとか、物流車が危なくて
入って来れない、なんて、全くのデマです。
原発から100kmも離れた会津では、普通に生活をしています。
放射能の話なんか出ないです。
会社は今、山形と新潟に(拠点を)移動して、福島や東北各県の店舗を
応援しています。
今日は、新潟からパン類を2トン車で会津に配達中です。
自分もまた被災者なのに、店舗を応援しなければならないという立場上、
頑張るしかないのですが、心のバランスを取るのが難しいですが、
何とかやっていきます!
直ぐさま、私はこう返信したのだ。
連日の、日本のマスコミの報道は、その情報の出所が錯綜し、
信憑性に欠けるが、その影響が国民生活にモロに露呈されているのが
風評被害だろう。
貴殿がつむ品物を待つ人々が沢山います。
今、貴殿にしか出来ない事を行なうという
その行為こそが、尊い。
頑張れ!
と。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
…まぁいい。これまでの日本国内の、長~きに渡る経済不況の閉塞感により、何だかどん底の澱の中に潜っていた様な生活感が蔓延しているかの様な国内事情である。多分、バブル以降からの本当に長い不況で、不況ってのが普遍的になってしまっていた時、それは起きたんだね。
地震によって、様々な弊害が起きているね。ガソリン不足、電力不足、買い占めによる食糧や日用品の不足等々…。これってやっぱり、日本は豊か過ぎる、云わば贅沢な生活に浸りきっちゃった生活をし過ぎていたんではなかろうか、なんて、みんながハタと気付き始めたんだね。自分さえ良ければ良いって考えは、云ってしまえば、どうにでも当てはまってしまうからね。
では、今後どうすべきかって事を考えねばなるまい。福島原発事故の影響で、水や牛乳、野菜といった生活基盤の根幹である「食」に対し、風評やら何やらで悪評を呼び、相変わらず商品は品薄でね、水に至っては、もう手に入らないね。多分首都圏では無理なのかもねって程、水が無い。まさか水を買い溜めをしている御仁は、お米を研いだり、野菜を洗ったり、よもや風呂の水までも、その水を使用する訳ではあるまいね。
では聞くが、その手にした安全な水を、貴方は一生確保が可能なのですか?
ま、政府も東電も、本当の事はなかなか云わず、情報も小出しにしてね、またどっかの政治屋さんが、「神のみぞ知る」発言をしているんだね。何で彼等はキリンになれないのだろうか?
「腹で思っている事も、そのまま口に出してしまうより、キリンであれば首が長い分、口に出すまでにそれを云って良いか悪いかと云う判断をする時間があるんだよ。」
って、中学校の頃、年中叱られてばかりいた私が、年配の先生に諭された言葉である。自分達のね、言葉の影響力ってのを、せめて考えて戴きたいモンであるよ。
原発の将来は、正直、先が見えない。公表はされていないが、福島の原発付近には未だ多数の遺体が放置されたままだ。付近及び遺体の放射線量が強く、回収が出来ないのだと云う。そんな事も出来もしないで、「神のみぞ知るだ」とは、何事か。では聞くが、貴殿の云う所の「神」とは何か?こんな時にまで、無責任極まりない言動は、大概にして欲しいぞ。厳に慎んで呉れ給えよ。
被災地の復興は徐々にではあるが、始まっている。みんな、一生懸命である。頑張っているのだ。我先に!自分だけは!…何時からそんなにあさましく生きる様になったのか?日本人。義援金ってのも大事だろうさ。何だか流行り物の様に、その「モノ」が手元にありさえすれば、安心するという愚かさ。バナナ然り、納豆然り、食べるラー油然り。テレビに踊らされて、買い込む。普通に生活出来る人間は、普通に生活をするべきなんだよ。で、その普通もね、贅沢を受諾しきっちゃっているんだから、少し位、不便な方がよっぽど大切でね。眠らない街、とか、コンビニだって当初は7時から11時までやっているからセブンイレブンだったんだろうさ。でも現在では、店舗の開店に際し、契約条項に、24時間営業である事ってのが必須だと云う。で、今回の計画停電で、不夜城である筈のコンビニが閉店を余儀なくされている。何とも皮肉な顛末ではある。
コンビニって云えばね、大学時代の同期が某大手コンビニに就職し、去年東北のマネジメントをするって事で、福島に転勤し、地震当日は出張で仙台にいたそうだ。彼は郡山市に引っ越していたのだが、幸い被害が少なかったのだが、東北地方のコンビニは甚大な被害が出て、店が津波にのみ込まれ、店主が行方不明であったり、店主は無事だが、店ごと無くなってしまった店舗も多数あるのだそうだ。云っておくが、友人も被災者なのだ。被災者なのだが、もっとひどい人の為に、不眠不休で、会社が所有する2トントラックで、日夜店主達の救援物資を運んでいるのだそうだ。運送屋のトラックが、福島県へ行くのを嫌って配送を拒否されているので、そうするしか仕方が無いのだそうだ。
先日その友人からこんなメールを貰った。
皆さんから風評被害を撲滅させて下さい。
ウワサでは福島県全体がヤバいとか、物流車が危なくて
入って来れない、なんて、全くのデマです。
原発から100kmも離れた会津では、普通に生活をしています。
放射能の話なんか出ないです。
会社は今、山形と新潟に(拠点を)移動して、福島や東北各県の店舗を
応援しています。
今日は、新潟からパン類を2トン車で会津に配達中です。
自分もまた被災者なのに、店舗を応援しなければならないという立場上、
頑張るしかないのですが、心のバランスを取るのが難しいですが、
何とかやっていきます!
