今回は、至極、個人的な話題なのだ。悪しからずご了承くだされ。
自転車屋の業務ってのは、自転車に纏わる、多くの事をやって然るべき存在でね、こう云っちゃあ何だが、人間的に器用でなければいけないのだと思う。一般的な普通の自転車から、スポーツ車の構造や部品知識、新旧の部品との互換性やら、現行自転車の販売とかね、メカニックやら、接客、営業販売、仕入れ、在庫管理と、忙しいのである。
此処の所、ある程度年数が経っていてね、所謂経年劣化ってヤツで、特にマウンテンバイクのフロントサスペンションの交換等が、立て続けに入ったりしてね、勿論、山を走る人ばかりじゃ無いから、そのユーザーのニーズってのを鑑みながら、想像しながら組んで見る訳だ。
ところで、自転車用のフロントサスペンションってモンはさ、歴史的には浅くってね、1980年代後半に、一部でオートバイ用のを一部改良して取り付けたりしたが、マスプロメーカーが採用したのは1990年代初頭であるんだね。最初の頃は、それでも画期的な事だったんだよ、フロントにサスペンションなんてね。マウンテンバイクも、単純にオフロード走行のみの単純走行から、ダウンヒルや、クロスカントリー、フリーライドとかね、競技の細分化に伴い、自転車の性能も、飛躍的に向上して行ったのだよ。後にリアにもサスペンションが採用され、それこそ紛い物も沢山出回ったのもこの頃だったね。
あれ?90年からいつの間に、20余年経っちゃったんだねぇ、なんてぇボケをかましているかどうかのウチにね、サスペンションは劇的な進化をしていたのだね。しかも廉価になってリリースされている。高価なモノは勿論効果は素晴らしい。洒落ている訳ではないが…。だが、最近の廉価モノも、侮れないし、…いや、むしろ凄さを認めざるを得ないぞ。
俄かにね、我々のオヤジ集団がさ、昔のMTB引っ張り出したりね、それを走れる様にってレストアしたりして、MTB熱が盛り上がりつつあるんだね。ロードレーサーと対極なんだろうが、それはまたそれぞれの面白さが有るからね。
ま、この辺は、合致する部品を発注して、斬った張ったすりゃあね、取り付けが出来る訳なんだが、先日頼まれた、シュウィンのビーチクにカゴを付けてくれってのなんかさ、フロントフォークの径が日本のそれとは違うモンでさ、それこそステーを削る作業をする訳なんだが、結構大変だ。カゴステーとカゴブラケットの取り付け穴を加工する必要があるんだね。…昔の自転車って、この加工系の作業が本当に多かった気がするよ。
他がやらない事を、やるって事。大事なんだと思う。手間暇は、当然だが掛かるぞ。だが、そんな付加価値ってのを出来るかってのが最終的な評価に繋がるのではないかと思うのだ。日本のスタンダードたる、普通自転車ってのはね、単一車種、単一サイズで、何しろ没個性的である。どこぞの国の人民服とか、制服とかみたいに、本当に個性が無い。少しのアイデアと、少しの勇気、そして少しばかりの散財。これだけでグッと良くなったりするのが自転車なんだよね。
自転車がブームとなってね、スポーツ自転車とされるカテゴリーの、中古自転車を取り扱う業者も俄かに増えだした。ま、巷に自転車が溢れると、乗られない自転車も増えるってのもまた必然であってね、特に飽きられてしまった自転車ってのは、雨ざらしで放置されていたりするんだね。アルミの錆は、鉄のそれより性質が悪いからね。腐食が酷いとかね。中古を取り扱う皆さんは、正直にね。そして安全を第一義として欲しいモノであるぞよ。
大体、4~5万円で購入した自転車で、仮に10年というスパンで乗れたとして、車輪やサスペンション(付いていないモノは除く)、ペダル回転軸(BB)等、リニューアルすると、買ったのと同程度、若しくはそれ以上の出費が考えられる。後は持ち主の、その自転車に対する思い入れと価値観に依る所なので、フレームなんかの傷み具合と相談して決定すべきだろうな。
以前、ジドウシャ関連の本で、ジドウシャ評論家の徳大寺 有恒氏が執筆した「間違いだらけのクルマ選び」なんて本が存在したよね。こりゃあ一丁、「間違いだらけの自転車選び」なんてのを、イッチョ執筆してやっか?なんて事も考えたりもするが、これがなかなか難しい。難題なんだい!って感じである。
