2012年4月4日水曜日

人間はスベカラク、道具を使って進化して来た。




今や世の中に数多ある「道具」。用途も様々でモノがあるのが当たり前の世の中で、そのモノ自体に感謝すらしない時代である。



そんな現代であるが、道具を多用して仕事をしている私にとってね、すこぶる嫌いな道具の数々がある。それは、モノの頭に「使い捨て」と付けられている、残念な道具達である。但し、衛生的に回避し難い医療用具や食品関連商品は除くがね。



いの一番に嫌いなモノの代表は、雨が降ると商店の軒先に陳列されるゴミの代表である、「ビニール傘」。先般吹き荒れた4月の爆弾低気圧や、台風の様に気象条件が悪い中、傘を差すって行為も日本人の愚行の一つであるが、そんなゴミを一瞬で突風に破壊され、あろう事かそれを道端に放置して行く無神経さは一体、どうすれば育まれてしまうのだろう?誰かが片付けてくれる?大風の時に愚かしいビニール傘を買って、一瞬のうちに忽ち破壊され、そのゴミを放置し、そのゴミはまた突風で四方八方へ飛んで行く。それがどれだけの人を危険に晒しているのかと想像すら出来ない低俗な人間であると認識せざるを得ない。煙草のポイ捨てをするヤツより低俗で悪質である。



何故、地震などとは違い、気象条件は予め予測されてりるのに、である。傘を持って出掛ける、若しくはもう大風が吹いているのにビニール傘を買うのか?愚の骨頂である。ビニール傘で無い傘を家から持って行くだけならばまだイイ。使わずに持って帰ってくれば良いのだ。地震があってあれだけ備えがどうしたって言っている割にはね、相変わらず愚行を繰り返す多くの人々。



悪い事は言わない。そんな日に出掛けなければならないのならば、合羽を着る覚悟を持って出掛けて欲しい。使い捨ては駄目だ。テンで使い物にならないビニール傘の代わりに、ビジネス用のスーツを持ち歩く方が余程賢明であろうよ。



あなた方が捨てて行った傘が、歩行者に、ジドウシャに、そして自転車に向かってすっ飛んで来る恐怖だ。傘を投げ捨てて行く下衆なお前らには想像もつかないのだろうが、願わくばそんな捨てられてあっちこっちに舞い上がっては飛ばされる傘が、私は傘を捨てた奴に直撃する事を願って止まない。想像もつかないのなら、身を以て知るべきである。密必の故意である。大袈裟に云えば殺人未遂だぜ。壊れた傘を、せめて、せめて持ち帰れ。自分の家で処理しろ。





文明が進化して、便利な世の中になった。東日本の大震災で、日本人は多くのモノを失い、そして気付いた何かがあった筈だ。使い捨ての時代は終焉を迎えるべきである。割り箸もそう。洗って使えるモノにしたらイイと思うし、衛生面でどうこう云う御仁は、手前で箸を持って行きなさい。



使い捨てカメラってのが一時期流行した。これは手軽に写真を収められるからってんで、まだ携帯が普及する前には観光地を始め、世界中で販売台数を伸ばした。これは使い捨てカメラって揶揄されているが、実はこれを作っていたメーカーも、実はカメラでは無く、レンズ付きフィルムであると云って憚らなかった。なるほど、云い得て妙だ。そのレンズ付きフィルムは、使われても捨てられはしない。キチンと現像をされ、写真とネガは持ち主に返され、外側はメーカーに回収され、再利用された。ある意味、利便性の具現化の象徴とも云える。



だいたい、ビニール傘を使って、暫く放置しておくと、張り付いてしまって使えなくなる。持って帰っても次に使えぬモノなど、無駄以外の何物でも無い。道具を使う生業の人間は、その道具の感覚ってモノが非常に大切なんだよね。私はそう。道具は使うと減るんだ。確実に。そして手に馴染むのね。例え同じメーカーで同じ機材でも、他人が使った道具は、どうもしっくり来ない。だから道具が人に使われるのが嫌い。例えて言うとさ自分の使用している歯ブラシを人に使われるのって、どう?考えもしないだろ?衛生面だけの問題なのかな?違うでしょ?箸だって茶碗だってコップだって、自分のモノを使っていない?グラスはせめて家族で使い回しはあるだろうけれどね。



先日、購入した新たな工具達、コレが思いの他使い勝手が良く、一人ほくそ笑んでいるんだ。当然、使うイメージをして購入するんだが、それが期待以上だと、大変喜ばしいモンなのだ。



世の中に溢れている「使い捨て」の道具。道具に愛着が持てない道具は、道具では無い。多分あなたもお持ちであろう自転車も、、願わくば「使い捨て」となっていない事を切に望むのである。



モノに愛情を注ぐ。愛着ってのはきっと、そう云うモンなのだと思う。





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2012年2月16日木曜日

久しぶりになっちゃったんで、自転車の事でも書こうかね。


私は自転車屋さんなので、自転車を販売したり、修理をしたりしている。

いつの間にか、自転車は多種多様に進化し、よりユーザーのニーズに応えるべく、日々進化を遂げているのだ。…一概にそうとも言えない部分も少なからずはあるのだが、それはまぁ、イイや。