直ぐさま、私はこう返信したのだ。
連日の、日本のマスコミの報道は、その情報の出所が錯綜し、
信憑性に欠けるが、その影響が国民生活にモロに露呈されているのが
風評被害だろう。
貴殿がつむ品物を待つ人々が沢山います。
今、貴殿にしか出来ない事を行なうという
その行為こそが、尊い。
頑張れ!
と。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
2011年3月23日水曜日
地震被害は、都市部にも人災を起こしつつ…
私が住む千葉市界隈は、地震によって被った災害は殆ど無く、日常生活が送れる箇所が多いと思う。だが、特に千葉市でも、東京湾沿いの千葉市付近、特に埋立地に於いては、幕張メッセ周辺も、浦安市埋立地と同様、液状化現象で、地面が隆起したり、泥が排出され、それがそのまま渇き、土埃が酷い。
本当に皮肉な話だが、クロスバイクの有効性よりむしろ、街中ではマウンテンバイクの有用性をだ、これまでに散々唱えてきた私ではあるが、とても皮肉な形でマウンテンバイクの有用性が理解されつつあるんだ。現実にデコボコになった路面をいとも簡単に乗り越えて疾走するマウンテンバイク。とても頼もしい乗り物に見えたに違いない。まさに百聞は一見に如かず、であるんだ。
であるから、お店には大勢のマウンテンバイクを求めるお客さんが殺到。もうガソリンが買えないから、何でもイイから自転車よこせ、って人もいる。…鬼気迫る感じで、何だかおっかない。
これから問題になり得る事。それは自転車走行に対し、ルール不在になる可能性を、多く含んでいるという事だ。普段から自転車に乗って移動している常連さん達は、本当に自転車で移動する事に長けている。自転車さえあれば、何処にでも行ってしまう様な人達はかり。こんな時はとっても頼もしいばかりだ。
一方、真新しい自転車に乗って、ヨロヨロと自転車を漕いでいる人々もまた、極端に増えている。増殖という感じだ。一様にサドルが低く、漕ぎにくそうである。しっかりとサドルを上げ、空気圧に気を配ろう。
もし、既存の自転車乗りが、新しく自転車に乗り始めた人々に、自転車の走る場所を聞かれたら、「原チャリ」とほぼ同じであると答えてあげましょう。ルールも含め、殆どがそれに準ずるからね。ヘルメットも被りましょう。この際。
皮肉な現象であるが、未曽有の非常時に、自転車の有用性が再認識されるという現象が起こった。マウンテンバイクはこんな時こそ、まさに水を得た魚となって、崩壊した街中を疾走する事が出来る。ガソリンは当然だが、必要が無い。次には、何と何とで、所謂「婦人車」である、ママチャリが活躍する。移動のアシはもとより、荷台に荷物を括りつけて、荷物を運べる、誰でも乗れる、燃料いらないって事で、何しろ今後、被災地での自転車は大活躍をする。これは、阪神大震災の時に実証済みである。被災地にトラックで救援物資を送り込んだ際、3kmを進むのに8時間も掛かったり、道路も寸断する中、自転車が大活躍していた。
地震直後から一週間、自転車がもの凄い勢いで売れた。停電やガソリン不足の影響であるのだが、そろそろガソリンのデリバリーが普及し始めた。…自転車はもうお役御免なのだろうか?自転車で済む距離ならば、そのまま自転車を使ってあげて下さいな。まだまだ、被災地の復興には、時間が掛かるのですから。
自転車を、被災地へ送ろうと云う事が様々な団体から始まっている様だ。自転車の技術者のボランティアも同時に募集していると云う。こんな時はね、大手のメーカーが大型のトラックに部品と自転車一式と、技術者を積んで、移動自転車店として、被災地に行くのが正しい。当然、大手販売店の技術者にも協力して貰うって事だな。時期的に、メーカーだって販売店だって、輪界は一年で一番忙しい時期に当たっている。が、日本は何百年に1度なんて揶揄される大災害が実際に起きてしまったのだよ。
大型トラック転がせて、自転車修理・整備、なんて事をこなせる奴ぁ、そうはいないだろうなぁ。
…それと、都市部で巻き起こっている、ホウレン草等、葉物野菜への風評被害だ。そんな微々たる放射線量より、煙草吸ってる喫煙者への発がん性の方が、何百倍も高いって。
人間の営みなんか、自然の営みにすりゃあ、ホンのちっぽけなモノ。
制御不能になっちゃうモノを、人間が創らざるを得なかった、豊かさ。
今一度、考える時が来ているのだろう。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
本当に皮肉な話だが、クロスバイクの有効性よりむしろ、街中ではマウンテンバイクの有用性をだ、これまでに散々唱えてきた私ではあるが、とても皮肉な形でマウンテンバイクの有用性が理解されつつあるんだ。現実にデコボコになった路面をいとも簡単に乗り越えて疾走するマウンテンバイク。とても頼もしい乗り物に見えたに違いない。まさに百聞は一見に如かず、であるんだ。
であるから、お店には大勢のマウンテンバイクを求めるお客さんが殺到。もうガソリンが買えないから、何でもイイから自転車よこせ、って人もいる。…鬼気迫る感じで、何だかおっかない。