ま、細かい事は、また次の機会に詳しく書くとして、初めの一歩としてのスポーツ自転車をチョイスするのであれば、どのジャンルも10万円を超える自転車にする事を、強くおススメしておこう。出来ればマウンテンバイクが宜しい。10万円を超えるマウンテンバイクは良く出来ているし、使い勝手が格段に良いし、様々な用途に使える自転車たり得るし、何しろ自転車でこんな事やあんな事が出来るのか!って感激も大きいのであるよ。先ずはこの国にある、マウンテンバイクは子供っぽいってイメージを払拭する事が大事だよね。
今流行りの「クロスバイク」というジャンル。ママチャリから乗り換えた時は、感激もヒトシオなのだ。そりゃあそうだ。たった5万円程出せば、ママチャリの重量の半分の自転車が、これまで経験した事の無い程の自転車の速度に感激するのだよね。でも、4~5万円はメーカーが頑張って出来る最低限だし、何よりも、5万円って価値と、10万円の価値ってのを比較するとさ、簡単に10万円ってのを諦められない人間の心理ってのがあってさ、例えば、自転車に乗り続けるのが嫌になったなんてぇ時、5万円だったら、何となく、まぁイイか?元は取った(?)し。なんてね。放っぽらかしたりしてね。ところが翻って10万円のシロモノであると、勿体無くてやめられないんだよねぇ。ま、あくまでも一般的な庶民感覚の10万円だからね、10万円の価値が低い人は対象外なんである。
ま、ポルシェに乗って店に横付けして、電動アシスト自転車の価格に細かい事を…なんてぇ面白い話も、時として起こったりする訳でね・・・。
本質的にはどれだけ自転車に思い入れを抱けるかどうかって問題なんだと思うぞ。
仕事を愉しむ。これ大事。
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自轉車家である。
日々の喧騒の中、社会のよしなし事を、
サドルの上で考えた。そんなブログである。
自轉車家だが、あまり自轉車ネタは無い。
たまにはある。
そんな内容である。
文が長いぞ。心して読んでくれたまえ。。。
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2011年6月27日月曜日
2011年6月18日土曜日
一筋縄には、行かないねぇ…
今年も、様々な方面にご迷惑をお掛けしながら開催の運びとなった宮古島ロードレース参加。毎年このイベントに参加するに当たり、全く、ノントラブルで事が運ぶ事が無いのは何故なのだろう。昨年は運送会社の手違いで先に送った自転車がレース開催日に、現地に届かず、急遽代わりの自転車を人力で輪行したり、参加メンバーが落車骨折したり…今年は参加予定だったスタッフが急性の盲腸になったりと…何だかヤだなぁ。
ま、そんな話はどうでもイイ。なんとなくだが、今回は自転車と云う乗り物の存在価値って云うか…ま、そんなに大げさな事ではなかろうが、そんな話だ。
自転車って乗り物はさ、日本では本っ当にフレンドリーな乗り物だが、圧倒的に興味の無い乗り物の一つなのだろうと感じているんだ。日本固有種の自転車ね。でも、何故、ブリヂストンという会社が、ある意味儲からず、面倒な自転車部門を経営し続けるのか?なんて疑問を、私なりに考察してみようと思う。
さて、ブリヂストンサイクルという自転車の会社は、ブリヂストンタイヤとは別会社である。タイヤにおけるシェアは、世界規模であり、世界基準の一つにもなっていて、高級外国自動車や、F1といったモータースポーツやオートバイ、トラック関連の巨大タイヤメーカーだ。…でも、何故か自転車のタイヤは作っていない。
ブリヂストンサイクルは、巨大なブリヂストングループの会社ではあるが、タイヤとは全くの別会社であるんだね。日本の自転車事情ってのは世界的に見ても、かなり稀な仕組みを持っていてね、何しろ日本国内のみで使用される、いわば、門外不出品なんだよね。ま、世界のどのマーケットに持って行っても、全く相手にされない、類い稀な自転車、それが日本式婦人車・軽快車なるモノなのだね。