ま、何でもそうなのだが、自転車も用途別になっていてさ、さて、自転車で何をしようかって事をイメージしてね、車種をチョイスして、好みでメーカーなんかを選択して見る訳なんだけれどね、最近はロードレーサーなんかはさ、カーボンなんて云われている、所謂「炭素繊維」で出来ているフレームが巷を席捲して、レース用の道具として各メーカーさんもしのぎを削っている訳であるが、確かに様々なレースや自転車イベントに参加する事も、愉しいと感じる人は多いだろう。でも、そう云ったイベントには参加しない人ってのも、少なからずいるんだよね。

自転車のファーストコンタクトは、どんなモノが良いのだろうって言われた場合、現在ではマウンテンバイクを勧めている。出来れば29インチのヤツ。クロスバイクって場合はシクロクロスを勧めるんだ。どちらも懐が深くて自転車として長く楽しめる要素を持っている。

最初のロードバイクは、クロモリをお薦めするんだね。現在のアルミやカーボンより重いかも知れないけれど、自転車の乗り方を知るには持って来いである。何より長く乗れるからね。あと、格好イイからと言って、中古の、所謂ヴィンテージ自転車ってのは、よっぽどの自転車熟練者にでもならない限り、手を出さない方が無難である。先ずパーツが入手困難であったり、部品が仮に運良く入手出来たとしても、それをしっかりと見てくれる自転車店を探し出すのは至難である。長年その自転車を診て来たショップならともかく、出自の解らない自転車などは、普通やらないよね。第一、部品が壊れたりしたら、代替品が無いのは、誰よりも詳しいから。ネットなどでは綺麗に見えるヴィンテージ自転車も、フレーム内部が錆びていたらアウトだからね。安全や安心ってのがないがしろにされてしまう恐れがあるから、いちげんさんの古い自転車は、殆どのショップは診ないんだな。

だから、現行パーツで組んだ、現行のクロモリ自転車で、自転車の特性を知ると。重いったってね、ママチャリの半分程度で、しっかりと走るから、重量なんて数値に右往左往してはいけないんだ。価格も10万円あたりから、少し良くなっても10万円台中~後半も出せば、結構なモノが買えてしまうので、その辺りから、大いに自転車ライフを満喫すれば良いのだ。しかもクロモリは長持ちするんだね。そりゃあ管理が悪ければ錆びてしまったりするが、手入れさえ怠らなければ本当に長持ちするのだ。クロモリはね。

翻ってマウンテンバイク。こいつを買ったら、何しろ何処でも走れちゃうから、使い倒すに限る。これはアルミフレームが主流だから、ジャンジャン乗り回すに限る。クロモリも存在するが、かなり少数派になるんで、こっちは少し乗り慣れてからチョイスすると良いだろうね。価格は5~6万位から揃って来たので、選びやすいだろうと思う。



さて、話は変わるのだが、過日、昔の連れが東京の立川市という所で、自転車タクシーってのを始めたと書いた事があるんだが、ヤツはNPO法人を立ち上げ、運営をしていたのだが、NPOったって、会社と同等の運営能力が必要だし、何よりも資金ってヤツが必要となる。その辺の絡みで、運営自体が頓挫してしまっている様なのである。何しろ、私より圧倒的にヒラメキだけで行動しちゃうヤツなので、ブレーンが必要なんだと思うのだが、そのあたりの詰めが甘い。運営費を知人の企業の寄付だけでまかなっているので、運営費などは直ぐに底をついてしまう訳だ。

彼の持っている自転車タクシーの台数は3台。この台数では京都や東京に存在するヴェロタクシーの様な、人を乗せてその運賃で採算を取るなんて事は絶対に不可能であるし、おそらくヴェロタクシーも運賃は運営費の足し、程度のモノなのだと思うんだ。

そんな彼のスマイルタクシーに必要なのは、催事やイベントに参加する事であろう。そしてそれらイベントに協賛している企業とのタイアップや、事業計画と賛助会員の募集とか、何しろ運営費を確保しなければ、自転車を漕ぐドライバーすら確保が難しいんだ。自転車タクシーをドライバー付きで貸し出すんだよね。観光地でも無い街に平日遊ばせておくなんてのは、無駄以外の何物でもないからね。

先日も都内で東京ゲートブリッヂ開業記念に歩行者、自転車で渡るイベントが開催されたが、何も自転車ばかりのイベントに固執する必要は無くってね、何しろ人の集まる所に行って、移動の手段として利用して貰ったり、そんな中で活動内容ビラを配ったりしてね、何しろ知名度を上げる事が大事なんだと思うぞ。事業の全体像がぼんやりとし過ぎだから、道楽にしか見えないのかもしれないので、しっかりとしたビジョンを提示する必要があるんだね。

昨年は千葉市でも初めて開催された競輪場を使った「千葉けいりんフェス」。一方で、大震災により開催が中止となった、平塚競輪場で行われる「湘南バイシクルフェス’12」が、今年度は2012324日(土)に開催が予定されている。
http://shonan-bicycle.net/

平塚は競輪事業に執着せず、自転車全般と地域住民のイベントへの参画という形で、成功を収めているんだが、千葉けいりんや、立川にも競輪場があるのだから、こういった事業を見習ってね、どんどん真似をしてイベントを開催すべきであるんだ。そしてそういったイベントに自転車タクシーで参加するとかね、足繁く売り込んでさ、その中でNPO団体のビジョンを提言して行くと。現在は老人福祉や介護タクシーの様な使い方をしている様だが、そこに特化してしまう事は、本来の事業テーマだったのかを、今一度、熟考する必要があるだろうね。