これから問題になり得る事。それは自転車走行に対し、ルール不在になる可能性を、多く含んでいるという事だ。普段から自転車に乗って移動している常連さん達は、本当に自転車で移動する事に長けている。自転車さえあれば、何処にでも行ってしまう様な人達はかり。こんな時はとっても頼もしいばかりだ。
一方、真新しい自転車に乗って、ヨロヨロと自転車を漕いでいる人々もまた、極端に増えている。増殖という感じだ。一様にサドルが低く、漕ぎにくそうである。しっかりとサドルを上げ、空気圧に気を配ろう。
もし、既存の自転車乗りが、新しく自転車に乗り始めた人々に、自転車の走る場所を聞かれたら、「原チャリ」とほぼ同じであると答えてあげましょう。ルールも含め、殆どがそれに準ずるからね。ヘルメットも被りましょう。この際。
皮肉な現象であるが、未曽有の非常時に、自転車の有用性が再認識されるという現象が起こった。マウンテンバイクはこんな時こそ、まさに水を得た魚となって、崩壊した街中を疾走する事が出来る。ガソリンは当然だが、必要が無い。次には、何と何とで、所謂「婦人車」である、ママチャリが活躍する。移動のアシはもとより、荷台に荷物を括りつけて、荷物を運べる、誰でも乗れる、燃料いらないって事で、何しろ今後、被災地での自転車は大活躍をする。これは、阪神大震災の時に実証済みである。被災地にトラックで救援物資を送り込んだ際、3kmを進むのに8時間も掛かったり、道路も寸断する中、自転車が大活躍していた。
地震直後から一週間、自転車がもの凄い勢いで売れた。停電やガソリン不足の影響であるのだが、そろそろガソリンのデリバリーが普及し始めた。…自転車はもうお役御免なのだろうか?自転車で済む距離ならば、そのまま自転車を使ってあげて下さいな。まだまだ、被災地の復興には、時間が掛かるのですから。
自転車を、被災地へ送ろうと云う事が様々な団体から始まっている様だ。自転車の技術者のボランティアも同時に募集していると云う。こんな時はね、大手のメーカーが大型のトラックに部品と自転車一式と、技術者を積んで、移動自転車店として、被災地に行くのが正しい。当然、大手販売店の技術者にも協力して貰うって事だな。時期的に、メーカーだって販売店だって、輪界は一年で一番忙しい時期に当たっている。が、日本は何百年に1度なんて揶揄される大災害が実際に起きてしまったのだよ。
大型トラック転がせて、自転車修理・整備、なんて事をこなせる奴ぁ、そうはいないだろうなぁ。
…それと、都市部で巻き起こっている、ホウレン草等、葉物野菜への風評被害だ。そんな微々たる放射線量より、煙草吸ってる喫煙者への発がん性の方が、何百倍も高いって。
人間の営みなんか、自然の営みにすりゃあ、ホンのちっぽけなモノ。
制御不能になっちゃうモノを、人間が創らざるを得なかった、豊かさ。
今一度、考える時が来ているのだろう。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
2011年3月14日月曜日
What The Hell!!
アヴリル・ラヴィーンの話題曲では無いが、未曽有の大災害に見舞われた日本である。今後復興に向け、前進あるのみ、なんであるがね、何しろ仕事中で、大きな揺れだったんでね、女房は病院だから、先ずは安心だろうが、地震直後に義母と子供の安否である。直ぐに電話が不通になるだろうと思い、即電話をする。
義母には通じた。恐怖でパニクっていたが、冷静に、落ち着く様、諭す。女房には大丈夫か?無事か?とメールを送っておく。子供の学校に電話をしてみたが、不通。以降、全く電話が通じなくなった。鉄道各社も全て止まった。道路は大渋滞で動いていない。あらためてマウンテンバイクの機動力に感謝する。
店の壁側の陳列自転車(子供車)が崩れ落ち、入口のガラスの留めゴムが殆どずれ落ちたものの、幸いにも、被害は地震の揺れの程には大きく無かった。古い友人達、特に昨年中ごろから、福島に転勤になった友人が心配になり、メールを送る。暫く返信は無かった。近隣店舗はガラスが破損したり、自転車が倒れたと云う程度らしかった。隣りの酒屋さんは殆ど酒瓶が落ち、割れてしまったと云う。
お店にも急遽、自転車を求め、来店する人があり、切羽詰まった形相である。一時間以内に船橋まで行かなければならないと云う。不可能ではないだろうが、こんな状況なので細心の注意を払って走行する様、お願いをした。
外に自転車を陳列しているのも危険と判断し、店内に自転車を片付け、様子を伺いつつ、早めに店を退店し、子供の所在を確認、義父が既に学校へ迎えに行っており、無事を確認。ひとまず安堵する。次の日、古い友人たちとディスクドッヂというスポーツの講習会やらなんやらが、計画されていて、お休みを戴いていたのだが、その一切が中止となり、近くのスーパーへ買い物に行くが、何と地域住民なのか?パニック買いで、ごった返している店内。水や食料をありったけ買い漁っている光景…
落ち着いてくれ。この辺りは、少なくとも断水や、ガス、電気は止まっていない。必要な人がいる筈だ。あまりのパニック買いに店の陳列棚は軒並み空棚が目立つ。店内放送がしきりにモノが無い事を放送し、あまりの状況に、18時閉店を宣言している。
福島の友人からメールが有った。地震当日、仙台に出張中で、仙台市内のホテルにいた所、地震に遭遇。壮絶な揺れで、本当に死ぬ事を覚悟したそうだ。彼は13時間かけ、福島の家族の安否を確認する為、帰ったという。幸い、全員無事との事で安堵し、