では何故、ブリヂストンを始め、日本の自転車メーカー各社は、所謂「日本式自転車」の製造販売に固執するのであろうか?1970年代の高度経済成長から始まった日本の経済成長、それ以前は自転車も高額で、一般の庶民が自転車を購入するという感覚が無かったんである。で、そんな高度経済成長期に冷蔵庫や洗濯機、テレビ等々、豊かさの象徴として一般市民が手に入れる様になったんだね。自転車ってモンも、当時、一部のマニア向け商品は存在していたが、より生活に密着した乗り物ってのを、どのメーカーも生産し続け、庶民的な万人向けの商品開発が成されていったのだ。最大の落とし穴に気付いていながら…
最大の落とし穴とは、その頃に時限立法だった筈の、自転車を歩道に追いやり、歩行者を危険にさらしながら、ジドウシャ優先の道路インフラを政策として、40年も経過した現在も、こんな状況が続いているって事がおかしな話でね、そんな歩道走行車というお題目を原点に、自転車を作る羽目になったのは、残念でならないと思うのだ。これらの自転車の誕生により、日本の自転車は、長距離移動と云う名の翼をもがれてしまったのであるよ。自転車メーカーの目論みも見え隠れするんだね。
自転車メーカーと、その親会社、例えばブリヂストンが、自転車関連事業を継続させる理由の一つに、人が一番最初に接触するであろう乗り物は、自転車であろう、そして人生の終わり間際までブリヂストンの製品が使われる事になると想定されているそうである。
3輪車や、補助付き幼児自転車の、幼児用遊具から→少年少女用自転車→通学用軽快車→スポーツ自転車→オートバイ→ジドウシャ→ゴルフ道具→寝具→電動アシスト自転車→セニアカー→等々…
順序や、用、不用、ある無しの事柄は人それぞれだろうが、その一つ一つに係わろうって考え方なのだそうだ。おそらくパナソニックも電気産業であるが、自転車に関する事で云うと、それに近いモノが有るのだろうね。
先日、お店に、パナソニックサイクルテックの、電動アシスト自転車の子供2名同時同乗自転車が発売された。初回入荷自転車は直ぐに売れてしまい、新型であるリアチャイルドシートがオプショナルなのだが、本当に安全という事に過剰なほど配慮がなされている。巨大メーカーが、それこそ責任を負うって事は、モノづくりの上では、至極当然の話なのであろうよ。
ジドウシャの世界もそうだと思うが、現在の自動車販売の主流は、その殆どがミニバンと呼ばれるスタイルのジドウシャであるのだそうだ。ワンボックスやステーションワゴンといった形の違いこそあれ、殆ど外見などの見分けが付き難くなっている様に思えるんだ。昔のジドウシャはもう少し個性的であったと思うし、スポーツカー的ジャンルが確かにあった筈なんだが…。
この現象は、日本の自転車を、ママチャリ一辺倒にしてしまった状況に酷似している様に思えてならないんだ。没個性、銀色が多くて、メーカーが何処だかは、見た目だけでは解らないってね。
可能な限りの安全性、メーカーの配慮による所が多いんだが、カタログなんかはね、もうゴチャゴチャと細かく書き綴って、かえって解りにくくしているなんてぇ事も少なからずあるね。例えば、メーカーオプションでほぼ同一車種なのに、片方にはカゴが付くのに、片方には不可としていたり…。
自転車って乗り物はね、乗り手の技術や考え方ってのが、とても大切な自己責任を以てして操作し得る乗り物でね、この辺りがハイレベルな乗り物なんだと認識しているんだが、残念ながら、現状の日本の自転車事情はね、言葉は悪いが、「キ○ガイに刃物」ってのも乱暴な云い回しだが、そう表現せざるを得ない程の自転車への認識なんである。
ただ、本当に、少しづつではあるが、変化しつつある。千葉市で公募した、自転車レーン設置に対する事前実走調査ってのにも応募してみた。案内を送るって返信が来たので、参加出来たら、色々な角度から提言をしてみたいと思う。どれだけ反映されるのかは、定かではないが…。
すまん、最近、文章がまとまらないのだ。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
ま、そんな話はどうでもイイ。なんとなくだが、今回は自転車と云う乗り物の存在価値って云うか…ま、そんなに大げさな事ではなかろうが、そんな話だ。