こんな世知辛い世の中だから、企業は無駄な経費の削減に躍起なんである。でも、エコや省エネとか、そういったものに投資したり、協賛をしたりする企業は有るんだよね。但し、その内容が解りやすく、効率的に、誰にでも簡単に理解出来やすく、且つ、企業イメージの上がるモノであれば、協賛は戴ける筈である。

決して簡単では無いだろうが、動かなければ、決して良い結果など、降って湧いては来ないんである。


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2011年12月23日金曜日

何故か出来て来ないロードフレームをよそに…。


何故か出来て来ないロードのフレームをよそに…



もう既に何年前だったか忘れた位、フレームをオーダーしたと思うんだが…5年は経っているか?



まぁいいや。



過日、特価品になっていたKonaのクロモリマウンテンバイクフレームに、コツコツとパーツを寄せ集め、やっとこさっとこ完成っぽくなったので、乗ってみたんだ。山へ持ち込む時には、当然ブロックタイヤなんだがね、普段乗りにはちと微妙なんで、エレクトラのビーチクルーザー用の、フレアパターンの入ったスリックタイヤをチョイスしてみた。チト重いが、、まぁ由としよう。それよりも、2012年からリリースしたスラムのX9という、ハブセット、こいつがすこぶる快調であったのが儲けモンだったね。そして、これも仕入れておいて大正解の、アレックスリムのDP20というバフ掛けのシルバーリム。これは2011年で絶版(?)かどうかは判らんが、兎に角ジャイアントでは扱わなくなってしまった様だ。カタログ落ちってヤツだ、このハブとリムの相性がやたら良く、カッチョエー訳なんである。このハブは実践向けでオススメだと思う。



クロモリだし、コンポはSLXだしで、決して軽量に仕上がる訳では無いんだが、乗って納得の乗りやすさであった事が儲けモンだ。クロモリ独特の乗り心地であって、どっちかってぇと、乗り味は硬めである。山に持ち込みたいね。やっぱり。BBハイトも結構高めである。サスはサンツアーのエピコンで、これも馴染んでくればイイ感じだと思う。まだ新しいんで、少しダルい感じってのは否めないがね。何しろクロモリフレームは最近では珍しく、細っこく見えてさ、何となくクリスタル(オッサンにしか解らんがね)…イヤイヤ、何となく新鮮な見た目なんであるよ。その辺も狙いとしてはイイ。自転車にクロモリって、基本中の基本なんだと思う。ロードも始めるなら、是非、クロモリから始める事をお勧めしたいね。



クロモリって云えばね、ひょんな所から、お客さんがフレームを買い換えたってんで、譲って貰ったKHSのクロモリダートジャンプフレーム、こいつもコツコツと仕上げて行きたいと思っているんだ。本当に自転車の収納場所が無くなって来たピョーン。どうしたモンだかねぇ。ま、それはそれとしてだ、自転車ってのはさ、イメージを浮かべて、より理想的に近づけて、且つ自分で組み立て(これは僕らの商売の特権だな)、更にそれに実際に乗れちゃうってのが、最大にして最高の魅力だよね。



でも、やっぱり巷のムーブメントは、29erなんだよなぁ。サーリーの、カラテモンキーが入荷して来て組んだけど、やっぱ凄ぇイイ。29er。で、シングルスピード。ムムム、ほ、欲しい。伴宙太ばりに云うと、ほ、星ぃぃぃぃぃ、星よぉぉぉぉぉ。星じゃねぇよ。欲しい、だ、伴宙太。むむ、まぁいい。2012年が始まるや否や、たちまち今期完売したKona Mahunaという29erであるが、初期オーダー分が来年2月入荷予定だ。ヤバい、絶対買っちゃいそうだよ、オイラ。



仕事は別として、そろそろ自分の自転車をどうこうする事に一喜一憂している場合では無く、いよいよ来年は、MTBライド&キャンプ&BBQなんてイベントをやりたいなぁなんて思っているんだ。どうも以前在籍させた貰ったイベント会社は、どうも移動販売車を導入し、デリバリー可能だってから、イベント会場に呼ぶ事だって可能なんだし、ま、マウンテンバイクのイベントは仲間内でやるからさ、コストコ辺りで普段買わない様な、分厚いビフテキ用の肉をしこたま買い込んで、がっつり男の料理をみんなでやると云うね。家族同伴大歓迎でね。マウンテンバイクに乗らない人も、BBQ、キャンプのみの参加可能って事でさ。もう年の瀬だから、来年やろうぜ。雪中スパイクマウンテンバイク走行&キャンプ&BBQとか、なんか愉しい事沢山あると思うし。BBQで呑み食いは必須である。