「必要な事があれば云ってくれ。」
なんて事を云ってみたが、彼は至極冷静で、
「おいおい、ジョー、落ち付け。気持ちは有り難いが、俺は生きている。だが、街は死に、宅急便も何も、物流は絶望的だ。自衛隊のレベルが動いているから、それに頼るよ。お前が身一つで来る事も出来ないし、来ても駄目だ。」
俺は恥ずかしかった。一応無事で、何かしてやれる事は?なんて下世話な事は、単なる野次馬根性的なモノでしかなく、甚大な被害下に於いては、個人的な行動は混乱を招くだけである。すまん。
各地で起きているガソリン不足、食料、飲料不足。本当に必要なのは、失際に被災した現地の人な筈。もっと云えば、マスコミのヘリコプターや、現地取材は、被災者救援、救助の妨げともなるので、控えるべきだろう。現地まで入れる特異性を持ち合わせるなら、撮影道具ではなく、救援物資を運ぶべきである。
皮肉な事だが、今回の大災害によって、自転車の有用性が見直されつつあるって事も、また一方での現実である。
冷静に、落ち着いて、何をすべきかを考えて下さい。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
義母には通じた。恐怖でパニクっていたが、冷静に、落ち着く様、諭す。女房には大丈夫か?無事か?とメールを送っておく。子供の学校に電話をしてみたが、不通。以降、全く電話が通じなくなった。鉄道各社も全て止まった。道路は大渋滞で動いていない。あらためてマウンテンバイクの機動力に感謝する。
店の壁側の陳列自転車(子供車)が崩れ落ち、入口のガラスの留めゴムが殆どずれ落ちたものの、幸いにも、被害は地震の揺れの程には大きく無かった。古い友人達、特に昨年中ごろから、福島に転勤になった友人が心配になり、メールを送る。暫く返信は無かった。近隣店舗はガラスが破損したり、自転車が倒れたと云う程度らしかった。隣りの酒屋さんは殆ど酒瓶が落ち、割れてしまったと云う。
お店にも急遽、自転車を求め、来店する人があり、切羽詰まった形相である。一時間以内に船橋まで行かなければならないと云う。不可能ではないだろうが、こんな状況なので細心の注意を払って走行する様、お願いをした。
外に自転車を陳列しているのも危険と判断し、店内に自転車を片付け、様子を伺いつつ、早めに店を退店し、子供の所在を確認、義父が既に学校へ迎えに行っており、無事を確認。ひとまず安堵する。次の日、古い友人たちとディスクドッヂというスポーツの講習会やらなんやらが、計画されていて、お休みを戴いていたのだが、その一切が中止となり、近くのスーパーへ買い物に行くが、何と地域住民なのか?パニック買いで、ごった返している店内。水や食料をありったけ買い漁っている光景…
落ち着いてくれ。この辺りは、少なくとも断水や、ガス、電気は止まっていない。必要な人がいる筈だ。あまりのパニック買いに店の陳列棚は軒並み空棚が目立つ。店内放送がしきりにモノが無い事を放送し、あまりの状況に、18時閉店を宣言している。
福島の友人からメールが有った。地震当日、仙台に出張中で、仙台市内のホテルにいた所、地震に遭遇。壮絶な揺れで、本当に死ぬ事を覚悟したそうだ。彼は13時間かけ、福島の家族の安否を確認する為、帰ったという。幸い、全員無事との事で安堵し、
「必要な事があれば云ってくれ。」
なんて事を云ってみたが、彼は至極冷静で、
「おいおい、ジョー、落ち付け。気持ちは有り難いが、俺は生きている。だが、街は死に、宅急便も何も、物流は絶望的だ。自衛隊のレベルが動いているから、それに頼るよ。お前が身一つで来る事も出来ないし、来ても駄目だ。」
俺は恥ずかしかった。一応無事で、何かしてやれる事は?なんて下世話な事は、単なる野次馬根性的なモノでしかなく、甚大な被害下に於いては、個人的な行動は混乱を招くだけである。すまん。
各地で起きているガソリン不足、食料、飲料不足。本当に必要なのは、失際に被災した現地の人な筈。もっと云えば、マスコミのヘリコプターや、現地取材は、被災者救援、救助の妨げともなるので、控えるべきだろう。現地まで入れる特異性を持ち合わせるなら、撮影道具ではなく、救援物資を運ぶべきである。
皮肉な事だが、今回の大災害によって、自転車の有用性が見直されつつあるって事も、また一方での現実である。
冷静に、落ち着いて、何をすべきかを考えて下さい。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
2011年3月8日火曜日
自転車の悲喜交々。
少し前になるが、国の経済政策の一環として、ジドウシャ産業なんかに買い替えやエコ減税なんかを付帯したり、家電製品エコポイントとかって、家電消費を煽動する政策が実施されたね。
言わば政府の肝いり政策でさ、全面バックアップ体制でね、それらの政策によって、年間400万トン程の二酸化炭素消費量が削減出来るとしていたが、どうも実際にはその6分の1程度の約67万トンの削減ってぇ大誤算であったと試算されているらしい。
