2011年11月21日月曜日

破天荒と云うべきか…不良中年ラプソディー

 少しばかり昔の話をしようと思う。自分の父親の話で大変恐縮なんだが、ワタクシが子供の頃、と云っても、少し生意気な青春時代の思春期の話である。当時、オートバイが社会的にブームとなっていて、同時に少しばかり社会も不安定で荒れており、大きなオートバイで街中を練り歩く、頓珍漢な集団が、まさしく跳梁跋扈していた平和な時代である。頓珍漢集団とは別に、大垂水峠(高尾山のあたり)や、奥多摩有料道路何かを徘徊する、所謂、峠族だとか、ローリング族とかね、本人達は「走り屋」とかなんとか云っちゃって、兎に角、日夜峠を攻めていたりした。



御多聞に漏れず、ワタクシもオートバイに熱を上げ、日々頓珍漢族に絡まれながら峠を攻め立てているワタクシの青春時代なのだが、時は70年代後半~80年代前半、全国的にオートバイは免許を取らせない・乗らない・買わない、なんてぇ「3ナイ運動」なんてのを、全国的に、殆どの学校でブーム(?)となっていて、何しろオートバイに乗る奴と、バンドを組んでロックをやると「不良」ってレッテルを貼られた、何とも破廉恥な時代である。何なんだよ、「エレキギター禁止」って・・・。スティーヴィー・レイボーンや、ジミ・ヘンドリックスとか、何しろギターの神様に謝ってくれよ、もう。



と、そんな歪んだ時代に青春を送っていたJoe青年。その時代に中型の免許を取る為、中学三年間を終了し、高校へ行く前の春休み、引越しの助手のアルバイトをした。当時の西武運輸である。日給5000円。中学生には大金である。仕事はキツかったが、体力には自信があった若者Joeは、せっせと働き、教習所に行くお金を稼ぎ出したのだった。



そんな怒涛の青春時代、教習所費用を肉体労働で稼ぎ出し、やおら教習所へ勇んで通おうと思った矢先、何となく試験慣れしておこうと決意、府中刑務所…じゃ無かった、府中免許試験場へ。原動機付き自転車免許を取得しに行ったんだ。当然、筆記だけなんで、落ちる要因は何も無いんだが、その日は合格通知を貰って、後日郵送して貰う事にした。当時、即日交付ってのが出来なかったんだよ。なんつぅ昭和的?呑気さである。で、試験場にも、高校生のオートバイ免許取得は、学校に通報します。なんて貼紙がしてあったりしてね。へっバカヤローとか、びくびくしながらも思いつつ、試験官に「何処の学校だ?」なんて聞かれてさ、「あぁ?西武運輸だぁ、社会人ね、一応。」とか答えてました。ワタクシの通うおぼっちゃま学校も、当然ながら、3ナイ運動バリバリでしたからね。



で、一週間ほど経って、無事、免許が送られて来たのだが、そこまで全て親に内緒で活動していたので、内心は何時オヤジにばれるのか心配でびくびくとしていたのだが、その日はまったく唐突に訪れたんだ。



「お、おめぇ単車の免許取ったんだって?」



「いや、これから教習所に行こうかなぁ…と。」



「お?試験所、行ったんじゃ無ぇのか?」



「あ~、行ったよ、ありゃあ原付。」



「おぉ?ナニ?原付ってのぁ何だ?」



「五ン十ccのバイクが乗れる奴だ」



「カブなんか無免許で乗れんだよ。」



「…今は駄目なんだよ、お父さん。」



「おめ、俺ゃあ原付なんざ取った事は無ぇな。まぁいい、そんなチンケな免許じゃ話んなんね。」



「何それ?」



「バイク買って来たんだよ。」



当時、バイクブームもあって、そして類い稀に見る自動二輪大型免許の難関さと来たら…東大に入るより難しいとか、100人受けて1人しか受からんとか、何たってウソ八百のゴタクが打ち並べられていた時代である。中型限定免許で乗れるオートバイも花盛りであった。初期型のRZ250を100ccボアアップした、RZ350が本気で欲しかったが、流石の親父も少し上のワタクシの従兄のアンチャン連中に入れ知恵をされ、RZ350なんか乗せたら即死だとかなんとか煽られ、買って来たバイクが…



イタリアはピアッジオ社の「ヴェスパP200」。



…バイクじゃ無ぇじゃん。



「何おう?200ccだぞ?そこらのカブとは、訳が違うぞ。」



「スクーターだよ、こりゃぁ。こんなモン、格好悪くて乗れるか!」



「てめぇ、その200ccのスクーターっぽっちも乗れないくせによぉ。もういい、もっと格好良くして来てやる。」



あくる日、ヴェスパP200の左脇には、「舟」がくっ付いていました。そうです。サイドカーを付けてしまいました。



「どうだ、この野郎。格好イイだろう?100万円もしやがった。チクショウ。」



何しろ、初代の仮面舞踏会ならぬ、仮面ライダー世代であり、何たって、サイドカーを見事に操るキカイダー世代である。矢も楯もたまらず、格好良かったんである。



「おお、凄ぇ。…何だよ100万円って・・・。」



なんてね、その後、無事に中免(中型自動二輪免許の略)を取得し、そのヴェスパを乗り回すのだが、自転車もオートバイも、二輪の乗り物は、カーブを曲がる時、遠心力に逆らって曲がろうとする為、曲がる方向に車体を傾けて乗るのだが、側車付きはそれが出来ない。左に舟が付いている場合、右折は割とイケる。舟が補助輪代わりに遠心力をある程度、受け止めてくれるのだが、左折は大変である。いとも簡単に舟が浮かんでしまうのだ。舟が浮かぶのは水の上だけにして貰いたいモンである。