そんなこんなでね、ジドウシャ、まぁ自転車が積み込めれば、基本何でもイイんだが、やっぱり我々の世代、特に40歳代を過ぎている方々は特に、ジドウシャで目的地まで行って、現地で遊んで飲んで騒いで…なんてのが愉しいと思うが、そんな感覚ってのも、どうやらサンダーバード2号現象って云うか、そんなイメージが強いと思うのだよ。テッテレレ~~テレレッテテッテレレッテッテ~~♪ってサンダーバード2号から中身の乗り物が降ろされてさ、活躍するってコミューター的機材。これがワンボックスタイプのジドウシャと、自転車ってのにドンピシャなんだよね。何しろ積み下ろしが容易で、誰でも乗れる自転車がイイんだ。オートバイだと、重いし、誰でも乗るってのには行かず、結構ハードル高いしね。自転車さえ持っていれば、ジドウシャを所有していなくても、運転免許さえあれば、レンタカーだと、人数割り出来れば安価だしね。千葉大のチャリ部なんかもこんな感じでトレイルに行くらしい。愉しいに決まってるよねぇ。



今に始まった事では無いが、マウンテンバイクのパフォーマンスは何となく知ってはいるモノの、実際にトレイル走行をした事の無い人が多いのも事実でね、こりゃあ実に勿体無い話なんだね。販売するのも大事だが、実際に遊ぶ事を、これからは積極的に提案して行かなければならないと思うよ。こんな世知辛い世の中でさ、どの様に充実したライフスタイルを送れるかって事が大切なんだからねぇ。



マウンテンバイクのイベントも企画して行こうと模索中であるぞ。



近所に、大手資本の自転車店が出店し続けているが、まぁ、傍から見れば、自転車業界は景気良く見えるのだろうがね、世の中そんなに甘かぁ無ぇやな。何とな~くホンモノっぽいニセモノを売る時代はもう終わりにしないとね、日本の自転車業界の発展、復興は無いぜ。



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2011年12月19日月曜日

旧知の友、そんな仲にもいろいろとね…。


過日、大学時代のアルティメットクラブOB連中で、忘年会をやろうって事になったんだ。最近、ドッヂビーの活動を頑張っている諸先輩が多数いるので、その練習会に参加する形なのだが、今回はそのドッヂビーの開催場所である、千代田区の体育館が借りられなかった為、忘年会のみにしようという話になったのだ。ドッヂビーの練習は、例の大地震の翌日に予定されていたのだが、当然の事乍ら、練習は中止を余儀なくされたので、暫くぶりにドッヂビーで体を動かしたかったので、残念至極であったが、仕方がなかろう。



さて、新橋である。オヤジの聖地、ある意味、不思議なオーラを放つこの雰囲気は、嫌いでは無い。立ち呑みだの、串焼きだの、兎に角、煙がもうもうと立ち込める、所謂、銀座の裏街道ってかね、銀座の華やかさを裏支えしているってかね、銀座の屋台骨って雰囲気を持つってかね、そりゃあ、会社の金で銀座で接待をするオトーサンもいるだろうが、本音が有るのは新橋なんである。日常のふき溜まり。理不尽と我慢と愚痴を洗い流すホッピーを呑む場所なんだな。



ま、長ったらしい前置きはさて置き、数多あるその串焼き、やきとん屋さんの人気店をリサーチして見たんだ。今回はね。大体の所で上位にランキングされていたのが、やきとんまこちゃん本店。迷わず此処に決めて見た。うん。モツ煮旨し。串旨し。正解。オススメであるぞ。都合の付いた8名ほどが集まって呑もうって所で、取り敢えず生ビールを頼もうかと思ったら、皆さん結構生中は多いって云う。ええ?本当?気取ってんのかと思っちゃった位だ。オヤジになったって事か?じゃあ、ホッピーか?って聞いたら、ハナっからホッピーは飲まないんだってさ。不思議な人達だ。で、俺様取り敢えずビンビールとビアタンで乾杯。その後俺様一人、ホッピーを呑み続け、他は日本酒なんか飲んでやがるんだ。わはは。どうでもイイやな。そんな事ぁ。



意外にも、先輩や後輩の関係で、何だか訳の解らない確執めいたモンが存在するらしく、誰が来ると誰が来ないとか、イイ歳になってもクダラナイわだかまりなんかで、大勢揃う事がまず無いんだ。これは寂しい限りであってね、ま、それでも俺達が出身の大学には既にフリスビー部はとっくに廃部となってしまったし、凄い後輩だと思っていた奴が、あまりにおじさん過ぎて誰だか判らなかったり、ドッヂビーというスポーツを取り組むにあたり、東京経済大学時代のフリスビークラブ「シーガルズ」という名前を復活させ、活動をしたりはするのだが、その活動に対して、OB連中に温度差があったりと、擦り合わせは容易ではなさそうなんである。



ま、みんな長年世知辛い世の中を生きている訳だから、先輩のツルの一声なんてぇ動き方は出来なくなってしまっているのだから性質が悪い。まぁ、人間なんだからさ、付き合っていりゃあ確執や軋轢は生まれるモンだが、仕事関係ならいざ知らず、学生時代に同じ目標で動いて来た連中同士で確執を持つ事ぁあるまいよ。