自転車って乗り物はさ、日本では本っ当にフレンドリーな乗り物だが、圧倒的に興味の無い乗り物の一つなのだろうと感じているんだ。日本固有種の自転車ね。でも、何故、ブリヂストンという会社が、ある意味儲からず、面倒な自転車部門を経営し続けるのか?なんて疑問を、私なりに考察してみようと思う。
さて、ブリヂストンサイクルという自転車の会社は、ブリヂストンタイヤとは別会社である。タイヤにおけるシェアは、世界規模であり、世界基準の一つにもなっていて、高級外国自動車や、F1といったモータースポーツやオートバイ、トラック関連の巨大タイヤメーカーだ。…でも、何故か自転車のタイヤは作っていない。
ブリヂストンサイクルは、巨大なブリヂストングループの会社ではあるが、タイヤとは全くの別会社であるんだね。日本の自転車事情ってのは世界的に見ても、かなり稀な仕組みを持っていてね、何しろ日本国内のみで使用される、いわば、門外不出品なんだよね。ま、世界のどのマーケットに持って行っても、全く相手にされない、類い稀な自転車、それが日本式婦人車・軽快車なるモノなのだね。
では何故、ブリヂストンを始め、日本の自転車メーカー各社は、所謂「日本式自転車」の製造販売に固執するのであろうか?1970年代の高度経済成長から始まった日本の経済成長、それ以前は自転車も高額で、一般の庶民が自転車を購入するという感覚が無かったんである。で、そんな高度経済成長期に冷蔵庫や洗濯機、テレビ等々、豊かさの象徴として一般市民が手に入れる様になったんだね。自転車ってモンも、当時、一部のマニア向け商品は存在していたが、より生活に密着した乗り物ってのを、どのメーカーも生産し続け、庶民的な万人向けの商品開発が成されていったのだ。最大の落とし穴に気付いていながら…
最大の落とし穴とは、その頃に時限立法だった筈の、自転車を歩道に追いやり、歩行者を危険にさらしながら、ジドウシャ優先の道路インフラを政策として、40年も経過した現在も、こんな状況が続いているって事がおかしな話でね、そんな歩道走行車というお題目を原点に、自転車を作る羽目になったのは、残念でならないと思うのだ。これらの自転車の誕生により、日本の自転車は、長距離移動と云う名の翼をもがれてしまったのであるよ。自転車メーカーの目論みも見え隠れするんだね。
自転車メーカーと、その親会社、例えばブリヂストンが、自転車関連事業を継続させる理由の一つに、人が一番最初に接触するであろう乗り物は、自転車であろう、そして人生の終わり間際までブリヂストンの製品が使われる事になると想定されているそうである。
3輪車や、補助付き幼児自転車の、幼児用遊具から→少年少女用自転車→通学用軽快車→スポーツ自転車→オートバイ→ジドウシャ→ゴルフ道具→寝具→電動アシスト自転車→セニアカー→等々…
順序や、用、不用、ある無しの事柄は人それぞれだろうが、その一つ一つに係わろうって考え方なのだそうだ。おそらくパナソニックも電気産業であるが、自転車に関する事で云うと、それに近いモノが有るのだろうね。
先日、お店に、パナソニックサイクルテックの、電動アシスト自転車の子供2名同時同乗自転車が発売された。初回入荷自転車は直ぐに売れてしまい、新型であるリアチャイルドシートがオプショナルなのだが、本当に安全という事に過剰なほど配慮がなされている。巨大メーカーが、それこそ責任を負うって事は、モノづくりの上では、至極当然の話なのであろうよ。
ジドウシャの世界もそうだと思うが、現在の自動車販売の主流は、その殆どがミニバンと呼ばれるスタイルのジドウシャであるのだそうだ。ワンボックスやステーションワゴンといった形の違いこそあれ、殆ど外見などの見分けが付き難くなっている様に思えるんだ。昔のジドウシャはもう少し個性的であったと思うし、スポーツカー的ジャンルが確かにあった筈なんだが…。
この現象は、日本の自転車を、ママチャリ一辺倒にしてしまった状況に酷似している様に思えてならないんだ。没個性、銀色が多くて、メーカーが何処だかは、見た目だけでは解らないってね。
可能な限りの安全性、メーカーの配慮による所が多いんだが、カタログなんかはね、もうゴチャゴチャと細かく書き綴って、かえって解りにくくしているなんてぇ事も少なからずあるね。例えば、メーカーオプションでほぼ同一車種なのに、片方にはカゴが付くのに、片方には不可としていたり…。