実はウチの親父、地元立川やその周辺で悪さばかりしていたので、面が割れているとかで、地元では決して飲まず、必ず新宿で呑んでいた。当時、住んでいたのは八王子という、山梨の手前みたいな所であるから、何しろ高速道路で八王子から車で呑みに行ってしまうんだ。よく母親が送って行っていた事もあった。その仕事がワタクシに回って来ただけの話である。オヤジは当時、110kgの巨漢で、小舟に乗り、65kg~70kg位のワタクシが運転だ。約200kgの人員に対し、ピアッジオ社のヴェスパは200ccである。超ロングストロークの分割給油式2ストローク単気筒。どうやったって70km/h程が最高速度である。おそらく世界で一番悪い環境の、おそらく一番不幸せなヴェスパだったろうなぁ。



ソロでよく高速道路の料金所のオッサンに、「原付は走れないんだよね。」と注意された。2人乗りしていても、たまに止められる始末である。ま、そんな事ぁどうでもイイ。何しろワタクシが学業が本分の身である事を一切無視し、夜中の23時に平気でワタクシを新宿まで呼びだし、大概店に5時頃までいて、帰るってぇ生活を余儀なくされていた。学校で居眠りをしていたのはそのせいである。

当時は単なる道具として酷使された、イタリアの可憐なスクーター、ヴェスパ。その後、ワタクシはスズキのDOHC16バルブTSCCなんてのを売りにしていた400ccを購入し、乗りまわしていたが、相変わらず側車付きヴェスパはオヤジの新宿界隈繁華街直行便として働かされ続けましたとさ。





この歳になって、ヴェスパが素敵だと思う。でも、子供が成人するまでは、オートバイには乗らないと、女房と約束したのだ。親の責任って奴である。だが、その約束には感謝している。あの時、オートバイから降りなければ、子供はいなかっただろうし、自転車にも、ここまでハマる事は無かっただろうしね。



あと7年。そろそろヴェスパを買う為の貯金でも、始めようかね?





アルファロメオも欲しいし、悩ましい限りなんである。確実に、間違いなく、あのオヤジの血を引いているに違いない、マイッタ感覚なのであるよ。





困ったモンだの、不良中年ラプソディーなんである。





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2011年11月7日月曜日

サイクルモード・そして自転車環境マップ


スポーツやイベントの秋である。ツールド千葉や、サイクルモード、ボランティアであるが、千葉市の自転車環境マップ作成実走調査、今後は有薗君・守上君達とのイベント、セオフェス、伊津野亮さんとの自転車ライドイベント。ね、目まぐるしい程のイベント三昧なんであるよ。



そんな中、千葉大の自転車部で、大学院も行って、長きに渡りウチのお店をアルバイト店員として支えてくれたらしお君が、201112月より、北海道の職員として働く事となり、11月いっぱいで千葉を離れる事になった。らしお君は、それこそ下手な社員よりも自転車を売ったり、在庫を知っていたりして、数多く存在したどのアルバイトよりも、仕事が出来る奴だったと思う。らしお君、今まで本当に有難うございました。今後の貴君の活躍に期待し、更なる飛躍を祈念いたします。北海道だったら、餞別に社長から、サーリーのパグズレーでも戴きなさい。わはは。



ま、彼が抜けた後のお店のスタッフは、相当に、心して頑張らないと大変だと思うぞ。・・・他人事では無いんだがね。



そんな訳で、イベント盛り沢山の中、やって来ましたサイクルモード。今年は伊津野亮氏の公開生放送も有る事から、お店を臨時休業して、お手伝いも兼ね、行って来ました。ひとつ感じた事は、これは本当に直感的になんだけれど、確かに自転車ブームだって感じの来場者ではあるのだが、何処かに感じる空白感というか、虚無感っていうか、何となく心にぽっかりって、そんな感じの自転車業界って感じがしたのは、果たしてボクだけかも知れませんが・・・。



自転車ってのは、本質的に自由な乗り物である。当然、日本国内で車両として扱う限り、車両としてのルールってのに則って然るべきであろう。煌びやかなロードレーサーの世界は、何だが高級車然として鎮座ましましてね、それはそれでイイんだろうけれど、カタログも貰いにくい雰囲気ってのは問題であろうね。ま、殆どのメーカーは販売しているので、お金出せば買えるんだが・・・。何か違うんだ。