何だかんだ云ってもね、どんな確執や軋轢が生じていたとしてもだ、俺には居心地がイイ場所なんであるね。福島にいる同期が未だに苦労をしていてね、これが心配の種なんだが、何とか時間が作れる様な環境になる事を切に願うばかりなのだ。みな一様に元氣なんであるよ。何しろ煙草を吸っている人の割合が圧倒的に少ないんだ。吸っていたのは禁煙に失敗した先輩と、就職してから吸い始めてしまった後輩の2人だけだ。毎回出席して、俺が煙草吸っていないって聞くと驚かれるが、どんだけ煙草吸いのイメージなのだろうか?ワシ。煙草ってのは、吸っている時は気にならないモンだが、一旦止めてしまうと、喫煙経験の無い人よりも、拒否反応は強く出る様である。何故かは判らないが、ジドウシャに乗って窓を開けて煙草を吸って、しかも腕を外に出している輩なんかは、自転車で後ろを走っていると、すごく臭いと思うし、喫煙者とすれ違ったりすると、思わず「臭ぇっ」って思ってしまう程である。大袈裟な様だが、本当の話だ。



人が接すれば、軋轢とか、まぁ、摩擦ってのは必ず起きるモンでね、世界の終わりという名前のバンドは、他人と書いてヒトと読む、とか歌っている様に、実に面倒な営みなんだと思うが、そんな刺激があってこその社会生活ってヤツであるので、上手に付き合っていくしか無かろうて。仕事上、抑えなければいけない感情も、友人などには遠慮なく云う。まぁ、先輩には遠慮する部分もあるだろうが、学生時代程ではなかろうよ。



来てくれたメンツに共通していたのは、皆一様に愉しげであったって事だ。誰がどうしたって噂ばなしを肴にしてさ、でも今後のビジョンなんかをアツく語ったりする人達。イイじゃないか。何だかガソリンを補給された感じがしてね、ジョギングでも始めようかな?なんて一瞬でも思ってしまう自分が恥ずかしいぜ。わはは。自転車でも、フリスビーでも、目標設定をして、ライフスタイルを充実させているってぇ事が、彼らの生き生きとした生活の糧となっているのだろうと改めて思った次第なんである。



久しぶりに仲間同士の空気感に触れて、精神的なデトックスをさせて戴いた。多謝。





仲間ってのは、コトの他、大切なモンなんであるよ。仲良くやろうぜ、ご同輩。





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2011年12月11日日曜日

イベント目白押し!2011年冬の陣!その2


そしてそして、今回は普段お世話になっている、BayFMDJをはじめ、各方面で活躍中の、伊津野亮さんと、愉しくサイクリングをしましょうという、ファンライドミーティングと云いますか、伊津野亮ファンミーティングとでも申しましょうか…何しろ伊津野亮さんには、コア(?)なファンが多く、愉しみであった。また、この企画を企画させて戴きましたセオサイクル西千葉店ですが、今回は瀬尾店長とワタクシがスタッフとして帯同、そして、その他のスタッフとしてお手伝い戴いたのが、お店の、これまたコアな常連さん達である。毎度お手伝い戴き、誠にありがとうございます。ウチの常連さん、何故だかハゲ率が高く(全員では無い)、いずれもコッテリとした体躯(全員では無い)ので、黙ってサングラスをかけて屯していると、某かの圧力団体にしか見えない風体なんだが、皆優しき自転車馬鹿ばっかしで、みな揃ってイイ人達なんである。今回は来られなかったけれど、親分はくるま屋さんである。わはは。





ま、それはさておき、BayFMでの参加募集の告知から始まり、参加希望者の集計、取りまとめと流れ、宿泊の手配と、今回はファンライド、ファンミーティング系では大変珍しく、前日の夜に、伊津野さんと共に、大忘年会をするという、これまた伊津野さんらしい強烈な企画で、ファンにとってはたまらないイベントとなったんだ。



ラジオという媒体は、テレビの様に映像媒体が無いので、視覚的に訴える事が出来ない。私達は比較的深夜ラジオとか、よくラジオを聞いていたラジオ世代なんで、その辺りのやりとりが実に心地良いんだが、流石は伊津野さん、来てくれた人達に気を配りながら、巧みなトークで場を盛り上げる所なんぞは、さすが匠の技であり、一様に人々を魅了するんだ。そして、齊藤涼子ちゃん、片岡優衣ちゃんが司会進行をして大盛り上がりの大宴会夕食会と、お楽しみ大抽選会と相成った。



目玉は、伊津野さんが街乗りに使用していた(殆ど新品だった)Bianchi社のPistaというシングルスピードバイク。伊津野さんがバイクにサインして、何だかビルダーがサインした風の自転車となったんだ。




見事に当たったのは参加者の佐倉から来た女性。だったのだが、その当たった女性の申し出で、伊津野号では少し大きく、普段使いが難しそうだと悩んでいた所、やはり参加者の人で比較的新しいキャノンデールのマウンテンバイクとトレードしませんかって話が持ち上がり、女性もどうやら乗れる自転車がイイという話となり、伊津野さんと協議の末、商談成立し、キャノンデールのマウンテンバイクに伊津野さんのサインをして皆大喜こびでした。



さて、宴会も終わり、構成員達は部屋でしこたま自轉車談義と、ハゲ頭撮影会など、クダラナイ遊びに興じ、まるで性質の悪い修学旅行みたいになってしまっている。



先生に内緒で酒とたばこやってる部屋みたいになっているんだが。ま、ウチのハゲの煙草吸い確率はすこぶる低いんだがね。酒は浴びる。伊津野さんは館山方面へ夜のパトロールに出掛けてしまった。のん兵衛に付き合っていては夜が明けてしまうので、三々五々、お開き??と相成った。か?