自転車って乗り物はね、乗り手の技術や考え方ってのが、とても大切な自己責任を以てして操作し得る乗り物でね、この辺りがハイレベルな乗り物なんだと認識しているんだが、残念ながら、現状の日本の自転車事情はね、言葉は悪いが、「キ○ガイに刃物」ってのも乱暴な云い回しだが、そう表現せざるを得ない程の自転車への認識なんである。
ただ、本当に、少しづつではあるが、変化しつつある。千葉市で公募した、自転車レーン設置に対する事前実走調査ってのにも応募してみた。案内を送るって返信が来たので、参加出来たら、色々な角度から提言をしてみたいと思う。どれだけ反映されるのかは、定かではないが…。
すまん、最近、文章がまとまらないのだ。
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2011年6月5日日曜日
忌野清志郎という男
忌野清志郎という男
俺達の青春時代、なんて書く事も気が引けるほどの、だが、確実にあった時代に、忌野清志郎率いるRCサクセションというバンドが、確かに存在した。ま、若き頃、ロックって奴ぁ、大体が反体制的セリフとエネルギーでもって、表現をしていたんでさ、いろんなイデオロギーが錯綜して、破壊的なものや、平和主義とかね、実に様々なバンドが存在し、思い思いに音をかき鳴らしていた時代って感じ。
初期のRCは、バリバリのフォークバンドでね、何しろ弟が熱狂的に聴いていたから、最初はヘンテコなバンドのうちの一つだなぁ、なんて、遠巻きに見ていた位の存在だったんだがね、清志郎は当時珍しかった化粧をしてね、ビジュアルと、あの例の、特徴のある声だ。若い頃は国立に住んでいたなんて事でね、多摩蘭坂なんてぇ、子供の頃からお馴染みの坂の名前が、歌詞に出て来たりしてさ。何しろ弟のラジカセからは、RCの曲が鳴り響いていたんだよ。だから殆どの曲を知っているって感じであったよね。
やはりガンガンのロックバンドってイメージだったRCサクセションの、初期のレコードをある時、聴いて、衝撃を受けたかな。高校時代なんて、スカシて洋楽のロックや、ジャズ、フュージョンなんてのを好んで聴いていてさ、あまり邦楽のロックや歌謡曲ってのを聴かなかったんだな。ただ、大学へ行ってね、憂歌団という浪速のブルースバンドにヤラレたね。完全にヤラレた。憂歌団は全部聴いたし、買ったし、国立のリバプールっていうライブハウス、俺達がバンドの真似事をしている様な酷い有様の、バンドなんて云えないヤツ等にも貸してくれる様なライブハウスでさ、憂歌団のライブなんかやっていたんだよ。勿論、大きなホールでもやっていて、いろいろ云ったけど、ヴォーカルの木村さんが、ストレートのバーボンをキューッってやりながら唄っていたシーンは未だに印象深いのだよ。若い頃に、オヤジっぽい所作だよな。格好イイオヤジになりたかったガキだったのだろう。そんな頃かな。初期のRCにグッと来たのはね。
上田正樹なんか、歌謡曲っぽくヒットした曲なんて全然聴かなかったのに、誰も知らない上田正樹と有山淳司とかのセッションユニットは好きで聴いていた。とっても素敵なブルースである。
以来、忌野清志郎って人が大好きなんだがね、今回は、この忌野清志郎って人、特にこのネーミングにスポットを当てて見ようと思うんだ。
以前、忌野清志郎が、テレビに出た時に、名前の由来ってのを尋ねられてさ、清志郎はシャイだから、あまり多くは語らないんだけど、子供の頃見ていたマイティーハーキュリーってアメリカのアニメ番組でね、日本語でナレーションが当ててあってさ、ハーキュリーの敵役の鉄仮面の登場の際、
「あの忌々しい鉄仮面が登場しました!」
って件が格好良かったんで・・・って云っていた事があって、そうなっているのだそうだが、本当は違うと感じているので、身勝手な持論を展開してみようと思う。
忌野清志郎って名前。今でこそ全国区であるが、当時の、世の中の反応は、当然の事ながら、宜しくは思われていませんでしたぜ。当然だがね。何しろ、今際の際にってヤツだ。死に際とか、臨終とかの意味でね忌み嫌うとか、人の死後、親近者が暫くの間家に慎みこもる事などを意味する字である。
因みに本名は栗原清志である。
この「忌」という字であるが、大辞泉によると・・・