一方で、やはり面白さってのが秀でていたのは、モトクロスインターナショナルのブースでね、今年は陳列自転車が少なく、試乗車が沢山おいてあって、市場では販売が難しいとされるビーチクルーザーなんかが飾ってあったのには少し驚いたのだ。










ビーチクルーザーって云えばね、自分のお店で扱っているから云う訳では無いんだが、レインボーサイクル・エレクトラサイクル等を扱う、エムプランニングの、ビーチクルーザー、そしてダッチバイク群、これが、ブース自体が活力が在るように感じたんだ。





あくまでも持論だが、日本の独特の自転車事情ってのは、ママチャリ文化ってのが根付いていてね、これは云ってみればね、歩道走行を前提とした低速低性能自転車であるから、現在騒がれている、自転車を車道にって提言に補足すると、脱ママチャリ化して行かないと、厳しいモノになってしまうかもしれないね。かつて、メイドインジャパンの自転車は、世の中に溢れていた。日本でしか生息出来ないママチャリですら、現在ではその殆どが外国製である。平たく云うと中国製ね。



価格を下げると、品質が落ちる。なにもこの図式は自転車に限った事では無い。技術革新による価格の値下がりはイイ。だが、いつしか安かろう悪かろうってモノの見方が解らなくなってしまい、市場の要求のまま粗悪自転車を提供し続けてしまった。この当たり前に解りやすい図式が、日本の自転車をダメにしてしまったんだ。



今、ギリシャや、イタリアが経済危機に陥っている。ヨーロッパでも、ダッチバイクという、スポーツ車では無い、街中を移動するコミューターバイクは存在する。だが、日本のママチャリと圧倒的に異なるのは、ギヤ比による速度の差である。そんなダッヂバイクは、あまり日本に輸入されていない。日本の微妙な自転車事情によるモノが大きいんだがね、現状の日本ではまだ、販売が難しいんである。まだ、ね。



産業の空洞化が拍車を掛け、より単価の安い所へと、産業が出てしまうってのは、日本の大きな損失である。例えば中国なんかでどうにもならない程安い自転車を作らせて、それを自転車にあまり興味の無い人に売っているなんて、褒められた事では無いと思う。それでメーカーなんて気取っていては呆れるばかりだし、それらは結局自分で自分の首を締める事となると思うんだ。



今こそ、農業や漁業なんかも手掛けている様に、メイドインジャパンのダッチバイクを生産する事が必要なんではないかと思うんだ。自転車販売業だけでなく、製造業もね。製造販売会社。自転車を知る人間が、自転車を作るって事。現状の日本って、スポーツ自転車を趣味とする人は、自分がママチャリに敢えて乗る事はしない。ダッチバイクやビーチクルーザーってのも、出番の無い車種になりがちである。そここそが、日本の自転車の格差となっている。日本の自転車の多数派は、圧倒的にママチャリである。保有台数の比率は、ママチャリ9割、スポーツ自転車1割である。自転車店の多数は、この9割の人々向けに販売をしている。





この9割が、須くダッチバイクとなれば、日本は自転車大国となり得るんだが…。ま、坂も多かったりするから、電動アシスト自転車ってのも、今後は益々需要が増えるんだろうが、ベースがママチャリってのを止めてね、電動ダッチバイクってね。…何だか響きがイヤラシイな。ダッチバイク。どうなんだ?南極何号では無いぞ。



日本人の多くは、自転車なんぞに興味を持っていない。あると便利だからっていうシロモノ家電化している、ま、どっちかってぇと、生活必需品と言う性質が強いんだ。靴や洋服なんかにあれだけお洒落をする人々が、自転車だけにはとんと無頓着ってどうなの?っていつも不思議に思う。それはね、自転車の本質ってのを知らないだけなんだよ。もう、ママチャリが世の中に蔓延って40年近く。今年40歳の人だって、自転車ってのはママチャリを指すんだって育ってくりゃあ、それにしか乗らないよね。店だって売れないモノは置かないし。



何とか、お店にエレクトラのダッヂバイクを置きたいと、切に感じた。エレクトラバイシクルは、アメリカのメーカーだが、自転車好きのメーカーである事が一発で解る。例えばね、通常ハンドルステム上の目隠しは、ゴム製の目隠しだったりするんだが、アルミの削り出しでワンオフで作って取り付け、ステムと一体化させている。そこいらのオーダーメードでもなかなか無い手法である。アルミリムもメッキと見紛うばかりのバフ掛けされており、ビッカビカなんだ。



日本の大手メーカーの自転車、一般的な自転車だが、フラッグシップと言われる代表的な自転車。耐用年数はざっと710年といった所か?ま、あまり手入れもされず乗りっ放しでその耐用年数ってのは特筆モノであろう。でも、エレクトラバイシクルのダッヂバイク、これは一生モノと云える程、出来がイイ。見れば解るんだ。そしてこの自転車は決して、乗りっ放しにはされない。手入れをして貰える自転車なんだと思う。手入れをされる乗り物は幸せなんである。



嗚呼、長ぇ。で、今年最後の自転車実走調査に行って来た。大宮・星久喜地区である。割とアップダウンが多い所で、普通の自転車では辛いかも知れないと思ったが、何だかんだで行って来いで50km程走ってしまった。ボクが住んでる所と同じ区なのに、若葉区広し、と云った所だな。ま、調査後は仕事だったから、そのまま走って戻ったってのもあったけれどもね。この調査に関しては、前回のレポートで詳しく書いたので、大体内容は一緒で、違いは場所のみだろうが、やはり走る場所と同時に、自転車の高性能化って事が重要になってくると感じているんだ。









さて、自転車の未来はどう動いて行くのかな?