何だかこういったモノを始める時は大々的に大騒ぎをしてさ、日本の根幹産業とでも云うべきジドウシャ・家電業界は大いに潤う事となった。で、そんな政策も尻つぼみに終焉を迎える昨今、大盤振る舞いで補助金と称し、国民の血税を投入し、温室効果ガスは大風呂敷でした、おわり。では、本当に情けない話である。しかも、本当に大相撲の八百長事件とかのニュースに埋もれるかのような、消えいり様なんであるよ。
八百長はお前らだぞ。マッタク。大体俺達からふんだくった税金を、エコポイントとか云って、無駄遣いした人間にだけチョッピリ還元するってのは、一体全体どう云う了見でぇ、ってな話でね。自転車なんてぇ、云わば生粋のエコ商品であるモンには見向きもしやがらない。
驚いた事に、事実こんな意見もあるんだ。
「自転車は鉄やゴムなどで出来ていて、作る事自体がエコじゃ無い。それに大量の放置自転車を発生させ、粗大ごみになるからエコじゃ無い。」
…へぇ。何だか無人島にでも行って、自給自足の生活でもすりゃあイイ様な人の意見である。そんな人に限って、絶対に自転車に乗らない。しかもナントカ議会議員なんてぇ肩書きを背負っているヤツが多いのも、残念乍ら、また一方の現実なんだよ。
そんな方々を云い負かすのは容易だよ、でもね、無知から来る意見と云うのはどうしようもないしね、そんな些細な事よりも、何故生粋のエコロジー商品である、自転車は見向きもされないのか?
それはね、
自転車は、メイドインジャパンではないから。スポーツ自転車の殆どはメイドバイ海外。舶来モンである。日本固有種である、ママチャリも、ほぼ100%舶来モンなんだ。チャイナね。ホンの僅か前、1990年代までは、何とか、大阪の堺市辺りで、メイドインジャパンのママチャリは製造されていた。ただ、ゼロから製造して、材料仕入れて、溶接して組み立てて、塗装して…しかも、到底パートさんレベルの人間には出来ない工程ばかりで、オートメーション化がとても難しい自転車の製造を以てしてね、何でそれが1万円以下で購入出来るのかが問題なんだと思うよ。で、当然だが、職人さんも年をとり、結局最後の最後の、メイドインジャパンが、消えた。時代の波にのまれた感じであるね。
当然、その時から自転車は、国内の産業から消えた。国内産業では無いから、当然、自転車などにはエコポイント諸々の補助金やら、対策なんぞは一切無いんだ。子育て支援なら、ベビーカーや、子供乗せ自転車購入補助金やらを出せば良い。親が、酒呑んでもパチンコやっても構わない子供手当てってのは何なんだ。
3万円の自転車と1万円の自転車と、見分けられないという現実。何故それだけの価格設定なのかという予測すらしないのだね。仕方が無い。自転車そのものに興味が無いからね。それが国民性なのだ。日本固有の自転車の在り方が、国民性を表していると思う。所詮、国も自転車なんぞには興味が無いんだ。ついでに云うと、国はあまりエコにも興味を持っていないと思う。地球規模で他国が、特にヨーロッパ諸国がエコ先進国だからね、仕方なく同調しているといった感じであるね。
商売に徹すると、こだわりの部分は排除せざるを得ないって図式があって、それを実践している所も、少なからずあるのだが、とどのつまり、実弾をどれだけ持っているのかが勝敗を分けてしまうってのもまた事実であってね、その辺りをとやかく云うつもりはない。ただ、望むと望まざるに拘らず、巷ではスポーツ自転車の有用性が浸透しつつある。
元来、趣味で自転車に乗る人ってのはさ、己の技量なんてのを、本当にわきまえているんだ。そもそも、自転車がそういった乗り物だから。かなりハイソな乗り物。ハイソサエティー、上流、とか上流社会とかって事なんだろうが、そう云ゃあ、バブルの時代にデザインの洒落た(?)ジドウシャを、ハイソサエティーカー、略してハイソカーなんてモテ囃された時代が有ったけど、…本当に色んなモンに踊らされたものだと思うよ。
そんな時代のヘンテコな言い回しを流用するとね、本当のハイソな乗り物ってのぁ、自転車って事になるんだな。
自転車が好きか嫌いか、気付いているか気付いていないか、そんな、チョッとした事なんだけどねぇ。そう云えば仲間内でもね、自転車の魅力にハマっている人々は皆、ジドウシャ、特に趣味性が高いヤツとか、オートバイが好き、若しくは好きだったって人が、至極多いと思う。ま、何にでもマニアックにハマる人は、自転車の魅力にきっと気付くのであるよ。
先日、お店に来たお客さんでね、御夫婦でブルーノのミニヴェロを購入してくれたのだが、奥様がチョッと良いグレードの自転車で、旦那さんはオーソドックスなドロップ。型落ち在庫車ではあったんだが、変速レバー台座の場所なんかが、現行モデルと違い、人気モデルである。旦那さんはほぼ自転車を購入する事を決定しているのであるが、奥様には特に押し付けない。自主的に決めるまで静かに待つタイプだ。
お二人で乗って帰られたのだが、とても自然で、カッコイイと思ったね。ああ、この御夫婦のライフスタイルに自転車が加わった瞬間である。
かと思えば、ゲーリーフィッシャー最終型アヴァントに、古くからのお客さんが、カゴとスタンドと泥除けを付け、ママチャリ替わりで街乗りをすると云うね。うん。ある種、潔し。ゲーリーフィッシャーだろうが何だろうが、一切お構いなし。自分の思うように使い倒す。自転車の自由さ真骨頂であろう。
ママチャリからの脱却。うむ。正しい選択であろう。