まぁいい。翌朝である。私は5:00に起床、風呂に入りざま外の路面や天候の状況を確認して見た。んだが、まだ暗くて判らなかったんで、ゆっくりと熱い風呂に浸かった。茹で蛸みたいだが、そんな事はどうでも宜しい。前日が何しろメファが白浜に降臨していたかのような大雨大嵐で、大変な騒ぎだったんで、路面の状態が気になっていたのだ。が、6:00過ぎ、太陽が元気にこんにちは。路面もドライになりつつあって、ナイスなコンディション。あとは風がどう来るか?だけであった。



7:00より各々朝食をとって貰い、前日入りして参加自転車はほぼ整備調整をすませておいたのだが、当日合わせの参加者等の再調整や、皆さんの支度を考えながら、9:00にロビー集合。伊津野さんから一言戴き、それぞれ4つのグループに分けて走行した。走行ペースは20km弱であったが、初心者が大半の参加者にはなかなかのペースかもしれない。一路、南房パラダイスへ。この4グループの中、伊津野さんは各休憩ポイント毎に、グループを移動して、参加者とまんべんなく走る作戦だ。南房パラダイスから折り返し、野島崎灯台、そして千倉潮風王国で昼食タイムだ。昼食は海鮮バーベキューであった。千葉のフラワーラインは、館山から鴨川まで走行すると約90km前後、それほど起伏も無く、風光明美で自転車で走るのにはもってこいの景色である。館山まで輪行して、鴨川まで走って、鴨川から電車で輪行なんて、贅沢なサイクリングだ。そんな贅沢な場所を、良い所だけ切り抜いた様な、40km程のサイクリング。参加者は皆、満面の笑みだったのが、とても印象的であったんだ。



伊津野亮さんが、リスナーの皆さんをいかに大切に考えているのだってのが、参加者の皆さんに、とても解りやすく伝わった今回のイベントだったと思うよ。何だか伊津野亮さんを褒めすぎた感もある今回のレポートであるが、愉しんで頂けたようなので、由としましょう。



少人数ではありましたが、それだけ密着したファンライドであったと思います。



今回ご参加戴いた皆様、伊津野亮さんはじめ、BayFMの皆様、オフィスRの皆様、ラジスタの鶴岡さん、Team278の常連さん達と、ハゲの皆様、有難うございました。次回も宜しくお願い申し上げます。







モチロン、次回も開催しますよ。皆様、ご期待下さい。



今回はロード系イベントでしたが、ゆくゆくはマウンテンバイク&キャンプ&バーベキューミーティングとかね、伊津野さんにもマウンテンバイクにも乗って戴こうかしらね?色々と企画して行きたいと考えています。



乞うご期待!





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2011年12月10日土曜日

イベント目白押し!2011年冬の陣!



毎週の如く、イベントに追われる毎日であるが、自転車が様々な分野でも注目されていてさ、そりゃあ良くも悪くもであるけれど、ミソもクソも…では無い。自転車ってのは、生粋のアウトドアスポーツであってね、天候に左右される事が多いんだ。レースなんかは雨天決行だったりするんだけれど、イベントはね、集客とかの問題もあるから、難しいんだ。



で、1119日に予定されていた千葉けいりんフェスティバルであるが、これがバカみたいな大雨で敢え無く中止、翌週日曜日に延期と相成って、我々のショップの年一回の冠レースと重なってしまった。薄氷の上のタイミングってのは、いつもこんな感じで粛々と進んで行くのである。わはは。







ま、けいりんの方は、どう考えてもワタクシが担当しなければ駄目だろうって配置になる訳でね、準備に入ったんだね。スタッフは千葉大チャリ部頼りである。金曜日の夕方、自転車や、資材諸々を運び込み、場所の確認やら、段取りやらの打ち合わせを忙しなくこなし、後は当日なんだ。前日持ち込みは無し。前日は冠レースの準備と自転車の積み込み等々、遅くまでの作業となった。ま、いつもの事であるが、2件イベント同時進行なので、忙しない事甚だしいのである。



そんな訳で、冠レースに関しては、レポートが出来ないんだね。行って無いしねぇ。朝、お店の軽トラで、お店と競輪場を何度も何度も往復し、試乗車やら、展示車やらを運び込んで、子供達に右へ左へと指図をし、準備万端で、お客さんを迎えた。ウチのブースは、スポーツ車をはじめとする自転車に、何と競輪選手が走るコース上を試乗して貰うという、何ともレアな企画でね、お店で用意した70枚ぽっちの誓約書なんか、すぐに無くなってしまって、150枚ほど追加した程の盛況ぶりであった。



我々のブースで持ち込んだのは、ロードレーサー・クロスバイク・ミニヴェロ・そしてビーチクルーザーである。この大試乗会で目立ったのは、比較的ご年配の方の、ロードレーサー試乗率が大変高かった事と、まんべんなく、ビーチクルーザーが人気であったのが大変印象的であった。中でも、デモンストレーション走行を予定している現役の競輪選手が、ビーチクルーザーに興味を持って、普段、超前傾姿勢でバンクを駆け抜ける人達が、ふんぞり返って自転車に乗ってバンクを走っていたのは、実に愉快であった。あの太腿で、ビーチクルーザーだし。いやぁ、愉快だ。周りの選手も大笑いしながら、「おい、バンク最上段まで行け!」とか云っていた。わはは。あなた達が本気で踏んだら、壊れちゃうよ、ウチのビーチク・・・。NJSじゃ無いんだから。