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2011年11月1日火曜日

千葉市自転車走行環境マップ作製調査  その2



過日、千葉市のボランティアに再び参加する事になった。地域ごとにコースを細分している為、各班が各々のコースを別々に調査するっていう方法である。班分けは、前回と一緒だったが、先導員の市職員の方が別の方が来られました。小川さんという、今回の調査の為に、ダホンという、アメリカの折り畳み自転車専用メーカーの、不朽の名作である「ボードウォーク」という車種を購入しての参戦である。ボードウォークは、折り畳み自転車では珍しい、クロモリパイプを使用した、細身でイカシた自転車である。カスタムのベースにも持って来いなんである。





何だか今回は、昨今の自転車関連のニュースで、様々な話題を提供している、云わば注目を浴びているモノなので、少しでも自転車環境が向上する事に役立てば良いと思う。継続事業となっているこれらの調査は、実際に市の職員さんも含め、自転車に乗って調査をするという、至極当然の話が大切な事であって、且つ、年齢、性別、自転車の車種も様々であってね、そのいわばごった煮的種類の自転車が、一緒になって走る道路とは、って事を、考えさせられた調査となったんだ。



私のグループのメンバーの自転車は、折り畳み自転車のボードウォークを筆頭に、年季の入ったブリヂストンのアルベルト・前後サスペンション仕様のマウンテンバイク類似車・セマスカーボンのロードレーサー、ビンディングペダルで参加・そして今回私は、Bd-1という、折り畳み自転車をチョイスしてみた。前回はピスト。



前回の調査の際の平均的スピードは、およそ20~22kmで走行していた。前回先導して戴いた職員の吉澤さんは、大きな体に外装6段式のシティサイクルに、後ろの子載せを付けた仕様のタイプであったのだが、普段より乗り慣れているのであろう、自転車のペースをよく理解しているなと云ったスピード感であった。




私は自転車屋であるから、自転車のチョイスって事になると、その用途に見合った選択をしがちである。必然的に使い易いモノを選ぶ。だが、此処に自転車屋の、自転車屋的目線とか、そんなモノが時として問題になる事もあるんだな、と今回感じたんである。皆さんの自転車のペースなどを考えて、折り畳みスポーツ自転車という選択、これはなるほど街中では使い易いなっていう事の再確認はするまでも無いのだが、きっと絶対に選ばないのがロードレーサーにビンディング、そしてマウンテンバイク類似車って選択肢だろう。レーサーとビンディングの選択は、頻繁に走る止まるを繰り返す調査には不向きと考えているし、MTB類型車は生憎持ち合わせていない。だが、今回はその両タイプの方がいて、気付かされた。走る側が調査だの何だのって云う理由で、自転車を変えられる人の方が少数であるし、一般的な道路環境には、様々な自転車が走行するという、厳然たる事実があるんだね。



今回は、あまり自転車に乗り慣れていない小川さんが、懸命に先導して呉れた。平均は15km前後。これはかなり遅いスピードで、主婦層の方や主に女性のママチャリ乗車時の平均速度が12~15kmという速度であるから、かなり遅い方であろう。この速度の遅さってのが、今回は為になった。小川さんの様に、あまり自転車の経験が無い方々や、所謂ママチャリの速度域でしか走れない人、この様な人達を含め、自転車は車道って展開をしているんだよね。これは相当なインフラ整備もしなければならないよね。



小川さんは先導者で、その立場上、交通ルールを遵守しなけらばならない立場にあるんだ。で、自転車の現状ルールってのは、例えば交差点を走行する際、自転車ってのは横断歩道脇に書かれた自転車横断帯ってのを通らなければならない事になっていて、交差点を通過しようとする度に、一旦左折をするかの様な挙動を余儀なくされるのである。本当の挙動不審なんである。自転車が交差点を直進出来ないと云う駄目ルールってのが問題で、自転車は車道って錦の御旗を掲げたって、歩道の延長線上に鎮座まします自転車横断帯なんてモンは、愚の骨頂なんであるよね。



小川さんは走っていて気付いた。「横断帯を走行して交差点を通過するのは実質上、危ないし、無理ですよね?」全員一致で「そうです。」って。この一件を筆頭に、小倉台付近のモノレール下沿道に於いては、通常は橋げたよりに車道を導いていて、右折レーンが現れると、歩道寄りにレーンが寄っていて、連続して走っていると、自動車は常にうねうねとS字に蛇行しながら走る事になっているし、小さな交差点、特に右折レーンが現れる度、車道の左側を走る自転車は、必然的に幅寄せを余儀なくされる。大型車などが通過すると、かなり危ないと思うよね。