1 (忌む)呪術的な信仰などから、不吉なものとして避ける。禁忌とする。
「葬式は友引の日を―・む」「宗教上、肉食を―・む」
嫌って、避ける。「革新を―・む」「退屈を―・む」
2 (斎む)身を清め、慎んでけがれを避ける。
嫌われがちな代表とも云える文字なのだがね、この忌ってヤツは実に奥が深いと思うんだ。人の死ってのを表すと云っても良い程の字である「忌」、さて、人が死ぬって事は、その人生をお仕舞いにするって事で、全ての人に平等に訪れる現実。この「忌」って字を分解すると、己の心なんだよね。そう。人間ってさ、生きて行くうちに、様々な社会のシガラミなんかでさ、所謂「ヨゴレ」な人間になって行く訳でさ、この忌まわしいなんて言葉ってのは、その言葉を使う人間の心の汚さってのを、表現しているんだと思うんだよ。葬式なんかでね、故人を偲ぶって事で、忌ってのは、なるほど妙に合点が行くではないか。己の汚れた心を浄化し、浄土へと手向ける儀式である葬式。身を清め、謹んでけがれを避ける、なんてある様に、人にとって大切な事柄を表しているんだよね。
この人間の生業を歌にロックに伝え、人々にメッセージを送る人間としての「忌」である。
次に「野」って字である。大辞泉によると・・・
1 自然のままの広い平らな地。のはら。「―に咲く花」「―にも山にも若葉が茂る」
2 広々とした田畑。のら。「朝早くから―に出て働く」
3 動植物を表す名詞の上に付いて、そのものが野生のものであることを表す。「―うさぎ」「―ばら」
4 人を表す名詞の上に付いて、粗野であるという意で卑しめる気持ちを表す。「―幇間(だいこ)」「―育ち」
どうだい?野ってのはさ、地球って事だよね。自然のままの広い平らな地って有るがね、ま、人類の多くが安住の地とすべく移動した「野」である。そのものが野性のモノってのも興味深いよね。
忌野ってのは、地球上の人類にメッセージを伝えに来たメッセンジャーである。なんて思っている。
清志郎、本名が清志だからね、清志郎ってのでは、あまりにも短絡的過ぎるよね。で、此処でもやはり持論を展開する事としよう。
清いってのはもう読んで字の如しである。大辞泉によると・・・
1 よごれ・にごり・くもりなどがなく美しい。「谷川の―・い流れ」「月が―・く澄み渡る」
2 心に不純なところがない。清廉潔白である。「―・い関係」「―・き一票」
3 態度がきっぱりしていさぎよい。思いきりがよい。「―・く別れる」
4 (「聖い」とも書く)おかしがたい雰囲気である。神聖である。「―・しこの夜」
と云った所で、やはり淀みの無い、なんてのがそうだね。そして「志」。
1 ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。
「―を遂げる」「事、―と異なる」「―を同じくする」「青雲の―を抱く」
心の持ち方。信念。志操。「―を高く保つ」
2 相手のためを思う気持ち。厚意。「―を無にする」「お―はありがたいが、辞退します」
3 謝意や好意などを表すために贈る金品。「ほんの―ですが、御笑納ください」
香典返しや法事の引き出物、僧への布施の包みの表に書く語。→寸志
4 心を集中すること。注意。
5 相手を慕う気持ち。愛情。
6 死者の追善供養。
そして「郎」という字である。
1 男子。特に、年若い男子。若者。
2 女性から夫、または情夫をさしていう語。郎君。
3 中国の官名。侍郎・尚書郎などの総称。
[接尾]数を表す語、またはそれに準じる語に付く。
1 一族あるいは一家の中で、男の子の生まれた順序に従い、男子の名前をつくる。「一―」「次―」
2 男女の別なく、子供の生まれた順序を示す語として用いる。
さて、清く正しく生まれ志に於いて、人の為を思う、郎であるから男だよね。ふむ。人が生きて行く上で必ず訪れる「死」という現象、そこへ到達するまでの過程を、如実に表した唯一無二の名前、それが…
忌野清志郎 という名前の持つ意味だと、甚だ勝手乍ら、解釈致しました。
この人の歌には、愛が溢れているんだ。
同じ時代に生きられた偶然に、感謝をしているぞ。