もうひとつの目玉は、有薗啓剛君・守上大輔君コンビで活動する「K&D」のHaro Bike projectである。最近、我々のお店も、伊津野亮さんの関係で、各種イベントを通じて懇意にさせて戴いており、今後も色々な所でタイアップさせて戴く機会が増えると考えているのですが、兎に角彼らのバイクトライアルパフォーマンスは圧巻。観客の皆さんが息を呑み、皆喚起するんである。端々に笑いを織り交ぜながら、バイクパフォーマンスを披露し、2歳から乗れるバイク教室ってのを開催する。午前と午後の2度に分け、定員30名づつとしていたバイク教室に、参加希望者が殺到し、それぞれ倍以上に増やして教室を行なう程、盛況であったんだ。












行政の複雑な管轄で運営されている競輪。どことなく閉鎖的なイメージが拭えず、競輪場外観の高い壁などは、まるで刑務所のそれを彷彿とさせる程、圧迫感があるのと、雰囲気が怪しげであるんだ。翻って競輪選手は、生粋のアスリート集団で、恐ろしい程の身体能力と、飽くなき鍛錬で、鎬を削っている。そんな閉塞的なイメージを少しでも改善させようと思ったかどうかは解らないけれど、兎にも角にも一般市民との交流の場として、開催された今回のフェスティバルである。意外と地味な宣伝と、出店・出品規模を鑑みると、行政側もかなりおっかなびっくりと、開催している様子が伺えたのだが、この辺は致し方無し、と云った所であろうか。













平塚競輪場で開催され、定着化している、湘南バイシクルフェスティバル。自転車の複合的な愉しみを取り入れ、自転車のメーカーや販売店などが多くブースを出展し、BMXMTBなどの市民参加型フェスティバルとして定着しているんだ。今年は327日に開催が予定されていたのだが、311日の大震災の影響で、残念ながら中止となってしまった。ま、このあたりは致し方無し、であろう。千葉けいりんも、この位の規模で、フェスティバルを開催すれば、自転車や競輪が根付いた、素敵な街づくりが可能なんでは無かろうかね?頑張れ!千葉けいりん。とフェスティバル!





次は、伊津野亮と走る、ファンライドイベントの巻である。長いから次回。



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2011年11月21日月曜日

破天荒と云うべきか…不良中年ラプソディー

 少しばかり昔の話をしようと思う。自分の父親の話で大変恐縮なんだが、ワタクシが子供の頃、と云っても、少し生意気な青春時代の思春期の話である。当時、オートバイが社会的にブームとなっていて、同時に少しばかり社会も不安定で荒れており、大きなオートバイで街中を練り歩く、頓珍漢な集団が、まさしく跳梁跋扈していた平和な時代である。頓珍漢集団とは別に、大垂水峠(高尾山のあたり)や、奥多摩有料道路何かを徘徊する、所謂、峠族だとか、ローリング族とかね、本人達は「走り屋」とかなんとか云っちゃって、兎に角、日夜峠を攻めていたりした。



御多聞に漏れず、ワタクシもオートバイに熱を上げ、日々頓珍漢族に絡まれながら峠を攻め立てているワタクシの青春時代なのだが、時は70年代後半~80年代前半、全国的にオートバイは免許を取らせない・乗らない・買わない、なんてぇ「3ナイ運動」なんてのを、全国的に、殆どの学校でブーム(?)となっていて、何しろオートバイに乗る奴と、バンドを組んでロックをやると「不良」ってレッテルを貼られた、何とも破廉恥な時代である。何なんだよ、「エレキギター禁止」って・・・。スティーヴィー・レイボーンや、ジミ・ヘンドリックスとか、何しろギターの神様に謝ってくれよ、もう。



と、そんな歪んだ時代に青春を送っていたJoe青年。その時代に中型の免許を取る為、中学三年間を終了し、高校へ行く前の春休み、引越しの助手のアルバイトをした。当時の西武運輸である。日給5000円。中学生には大金である。仕事はキツかったが、体力には自信があった若者Joeは、せっせと働き、教習所に行くお金を稼ぎ出したのだった。



そんな怒涛の青春時代、教習所費用を肉体労働で稼ぎ出し、やおら教習所へ勇んで通おうと思った矢先、何となく試験慣れしておこうと決意、府中刑務所…じゃ無かった、府中免許試験場へ。原動機付き自転車免許を取得しに行ったんだ。当然、筆記だけなんで、落ちる要因は何も無いんだが、その日は合格通知を貰って、後日郵送して貰う事にした。当時、即日交付ってのが出来なかったんだよ。なんつぅ昭和的?呑気さである。で、試験場にも、高校生のオートバイ免許取得は、学校に通報します。なんて貼紙がしてあったりしてね。へっバカヤローとか、びくびくしながらも思いつつ、試験官に「何処の学校だ?」なんて聞かれてさ、「あぁ?西武運輸だぁ、社会人ね、一応。」とか答えてました。ワタクシの通うおぼっちゃま学校も、当然ながら、3ナイ運動バリバリでしたからね。