現在の車道脇の、所謂、路側帯ってヤツは、現状の車道では、単なる自動車のエスケープゾーンでしか無い。広い路側帯は、自動車にとって、格好の違法駐車場所となり、その違法駐車によって行き場を失った自転車は、車道にはみ出して走行せざるを得ない。後続の自動車は、容赦なくクラクションを鳴らしたりする。え?誰が悪いんだ?一体。



私は、運が良いのか悪いのか、自動車は11tの大型トラックを運転し、左右ハンドル問わず、乗用車、大型オートバイ、原動機付自転車、フォークリフトに到るまで、相当数の自動車運転に携わって来た経緯がある。そんな、車種によっても、運転者によっても異なる、乗り物の挙動を、経験値から察知する事が出来る様になっている。主たるは自己防衛の為である。自転車の挙動ってのが最も理解しにくいのもまた一方の事実でね、こればかりは何度も経験する必要があって、体力が有る無しとか、自転車のペダルの踏み方の旨い下手にて、次の自転車の挙動を知らなければならないんだ。自転車にはウインカーやブレーキランプは無いからね。



今後、自動車運転者に是非、経験して戴きたい乗り物は、ズバリ、「スポーツ自転車」と呼ばれる、自転車で、車道を走って貰いたい。およそ殆どの人は、好むと好まざるを抜きにして、自転車には乗れる筈である。だが、スポーツ自転車未経験者は、結構多いのではないだろうか?スポーツ自転車が、意外と速い乗り物であり、そのスピードは、運転者の体力や路面状況、そして自然現象(雨や風など)に大きく左右され易いが、一人で乗る自動車よりも、何百倍、何千倍もエコロジーな乗り物であるって事を知るべきであろう。



道路は、自動車だけのモノではない。

シェア・ザ・ロード。


譲り合いの精神こそ、今後の道路事情を明るくして行く、初めの一歩なのだと思うぞ。





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2011年10月27日木曜日

あまり悲観的になってもねぇ…。


今年もハタと振り返ってみるとね、もうあと2カ月とチョッとでお仕舞いになってしまうんだよねぇ。本当に月日が流れるのが速いと感じる今日この頃。誰が云ったか、歳を取ると感じる月日の早流れ感ってヤツはね、月日ってのは昔から同じ動きなんだが、歳を取る事によって、その時代などのスピードについて行けなくなっている事の表れである。なんてね、こんな一見、何の脈絡も無く、しかしいかにも、モットモっぽい云い回しが、意外と嫌いでは無い。



年の瀬にどこぞの寺で書かれるであろう今年を象徴する漢字一字ってのは、今年は「絆」ってヤツでテッパンだろうと予測しているんだが、どうだろう?日本も大変な災いを被った年となってしまったが、地球規模として、大地震が頻発し、未曽有の水害に見舞われる国、新幹線は落下し、タクシーも線路に落下するってぇ、考えて見ても考えられない事故が頻発しているんだね。



ネットでは放射能を測る、ガイガーカウンターなんてモンがバンバン売れていると云うし、実際、そんな物体を手にした市民団体の独自調査で、あちらこちらからありえない程の線量のホットスポットが発見されているのも、皮肉な事実である。もう遅いかも知れないが、何しろ雨には注意だなって、直感的に感じていた事は、あながち間違ってはいなかった様である。ま、気を付けようが無いんだけれど…。



また、どこぞの核実験をやっている大国の放射能汚染は、誰もが知っている某有名都市部で、福島の3倍に登ると云うのだから驚きである。有名都市なんだから、当然、普通に人々が生活しているんであるよ。神経質な日本だから、こまごまとホットスポットを発見出来ているのだろうが、人間の勝手な傲慢やらエゴイズムなどで、自然界や地球の営みを無視し続ければ、いずれ人類は滅びてしまうんだろうと思うよ。世界中の高度な文明と云われていた文明が、ことごとく滅んで来た様に、である。





日本人として、日本で起きてしまった大災害であるので、様々な情報に振り回され、右往左往してオロオロしても仕方の無い話なので、現実を受け止めて、冷静な態度で生活をしなければならないなぁ、などと考えているのだが、この不景気に、災害復興などの関連増税がまことしやかに噂され、致し方無しの措置ではあろうが、益々生活は厳しい事になりそうであるね。



ま、そんなこんなで、何かと暗い話題ばかりの日本であるが、日本の自転車事情ってのも、俄かに変り始めているんだ。過日、ピスト自転車のブレーキシステム取り外し走行を一斉に取り締まりを強化したり、信号無視の取り締まり、果ては歩道走行の取り締まりって云った具合の、普段ちゃんと自転車に乗ろうと心掛けている人達には一体何の話だって位のツマラナイ取り締まりなんだがね、日本の自転車のルールは、ご存じの通り、無法地帯の無謀地帯と化しているからね、もう、一般自転車に乗る人々は、走行場所や方法が、唯我独尊なのね。性質が悪いのは、そのルールを知らない無知にあるんだね。どうすればよいのか解らないって事なんである。自転車に関しては、本当に変な国なんである。