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俺達の青春時代、なんて書く事も気が引けるほどの、だが、確実にあった時代に、忌野清志郎率いるRCサクセションというバンドが、確かに存在した。ま、若き頃、ロックって奴ぁ、大体が反体制的セリフとエネルギーでもって、表現をしていたんでさ、いろんなイデオロギーが錯綜して、破壊的なものや、平和主義とかね、実に様々なバンドが存在し、思い思いに音をかき鳴らしていた時代って感じ。
初期のRCは、バリバリのフォークバンドでね、何しろ弟が熱狂的に聴いていたから、最初はヘンテコなバンドのうちの一つだなぁ、なんて、遠巻きに見ていた位の存在だったんだがね、清志郎は当時珍しかった化粧をしてね、ビジュアルと、あの例の、特徴のある声だ。若い頃は国立に住んでいたなんて事でね、多摩蘭坂なんてぇ、子供の頃からお馴染みの坂の名前が、歌詞に出て来たりしてさ。何しろ弟のラジカセからは、RCの曲が鳴り響いていたんだよ。だから殆どの曲を知っているって感じであったよね。
やはりガンガンのロックバンドってイメージだったRCサクセションの、初期のレコードをある時、聴いて、衝撃を受けたかな。高校時代なんて、スカシて洋楽のロックや、ジャズ、フュージョンなんてのを好んで聴いていてさ、あまり邦楽のロックや歌謡曲ってのを聴かなかったんだな。ただ、大学へ行ってね、憂歌団という浪速のブルースバンドにヤラレたね。完全にヤラレた。憂歌団は全部聴いたし、買ったし、国立のリバプールっていうライブハウス、俺達がバンドの真似事をしている様な酷い有様の、バンドなんて云えないヤツ等にも貸してくれる様なライブハウスでさ、憂歌団のライブなんかやっていたんだよ。勿論、大きなホールでもやっていて、いろいろ云ったけど、ヴォーカルの木村さんが、ストレートのバーボンをキューッってやりながら唄っていたシーンは未だに印象深いのだよ。若い頃に、オヤジっぽい所作だよな。格好イイオヤジになりたかったガキだったのだろう。そんな頃かな。初期のRCにグッと来たのはね。
上田正樹なんか、歌謡曲っぽくヒットした曲なんて全然聴かなかったのに、誰も知らない上田正樹と有山淳司とかのセッションユニットは好きで聴いていた。とっても素敵なブルースである。
以来、忌野清志郎って人が大好きなんだがね、今回は、この忌野清志郎って人、特にこのネーミングにスポットを当てて見ようと思うんだ。
以前、忌野清志郎が、テレビに出た時に、名前の由来ってのを尋ねられてさ、清志郎はシャイだから、あまり多くは語らないんだけど、子供の頃見ていたマイティーハーキュリーってアメリカのアニメ番組でね、日本語でナレーションが当ててあってさ、ハーキュリーの敵役の鉄仮面の登場の際、
「あの忌々しい鉄仮面が登場しました!」
って件が格好良かったんで・・・って云っていた事があって、そうなっているのだそうだが、本当は違うと感じているので、身勝手な持論を展開してみようと思う。
忌野清志郎って名前。今でこそ全国区であるが、当時の、世の中の反応は、当然の事ながら、宜しくは思われていませんでしたぜ。当然だがね。何しろ、今際の際にってヤツだ。死に際とか、臨終とかの意味でね忌み嫌うとか、人の死後、親近者が暫くの間家に慎みこもる事などを意味する字である。
因みに本名は栗原清志である。
この「忌」という字であるが、大辞泉によると・・・
1 (忌む)呪術的な信仰などから、不吉なものとして避ける。禁忌とする。
「葬式は友引の日を―・む」「宗教上、肉食を―・む」
嫌って、避ける。「革新を―・む」「退屈を―・む」
2 (斎む)身を清め、慎んでけがれを避ける。
嫌われがちな代表とも云える文字なのだがね、この忌ってヤツは実に奥が深いと思うんだ。人の死ってのを表すと云っても良い程の字である「忌」、さて、人が死ぬって事は、その人生をお仕舞いにするって事で、全ての人に平等に訪れる現実。この「忌」って字を分解すると、己の心なんだよね。そう。人間ってさ、生きて行くうちに、様々な社会のシガラミなんかでさ、所謂「ヨゴレ」な人間になって行く訳でさ、この忌まわしいなんて言葉ってのは、その言葉を使う人間の心の汚さってのを、表現しているんだと思うんだよ。葬式なんかでね、故人を偲ぶって事で、忌ってのは、なるほど妙に合点が行くではないか。己の汚れた心を浄化し、浄土へと手向ける儀式である葬式。身を清め、謹んでけがれを避ける、なんてある様に、人にとって大切な事柄を表しているんだよね。