で、一週間ほど経って、無事、免許が送られて来たのだが、そこまで全て親に内緒で活動していたので、内心は何時オヤジにばれるのか心配でびくびくとしていたのだが、その日はまったく唐突に訪れたんだ。



「お、おめぇ単車の免許取ったんだって?」



「いや、これから教習所に行こうかなぁ…と。」



「お?試験所、行ったんじゃ無ぇのか?」



「あ~、行ったよ、ありゃあ原付。」



「おぉ?ナニ?原付ってのぁ何だ?」



「五ン十ccのバイクが乗れる奴だ」



「カブなんか無免許で乗れんだよ。」



「…今は駄目なんだよ、お父さん。」



「おめ、俺ゃあ原付なんざ取った事は無ぇな。まぁいい、そんなチンケな免許じゃ話んなんね。」



「何それ?」



「バイク買って来たんだよ。」



当時、バイクブームもあって、そして類い稀に見る自動二輪大型免許の難関さと来たら…東大に入るより難しいとか、100人受けて1人しか受からんとか、何たってウソ八百のゴタクが打ち並べられていた時代である。中型限定免許で乗れるオートバイも花盛りであった。初期型のRZ250を100ccボアアップした、RZ350が本気で欲しかったが、流石の親父も少し上のワタクシの従兄のアンチャン連中に入れ知恵をされ、RZ350なんか乗せたら即死だとかなんとか煽られ、買って来たバイクが…



イタリアはピアッジオ社の「ヴェスパP200」。



…バイクじゃ無ぇじゃん。



「何おう?200ccだぞ?そこらのカブとは、訳が違うぞ。」



「スクーターだよ、こりゃぁ。こんなモン、格好悪くて乗れるか!」



「てめぇ、その200ccのスクーターっぽっちも乗れないくせによぉ。もういい、もっと格好良くして来てやる。」



あくる日、ヴェスパP200の左脇には、「舟」がくっ付いていました。そうです。サイドカーを付けてしまいました。



「どうだ、この野郎。格好イイだろう?100万円もしやがった。チクショウ。」



何しろ、初代の仮面舞踏会ならぬ、仮面ライダー世代であり、何たって、サイドカーを見事に操るキカイダー世代である。矢も楯もたまらず、格好良かったんである。



「おお、凄ぇ。…何だよ100万円って・・・。」



なんてね、その後、無事に中免(中型自動二輪免許の略)を取得し、そのヴェスパを乗り回すのだが、自転車もオートバイも、二輪の乗り物は、カーブを曲がる時、遠心力に逆らって曲がろうとする為、曲がる方向に車体を傾けて乗るのだが、側車付きはそれが出来ない。左に舟が付いている場合、右折は割とイケる。舟が補助輪代わりに遠心力をある程度、受け止めてくれるのだが、左折は大変である。いとも簡単に舟が浮かんでしまうのだ。舟が浮かぶのは水の上だけにして貰いたいモンである。



実はウチの親父、地元立川やその周辺で悪さばかりしていたので、面が割れているとかで、地元では決して飲まず、必ず新宿で呑んでいた。当時、住んでいたのは八王子という、山梨の手前みたいな所であるから、何しろ高速道路で八王子から車で呑みに行ってしまうんだ。よく母親が送って行っていた事もあった。その仕事がワタクシに回って来ただけの話である。オヤジは当時、110kgの巨漢で、小舟に乗り、65kg~70kg位のワタクシが運転だ。約200kgの人員に対し、ピアッジオ社のヴェスパは200ccである。超ロングストロークの分割給油式2ストローク単気筒。どうやったって70km/h程が最高速度である。おそらく世界で一番悪い環境の、おそらく一番不幸せなヴェスパだったろうなぁ。



ソロでよく高速道路の料金所のオッサンに、「原付は走れないんだよね。」と注意された。2人乗りしていても、たまに止められる始末である。ま、そんな事ぁどうでもイイ。何しろワタクシが学業が本分の身である事を一切無視し、夜中の23時に平気でワタクシを新宿まで呼びだし、大概店に5時頃までいて、帰るってぇ生活を余儀なくされていた。学校で居眠りをしていたのはそのせいである。

当時は単なる道具として酷使された、イタリアの可憐なスクーター、ヴェスパ。その後、ワタクシはスズキのDOHC16バルブTSCCなんてのを売りにしていた400ccを購入し、乗りまわしていたが、相変わらず側車付きヴェスパはオヤジの新宿界隈繁華街直行便として働かされ続けましたとさ。





この歳になって、ヴェスパが素敵だと思う。でも、子供が成人するまでは、オートバイには乗らないと、女房と約束したのだ。親の責任って奴である。だが、その約束には感謝している。あの時、オートバイから降りなければ、子供はいなかっただろうし、自転車にも、ここまでハマる事は無かっただろうしね。



あと7年。そろそろヴェスパを買う為の貯金でも、始めようかね?





アルファロメオも欲しいし、悩ましい限りなんである。確実に、間違いなく、あのオヤジの血を引いているに違いない、マイッタ感覚なのであるよ。





困ったモンだの、不良中年ラプソディーなんである。





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