但し、昨今の警察の動向と、やたらと目にする自転車関連のニュース、これらを見ていると、何だか重い腰を上げ、いよいよ本気で自転車政策に取り組もうとしているのが見て取れるね。どうなる事やら、であるが、良い方に転がる事を期待しておりますぞ。



モノの存在や価値ってのは、人それぞれであろうが、ワタクシとしては、普段あまり興味の無いジャンルの最右翼であろう、ママチャリにこそ、少しだけひねりを加える位の変革が必要なんだと思う。例えば、普段何気なく使っている筈の食器や家具なども、何でもイイなんて思いつつ、結構こだわっているのではないだろうか?余程でない限り、食器はすべて100円ショップってのは無いだろう。デザインやカラーなんかも重要な要素であって、それが自分の好みにより近いモノであれば、必然的に満足度は高くなると思うんだ。



100円ショップが悪いって訳では無いがね、ワタクシの場合、100円ショップの存在価値の意義ってのは、少ないお金でより多くのモノを買えたって購買欲を満たす事が出来るって価値が一番大きいのと、こんなモノが欲しいんだが…ってイメージを持ったとすると、それに近いモノが探しやすかったりとね、若しくは代用品を求めやすいって事なのかもしれないね。



実際、以前子供が出先で友人の自転車をパンクさせてしまい、残念ながら修理道具も何も持っていなかったので、近所の100円ショップでパンク修理セットを買って来て、何と携帯ポンプまで100円でね、まぁ、このポンプは使えないだろうと思っていたが、案の定、辛うじてポンプの形をしている物体で、ポンプの役目は殆どせず、勿体無い事にすぐにゴミになったのだ。糊とパッチは意外と日本製だったりする場合もあるんだが、その商品は100円でタイヤレバー、ゴム糊、パッチがセットになっているタイプでね、ま、我々ならば見ればその品質の悪さは一目瞭然なんだが、そこは数をこなしている、一応はプロである。修理をしてあげたのだが、女房が一言、「100円ショップのでも、修理出来るんだ。」なんて云っていたので、う~ん、一般的に素人が貼る場合は、殆ど失敗しちゃうだろうシロモノだね。って云っておいた。そんな感じのモノでしかないんだ。



話が逸れてしまったが、実際、1万円程度で売られている自転車ってのは、100円ショップの商品並みの扱われ方しかされておらず、品質も当たり前だが、それなりである。色も形も普遍的。



そんな人民服や軍服然とした、無機質なママチャリに乗るんなら、せめてビーチクルーザーって自転車をチョイスする事をオススメするんだ。この自転車のゆったり感やロハス感は、独特の雰囲気を持ったビーチクルーザーならではなんである。スタイルやデザインがイイ自転車をチョイスするとね、相変わらず自転車には興味が無いかも知れないが、きっと自転車に乗っている自分を、少しだけ好きになるかも知れませんね。





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2011年10月16日日曜日


自轉車家目線の、ツールド千葉2011



本年もやって来ました、「ツールド千葉」。今年はBayFMの人気DJ、伊津野亮氏率いる「Team IZUNO」軍団20名と、「Team278.comチームセオ西千葉」30名、総勢50名という、大所帯での参加となりました。毎週木曜日1600BaylineGOGOという番組をはじめ、様々な分野にて大活躍中の伊津野亮氏。宮古島ロードレースに端を発し、無念の途中リタイアを境に、ひたすらスキルアップを図る伊津野氏。



そんな伊津野氏率いる「Team IZUNO」の面々をサポートさせて戴いているのが我々Team278.comなのであります。



今年は震災の影響もあって、コース設定がなかなか決められず、大会運営側も、大変なご苦労をなさったそうなのだ。コース取りと安全確保、交通事故等は云うに及ばず、特に災害に対するモノの擦り合わせが大変だった様である。



伊津野氏は、昨年度より初日、二日目の第一・第二ステージを走破する予定で、当方Teamは、瀬尾店長が帯同し、他少数精鋭でフォローする事となった。残ったスタッフで、お店を平常営業とした。ステージ1初日は、120kmを走破するコース。木更津はかずさアカデミアパークがスタート地点となっており、成田市の野毛平工業団地特設会場ゴールとなっていた。伊津野氏は終始快調に走り、順調に初日を走り切った。



そして二日目。今年は278からの参加者も増え、いよいよ大型バスをチャーターしないと移動が困難となってしまったんだ。朝430278集合。続々とメンバーが集まる。前日から借りていた2tロングアルミバンのトラックに次々に自転車を積み込む。俺的には、10年ぶりのトラック野郎復活ってな様相であった。



