2011年3月3日木曜日

不思議な未来を手に入れた現代人。ではある。

 不景気とか、先行き不安感とか、混迷、低迷を続ける昨今の日本経済。サラリーマンの楽しみであった居酒屋での晩酌が、やがて家呑みとなり、家で呑む缶ビールさえも、より廉価な発泡酒となり、さらに進むと、もう子供の缶ジュースよりも安価な、第三のビールとかってなっちゃってさ、ええ?ビールじゃないじゃん!って突っ込む気にもならない位の閉塞感である。



そもそも、教育って世界の根本を変えなければ、突破口は見えないのだろうかねぇ。大体、自分もそうなんだが、日本の大学の学部ってヤツは、例えば経済学部なんかね、文系って呼ばれてさ、理数系では無いんだが、待て待て、経済学の根幹は、算数では無いのか?って話だよね。



文系になると、数学を選択しないから、計算が出来ない経済学士様となる。すまん。俺様は全く勉強をしなかったから、経済学もへったくれも無いんであるよ。でも、学士号っての?何の役にもたちません。わはは。自動車の免許だの、自転車安全整備士だのの方が、よっぽど価値があると思っているよ。



ま、最終学歴の友人、しかも部活系の友人は、40代も後半になっても尚、今でも交流があってね、そこだけは学歴ってヤツに感謝する部分だ。学校さんゴメンネ。こんなOBで。







いや、国立大学の入試の不正問題でね、チョッと話題になったヤフー知恵袋ってのを見てみたんだが、試しにさ、自転車に対して検索してみると…いや、ビックリしたよ。質問も答えも、かなりおおらか…と云うか、いい加減な感じが凄いね。道交法なんかを引っ張り出してあれこれ云う人もいるんだが、大体こう思いますってのが、大した裏付けも無く、バンバン書き込まれている。



確かに、言論は自由なんだろうが、いい加減なモノはどうなのかと思う。話題にもよるのだろうが、こと自転車関連に関しては、話半分で聞いても怪しいのが多かったんで、ま、お気を付けあそばせってなモンである。





何となくネットのブログだの、何とかのサイトだのって、最近様々な交流系(?)サイトがあってさ、おじさんとしては、近隣の千葉大の自転車部の子達に、使い方を教わったりするんだが、始めはブログとかの意味合いすら解せず、次々にリアルタイムのつぶやきであるツイッターだとかね、徐々に使い方をマスターしている訳なんだが、これが不思議で、全く交流が途絶えてしまった人間と、不思議な偶然でばったりとであってしまったりする訳でね、これが実に遥か30年を経ていたりするから驚くんだが、その期間ってのがまるで無かったかの様な距離の短さを、しみじみと感じる今日この頃なのである。



ネット社会では、個人情報等、様々な問題もあるので、匿名性が高いモノが殆どだが、フェースブックというネットワークは、実名登録制で、本当に知っている者同士がネット内でも繋がって行くというモノである。まだまだ活用法は、個人的には未知数なのだが、不思議な位、徐々にではあるが、知人が増殖しているんだ。



自分的にはそれをどう活用出来るか?なんて事は殆ど考えていないのだが、全く意図せずとも、交流が遮断してしまった友人などとの、再継続の「蜘蛛の糸」にはなるのかもしれないね。利用するかしないかってのは、貴方次第である。敢えて人と接触したくない人もいるのだから。



ま、どれに関しても、過度に依存すべきではなかろうな。使いようによっては大変利便性が高く、下手をすると不利益が有るのかもしれないからね。諸刃の剣の様なモンだろうから、使い手次第と云う事のなるのだろうね。場合によっちゃあ、仕事に有利なら…なんて事を考える人も少なからずいるんだろうしね。ま、そんな話であてもさ、大人の対応が必要とされるのだと思うよ。



持論として、人ってのはさ、必要としている人とはさ、何処かしら引き付け合う要素を持っているんだと思うよね。人と知り合えるなんてのは限界があってね、過ぎ行く年月の中で精査され、残るかどうかって事なんだよね。以外と人間ってのは小さなコミュニティの中の日常を送っている事が多いから、あとはその人同士のサイクルや波長が一致するかどうか?なんて事だと思うね。

例えると、ラジオのチューニングを合わせて、選局をしてドンピシャのオンエア、なんてのがしっくりと行く感じだろうか?







自分が人を必要とする時、また、人が自分を必要とする時。



そんな時に、ふと…



自分の存在意義ってのが、少しだけ理解出来たりするモンなんですわ。





「自転車家ジョーのメールマガジン」

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