…ママチャリがダメなのでは無い。結局、適材適所、TPOなんだね。近所のスーパーへお買い物、なんてのはママチャリが一番だったりする。
自転車の使い方は、乗り手次第なんだね。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
言わば政府の肝いり政策でさ、全面バックアップ体制でね、それらの政策によって、年間400万トン程の二酸化炭素消費量が削減出来るとしていたが、どうも実際にはその6分の1程度の約67万トンの削減ってぇ大誤算であったと試算されているらしい。
何だかこういったモノを始める時は大々的に大騒ぎをしてさ、日本の根幹産業とでも云うべきジドウシャ・家電業界は大いに潤う事となった。で、そんな政策も尻つぼみに終焉を迎える昨今、大盤振る舞いで補助金と称し、国民の血税を投入し、温室効果ガスは大風呂敷でした、おわり。では、本当に情けない話である。しかも、本当に大相撲の八百長事件とかのニュースに埋もれるかのような、消えいり様なんであるよ。
八百長はお前らだぞ。マッタク。大体俺達からふんだくった税金を、エコポイントとか云って、無駄遣いした人間にだけチョッピリ還元するってのは、一体全体どう云う了見でぇ、ってな話でね。自転車なんてぇ、云わば生粋のエコ商品であるモンには見向きもしやがらない。
驚いた事に、事実こんな意見もあるんだ。
「自転車は鉄やゴムなどで出来ていて、作る事自体がエコじゃ無い。それに大量の放置自転車を発生させ、粗大ごみになるからエコじゃ無い。」
…へぇ。何だか無人島にでも行って、自給自足の生活でもすりゃあイイ様な人の意見である。そんな人に限って、絶対に自転車に乗らない。しかもナントカ議会議員なんてぇ肩書きを背負っているヤツが多いのも、残念乍ら、また一方の現実なんだよ。
そんな方々を云い負かすのは容易だよ、でもね、無知から来る意見と云うのはどうしようもないしね、そんな些細な事よりも、何故生粋のエコロジー商品である、自転車は見向きもされないのか?
それはね、
自転車は、メイドインジャパンではないから。スポーツ自転車の殆どはメイドバイ海外。舶来モンである。日本固有種である、ママチャリも、ほぼ100%舶来モンなんだ。チャイナね。ホンの僅か前、1990年代までは、何とか、大阪の堺市辺りで、メイドインジャパンのママチャリは製造されていた。ただ、ゼロから製造して、材料仕入れて、溶接して組み立てて、塗装して…しかも、到底パートさんレベルの人間には出来ない工程ばかりで、オートメーション化がとても難しい自転車の製造を以てしてね、何でそれが1万円以下で購入出来るのかが問題なんだと思うよ。で、当然だが、職人さんも年をとり、結局最後の最後の、メイドインジャパンが、消えた。時代の波にのまれた感じであるね。
当然、その時から自転車は、国内の産業から消えた。国内産業では無いから、当然、自転車などにはエコポイント諸々の補助金やら、対策なんぞは一切無いんだ。子育て支援なら、ベビーカーや、子供乗せ自転車購入補助金やらを出せば良い。親が、酒呑んでもパチンコやっても構わない子供手当てってのは何なんだ。
3万円の自転車と1万円の自転車と、見分けられないという現実。何故それだけの価格設定なのかという予測すらしないのだね。仕方が無い。自転車そのものに興味が無いからね。それが国民性なのだ。日本固有の自転車の在り方が、国民性を表していると思う。所詮、国も自転車なんぞには興味が無いんだ。ついでに云うと、国はあまりエコにも興味を持っていないと思う。地球規模で他国が、特にヨーロッパ諸国がエコ先進国だからね、仕方なく同調しているといった感じであるね。
商売に徹すると、こだわりの部分は排除せざるを得ないって図式があって、それを実践している所も、少なからずあるのだが、とどのつまり、実弾をどれだけ持っているのかが勝敗を分けてしまうってのもまた事実であってね、その辺りをとやかく云うつもりはない。ただ、望むと望まざるに拘らず、巷ではスポーツ自転車の有用性が浸透しつつある。
元来、趣味で自転車に乗る人ってのはさ、己の技量なんてのを、本当にわきまえているんだ。そもそも、自転車がそういった乗り物だから。かなりハイソな乗り物。ハイソサエティー、上流、とか上流社会とかって事なんだろうが、そう云ゃあ、バブルの時代にデザインの洒落た(?)ジドウシャを、ハイソサエティーカー、略してハイソカーなんてモテ囃された時代が有ったけど、…本当に色んなモンに踊らされたものだと思うよ。
そんな時代のヘンテコな言い回しを流用するとね、本当のハイソな乗り物ってのぁ、自転車って事になるんだな。
自転車が好きか嫌いか、気付いているか気付いていないか、そんな、チョッとした事なんだけどねぇ。そう云えば仲間内でもね、自転車の魅力にハマっている人々は皆、ジドウシャ、特に趣味性が高いヤツとか、オートバイが好き、若しくは好きだったって人が、至極多いと思う。ま、何にでもマニアックにハマる人は、自転車の魅力にきっと気付くのであるよ。
先日、お店に来たお客さんでね、御夫婦でブルーノのミニヴェロを購入してくれたのだが、奥様がチョッと良いグレードの自転車で、旦那さんはオーソドックスなドロップ。型落ち在庫車ではあったんだが、変速レバー台座の場所なんかが、現行モデルと違い、人気モデルである。旦那さんはほぼ自転車を購入する事を決定しているのであるが、奥様には特に押し付けない。自主的に決めるまで静かに待つタイプだ。