トヨタレンタカーにて今回、2t車を拝借した訳だが、流石に我々が乗っていた頃のトラックとは快適さが違うんだ。どうやら新車を導入したらしく、ピカピカである。俺は個人的に、あまりオートマのトランスミッションが好きでは無い。自分の意志とは別の所で、勝手に変速したりするからね。だが、そのトラックも、レンタカーの流れなのか、オートマである。少々がっかりしながら運転してみたんだ。大きさに関しては、日頃11tフルサイズを転がしていたので、何の問題も無い。お?ナビ付きだ。あれ、ブレーキを踏んで信号待ちをすると、エンジンが勝手に止まるではないの!トマールエンジン様である。何じゃこりゃ!ま、これも時代の流れなのかって思いながら、トラックも此処まで世間に媚びなけりゃあならねぇのか、なんて考えながら、ひとりウンザリとしてみたぞ。ただね、トルコンも流石に進化していて、坂道なんかはアクセルを放して長めの坂を下ると、勝手にシフトダウンし、エンジンブレーキを助長して呉れる。ふむ。素人にも安心ってヤツだ。



ま、トラックのインプレは、この辺でよかろう。また長くなっちゃうからね。





さて、そんな経緯で以て、相変わらずバタバタの朝の集合時間に間に合うべく、我々もレースに帯同したのだった。Team IZUNOからは、トライアル界では超有名人、有薗啓剛君と守上大輔君も、前回の宮古島に続き、忙しいさ中、参加して戴いた。今年は大多喜にある、結構な峠道が100kmを走破後に待ち構えていると云った具合の、まさに「泣きっ面にハチ」コースで、かなりハードなコース設定だった。少しばかり心配だったのは、ツル千葉未経験の女子達、齊藤涼子ちゃんと、片岡優衣ちゃんである。





ところがところが、である。まぁ、お見事としか云いようのない走りっぷりでね、普通の女の子では通常、100kmもの距離を走ろうなんて思わない程の距離を走った後、野郎でも泣きが入っちゃう程の坂道をだ、何とかかんとか云いながら、登り切ってしまってね、タイムアウトぎりぎりとは云え、完走したって事は特筆すべき項目であろうね。



最初の100kmは平坦で楽勝ムードかと思いきや、さもありなん、成田市を抜けて南下するのだが、街中を1000台を超える自転車が走行するので、短めの信号にしばしば足止めされ、大幅なタイムロス。これが本当に後の坂道に響いたと思うよ。エイドステーションでほんのしばし、水分補給やら、栄養補給をしたりしてね、大してゆっくりとも出来ずの各エイドステーション。そして登り坂道前の昼食も、15分位で食べ終え、時間が気になり、皆、次々と出発して行くのであった。



我々が偉そうに、バックアップします、なんてぇ事を云っているのが恥ずかしい程の、見事な走りっぷりを見せたTeam IZUNOの初参加の女子達だったのである。あっぱれな女子達であった。結局、我々のグループで途中リタイアは2名のみ。善戦した方だと思う。ま、ツールド千葉は、レースでは無く、自転車に乗って自分の体力なんかと戦いながら、移動のプロセスを楽しめる大会である。



BayFM DJの片岡優衣ちゃん、齊藤涼子ちゃん、初参加でこの難コースを時間内完走は立派でした。涼子ちゃんは終始笑顔で印象的だったのですが、優衣ちゃんが完走後、感極まって涙していたのを見て、この人は本当に頑張り屋さんなのだなぁ、と感じたのだ。と同時に、辛さや大変さってのがごちゃ混ぜに押し寄せ、達成感が募ったんだとも思ったよ。自転車で走った人にだけ解る感覚である。堀尾若菜ちゃんも頑張りました。走りに安定感が出て来ましたね。ジャイアントの女性陣も頑張りました。



もう惑う事無き、47歳になろうっておじさんが、足が攣る程、自転車に乗って、愉しいんだって、常人が考えりゃあ馬鹿げた行為なのかも知れないよね。でも、この不思議な達成感だけは、やった者にしか解らない感覚なんだな。これが味わいたくて、また自転車に乗るんだよ。



だが、来年6月の宮古島は、そうは行かないと思う。どうも来年は278.comスタッフ全員での参加との事。こいつはレースとなるんで、要トレーニングである。さて、本気でセマスカーボンを拝借して、せっせと練習に励むとすっか。





なんてな。





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2011年10月15日土曜日

自轉車家目線の、ツールド千葉2011


本年もやって来ました、「ツールド千葉」。今年はBayFMの人気DJ、伊津野亮氏率いる「Team IZUNO」軍団20名と、「Team278.comチームセオ西千葉」30名、総勢50名という、大所帯での参加となりました。毎週木曜日1600BaylineGOGOという番組をはじめ、様々な分野にて大活躍中の伊津野亮氏。宮古島ロードレースに端を発し、無念の途中リタイアを境に、ひたすらスキルアップを図る伊津野氏。




そんな伊津野氏率いる「Team IZUNO」の面々をサポートさせて戴いているのが我々Team278.comなのであります。



今年は震災の影響もあって、コース設定がなかなか決められず、大会運営側も、大変なご苦労をなさったそうなのだ。コース取りと安全確保、交通事故等は云うに及ばず、特に災害に対するモノの擦り合わせが大変だった様である。