お二人で乗って帰られたのだが、とても自然で、カッコイイと思ったね。ああ、この御夫婦のライフスタイルに自転車が加わった瞬間である。
かと思えば、ゲーリーフィッシャー最終型アヴァントに、古くからのお客さんが、カゴとスタンドと泥除けを付け、ママチャリ替わりで街乗りをすると云うね。うん。ある種、潔し。ゲーリーフィッシャーだろうが何だろうが、一切お構いなし。自分の思うように使い倒す。自転車の自由さ真骨頂であろう。
ママチャリからの脱却。うむ。正しい選択であろう。
…ママチャリがダメなのでは無い。結局、適材適所、TPOなんだね。近所のスーパーへお買い物、なんてのはママチャリが一番だったりする。
自転車の使い方は、乗り手次第なんだね。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
2011年3月3日木曜日
不思議な未来を手に入れた現代人。ではある。
不景気とか、先行き不安感とか、混迷、低迷を続ける昨今の日本経済。サラリーマンの楽しみであった居酒屋での晩酌が、やがて家呑みとなり、家で呑む缶ビールさえも、より廉価な発泡酒となり、さらに進むと、もう子供の缶ジュースよりも安価な、第三のビールとかってなっちゃってさ、ええ?ビールじゃないじゃん!って突っ込む気にもならない位の閉塞感である。
そもそも、教育って世界の根本を変えなければ、突破口は見えないのだろうかねぇ。大体、自分もそうなんだが、日本の大学の学部ってヤツは、例えば経済学部なんかね、文系って呼ばれてさ、理数系では無いんだが、待て待て、経済学の根幹は、算数では無いのか?って話だよね。
文系になると、数学を選択しないから、計算が出来ない経済学士様となる。すまん。俺様は全く勉強をしなかったから、経済学もへったくれも無いんであるよ。でも、学士号っての?何の役にもたちません。わはは。自動車の免許だの、自転車安全整備士だのの方が、よっぽど価値があると思っているよ。
ま、最終学歴の友人、しかも部活系の友人は、40代も後半になっても尚、今でも交流があってね、そこだけは学歴ってヤツに感謝する部分だ。学校さんゴメンネ。こんなOBで。
いや、国立大学の入試の不正問題でね、チョッと話題になったヤフー知恵袋ってのを見てみたんだが、試しにさ、自転車に対して検索してみると…いや、ビックリしたよ。質問も答えも、かなりおおらか…と云うか、いい加減な感じが凄いね。道交法なんかを引っ張り出してあれこれ云う人もいるんだが、大体こう思いますってのが、大した裏付けも無く、バンバン書き込まれている。
確かに、言論は自由なんだろうが、いい加減なモノはどうなのかと思う。話題にもよるのだろうが、こと自転車関連に関しては、話半分で聞いても怪しいのが多かったんで、ま、お気を付けあそばせってなモンである。
何となくネットのブログだの、何とかのサイトだのって、最近様々な交流系(?)サイトがあってさ、おじさんとしては、近隣の千葉大の自転車部の子達に、使い方を教わったりするんだが、始めはブログとかの意味合いすら解せず、次々にリアルタイムのつぶやきであるツイッターだとかね、徐々に使い方をマスターしている訳なんだが、これが不思議で、全く交流が途絶えてしまった人間と、不思議な偶然でばったりとであってしまったりする訳でね、これが実に遥か30年を経ていたりするから驚くんだが、その期間ってのがまるで無かったかの様な距離の短さを、しみじみと感じる今日この頃なのである。
ネット社会では、個人情報等、様々な問題もあるので、匿名性が高いモノが殆どだが、フェースブックというネットワークは、実名登録制で、本当に知っている者同士がネット内でも繋がって行くというモノである。まだまだ活用法は、個人的には未知数なのだが、不思議な位、徐々にではあるが、知人が増殖しているんだ。
自分的にはそれをどう活用出来るか?なんて事は殆ど考えていないのだが、全く意図せずとも、交流が遮断してしまった友人などとの、再継続の「蜘蛛の糸」にはなるのかもしれないね。利用するかしないかってのは、貴方次第である。敢えて人と接触したくない人もいるのだから。
ま、どれに関しても、過度に依存すべきではなかろうな。使いようによっては大変利便性が高く、下手をすると不利益が有るのかもしれないからね。諸刃の剣の様なモンだろうから、使い手次第と云う事のなるのだろうね。場合によっちゃあ、仕事に有利なら…なんて事を考える人も少なからずいるんだろうしね。ま、そんな話であてもさ、大人の対応が必要とされるのだと思うよ。
持論として、人ってのはさ、必要としている人とはさ、何処かしら引き付け合う要素を持っているんだと思うよね。人と知り合えるなんてのは限界があってね、過ぎ行く年月の中で精査され、残るかどうかって事なんだよね。以外と人間ってのは小さなコミュニティの中の日常を送っている事が多いから、あとはその人同士のサイクルや波長が一致するかどうか?なんて事だと思うね。
例えると、ラジオのチューニングを合わせて、選局をしてドンピシャのオンエア、なんてのがしっくりと行く感じだろうか?
自分が人を必要とする時、また、人が自分を必要とする時。
そんな時に、ふと…
自分の存在意義ってのが、少しだけ理解出来たりするモンなんですわ。
「自転車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
そもそも、教育って世界の根本を変えなければ、突破口は見えないのだろうかねぇ。大体、自分もそうなんだが、日本の大学の学部ってヤツは、例えば経済学部なんかね、文系って呼ばれてさ、理数系では無いんだが、待て待て、経済学の根幹は、算数では無いのか?って話だよね。
文系になると、数学を選択しないから、計算が出来ない経済学士様となる。すまん。俺様は全く勉強をしなかったから、経済学もへったくれも無いんであるよ。でも、学士号っての?何の役にもたちません。わはは。自動車の免許だの、自転車安全整備士だのの方が、よっぽど価値があると思っているよ。
ま、最終学歴の友人、しかも部活系の友人は、40代も後半になっても尚、今でも交流があってね、そこだけは学歴ってヤツに感謝する部分だ。学校さんゴメンネ。こんなOBで。
いや、国立大学の入試の不正問題でね、チョッと話題になったヤフー知恵袋ってのを見てみたんだが、試しにさ、自転車に対して検索してみると…いや、ビックリしたよ。質問も答えも、かなりおおらか…と云うか、いい加減な感じが凄いね。道交法なんかを引っ張り出してあれこれ云う人もいるんだが、大体こう思いますってのが、大した裏付けも無く、バンバン書き込まれている。
確かに、言論は自由なんだろうが、いい加減なモノはどうなのかと思う。話題にもよるのだろうが、こと自転車関連に関しては、話半分で聞いても怪しいのが多かったんで、ま、お気を付けあそばせってなモンである。
何となくネットのブログだの、何とかのサイトだのって、最近様々な交流系(?)サイトがあってさ、おじさんとしては、近隣の千葉大の自転車部の子達に、使い方を教わったりするんだが、始めはブログとかの意味合いすら解せず、次々にリアルタイムのつぶやきであるツイッターだとかね、徐々に使い方をマスターしている訳なんだが、これが不思議で、全く交流が途絶えてしまった人間と、不思議な偶然でばったりとであってしまったりする訳でね、これが実に遥か30年を経ていたりするから驚くんだが、その期間ってのがまるで無かったかの様な距離の短さを、しみじみと感じる今日この頃なのである。
ネット社会では、個人情報等、様々な問題もあるので、匿名性が高いモノが殆どだが、フェースブックというネットワークは、実名登録制で、本当に知っている者同士がネット内でも繋がって行くというモノである。まだまだ活用法は、個人的には未知数なのだが、不思議な位、徐々にではあるが、知人が増殖しているんだ。
自分的にはそれをどう活用出来るか?なんて事は殆ど考えていないのだが、全く意図せずとも、交流が遮断してしまった友人などとの、再継続の「蜘蛛の糸」にはなるのかもしれないね。利用するかしないかってのは、貴方次第である。敢えて人と接触したくない人もいるのだから。
ま、どれに関しても、過度に依存すべきではなかろうな。使いようによっては大変利便性が高く、下手をすると不利益が有るのかもしれないからね。諸刃の剣の様なモンだろうから、使い手次第と云う事のなるのだろうね。場合によっちゃあ、仕事に有利なら…なんて事を考える人も少なからずいるんだろうしね。ま、そんな話であてもさ、大人の対応が必要とされるのだと思うよ。
持論として、人ってのはさ、必要としている人とはさ、何処かしら引き付け合う要素を持っているんだと思うよね。人と知り合えるなんてのは限界があってね、過ぎ行く年月の中で精査され、残るかどうかって事なんだよね。以外と人間ってのは小さなコミュニティの中の日常を送っている事が多いから、あとはその人同士のサイクルや波長が一致するかどうか?なんて事だと思うね。
例えると、ラジオのチューニングを合わせて、選局をしてドンピシャのオンエア、なんてのがしっくりと行く感じだろうか?
自分が人を必要とする時、また、人が自分を必要とする時。
そんな時に、ふと…
自分の存在意義ってのが、少しだけ理解出来たりするモンなんですわ。
「自転車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
登録:
コメント (Atom)