伊津野氏は、昨年度より初日、二日目の第一・第二ステージを走破する予定で、当方Teamは、瀬尾店長が帯同し、他少数精鋭でフォローする事となった。残ったスタッフで、お店を平常営業とした。ステージ1初日は、120kmを走破するコース。木更津はかずさアカデミアパークがスタート地点となっており、成田市の野毛平工業団地特設会場ゴールとなっていた。伊津野氏は終始快調に走り、順調に初日を走り切った。



そして二日目。今年は278からの参加者も増え、いよいよ大型バスをチャーターしないと移動が困難となってしまったんだ。朝430278集合。続々とメンバーが集まる。前日から借りていた2tロングアルミバンのトラックに次々に自転車を積み込む。俺的には、10年ぶりのトラック野郎復活ってな様相であった。



トヨタレンタカーにて今回、2t車を拝借した訳だが、流石に我々が乗っていた頃のトラックとは快適さが違うんだ。どうやら新車を導入したらしく、ピカピカである。俺は個人的に、あまりオートマのトランスミッションが好きでは無い。自分の意志とは別の所で、勝手に変速したりするからね。だが、そのトラックも、レンタカーの流れなのか、オートマである。少々がっかりしながら運転してみたんだ。大きさに関しては、日頃11tフルサイズを転がしていたので、何の問題も無い。お?ナビ付きだ。あれ、ブレーキを踏んで信号待ちをすると、エンジンが勝手に止まるではないの!トマールエンジン様である。何じゃこりゃ!ま、これも時代の流れなのかって思いながら、トラックも此処まで世間に媚びなけりゃあならねぇのか、なんて考えながら、ひとりウンザリとしてみたぞ。ただね、トルコンも流石に進化していて、坂道なんかはアクセルを放して長めの坂を下ると、勝手にシフトダウンし、エンジンブレーキを助長して呉れる。ふむ。素人にも安心ってヤツだ。



ま、トラックのインプレは、この辺でよかろう。また長くなっちゃうからね。





さて、そんな経緯で以て、相変わらずバタバタの朝の集合時間に間に合うべく、我々もレースに帯同したのだった。Team IZUNOからは、トライアル界では超有名人、有薗啓剛君と守上大輔君も、前回の宮古島に続き、忙しいさ中、参加して戴いた。今年は大多喜にある、結構な峠道が100kmを走破後に待ち構えていると云った具合の、まさに「泣きっ面にハチ」コースで、かなりハードなコース設定だった。少しばかり心配だったのは、ツル千葉未経験の女子達、齊藤涼子ちゃんと、片岡優衣ちゃんである。





ところがところが、である。まぁ、お見事としか云いようのない走りっぷりでね、普通の女の子では通常、100kmもの距離を走ろうなんて思わない程の距離を走った後、野郎でも泣きが入っちゃう程の坂道をだ、何とかかんとか云いながら、登り切ってしまってね、タイムアウトぎりぎりとは云え、完走したって事は特筆すべき項目であろうね。



最初の100kmは平坦で楽勝ムードかと思いきや、さもありなん、成田市を抜けて南下するのだが、街中を1000台を超える自転車が走行するので、短めの信号にしばしば足止めされ、大幅なタイムロス。これが本当に後の坂道に響いたと思うよ。エイドステーションでほんのしばし、水分補給やら、栄養補給をしたりしてね、大してゆっくりとも出来ずの各エイドステーション。そして登り坂道前の昼食も、15分位で食べ終え、時間が気になり、皆、次々と出発して行くのであった。



我々が偉そうに、バックアップします、なんてぇ事を云っているのが恥ずかしい程の、見事な走りっぷりを見せたTeam IZUNOの初参加の女子達だったのである。あっぱれな女子達であった。結局、我々のグループで途中リタイアは2名のみ。善戦した方だと思う。ま、ツールド千葉は、レースでは無く、自転車に乗って自分の体力なんかと戦いながら、移動のプロセスを楽しめる大会である。



BayFM DJの片岡優衣ちゃん、齊藤涼子ちゃん、初参加でこの難コースを時間内完走は立派でした。涼子ちゃんは終始笑顔で印象的だったのですが、優衣ちゃんが完走後、感極まって涙していたのを見て、この人は本当に頑張り屋さんなのだなぁ、と感じたのだ。と同時に、辛さや大変さってのがごちゃ混ぜに押し寄せ、達成感が募ったんだとも思ったよ。自転車で走った人にだけ解る感覚である。堀尾若菜ちゃんも頑張りました。走りに安定感が出て来ましたね。ジャイアントの女性陣も頑張りました。



もう惑う事無き、47歳になろうっておじさんが、足が攣る程、自転車に乗って、愉しいんだって、常人が考えりゃあ馬鹿げた行為なのかも知れないよね。でも、この不思議な達成感だけは、やった者にしか解らない感覚なんだな。これが味わいたくて、また自転車に乗るんだよ。



だが、来年6月の宮古島は、そうは行かないと思う。どうも来年は278.comスタッフ全員での参加との事。こいつはレースとなるんで、要トレーニングである。さて、本気でセマスカーボンを拝借して、せっせと練習に励むとすっか。





なんてな。





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