この人間の生業を歌にロックに伝え、人々にメッセージを送る人間としての「忌」である。
次に「野」って字である。大辞泉によると・・・
1 自然のままの広い平らな地。のはら。「―に咲く花」「―にも山にも若葉が茂る」
2 広々とした田畑。のら。「朝早くから―に出て働く」
3 動植物を表す名詞の上に付いて、そのものが野生のものであることを表す。「―うさぎ」「―ばら」
4 人を表す名詞の上に付いて、粗野であるという意で卑しめる気持ちを表す。「―幇間(だいこ)」「―育ち」
どうだい?野ってのはさ、地球って事だよね。自然のままの広い平らな地って有るがね、ま、人類の多くが安住の地とすべく移動した「野」である。そのものが野性のモノってのも興味深いよね。
忌野ってのは、地球上の人類にメッセージを伝えに来たメッセンジャーである。なんて思っている。
清志郎、本名が清志だからね、清志郎ってのでは、あまりにも短絡的過ぎるよね。で、此処でもやはり持論を展開する事としよう。
清いってのはもう読んで字の如しである。大辞泉によると・・・
1 よごれ・にごり・くもりなどがなく美しい。「谷川の―・い流れ」「月が―・く澄み渡る」
2 心に不純なところがない。清廉潔白である。「―・い関係」「―・き一票」
3 態度がきっぱりしていさぎよい。思いきりがよい。「―・く別れる」
4 (「聖い」とも書く)おかしがたい雰囲気である。神聖である。「―・しこの夜」
と云った所で、やはり淀みの無い、なんてのがそうだね。そして「志」。
1 ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。
「―を遂げる」「事、―と異なる」「―を同じくする」「青雲の―を抱く」
心の持ち方。信念。志操。「―を高く保つ」
2 相手のためを思う気持ち。厚意。「―を無にする」「お―はありがたいが、辞退します」
3 謝意や好意などを表すために贈る金品。「ほんの―ですが、御笑納ください」
香典返しや法事の引き出物、僧への布施の包みの表に書く語。→寸志
4 心を集中すること。注意。
5 相手を慕う気持ち。愛情。
6 死者の追善供養。
そして「郎」という字である。
1 男子。特に、年若い男子。若者。
2 女性から夫、または情夫をさしていう語。郎君。
3 中国の官名。侍郎・尚書郎などの総称。
[接尾]数を表す語、またはそれに準じる語に付く。
1 一族あるいは一家の中で、男の子の生まれた順序に従い、男子の名前をつくる。「一―」「次―」
2 男女の別なく、子供の生まれた順序を示す語として用いる。
さて、清く正しく生まれ志に於いて、人の為を思う、郎であるから男だよね。ふむ。人が生きて行く上で必ず訪れる「死」という現象、そこへ到達するまでの過程を、如実に表した唯一無二の名前、それが…
忌野清志郎 という名前の持つ意味だと、甚だ勝手乍ら、解釈致しました。
この人の歌には、愛が溢れているんだ。
同じ時代に生きられた偶然に、感謝をしているぞ。
「自轉車家ジョーのメールマガジン」
http://www.melma.com/backnumber_186028/
2011年5月22日日曜日
心のデトックス
自轉車家…いやいや、自転車屋さんってのはさ、通常の人々のお休みにあたる、土日祭日が忙しい。当たり前なんだが、そうなんである。だから、自転車が好きで、乗る機会を増やしたいなぁ、なんて思ってはいるモノの、朝夕の通勤時間以外、自転車に乗る暇が無いのが、慣例である。
休めても大概平日のローテーションで、しかも店自体は営業したりしているから、なかなか平日休みで、自転車好きな筈のスタッフ同士で出掛けるといった事もままならないのが現状なんであるよね。
自転車屋さんが、置かれている環境ってのが、俄かに変って来ていると思う。以前にも書いた記憶が有るんだが、自転車屋さんが、自転車を売っているだけの、云わば普遍的な当たり前って事でまかり通って来た時代があったってのも、一方での事実。ロードレース関連の自転車イベントに参加するってのも然りだし、確固たる目標であっても、それは良かろう。ただ、扱う自転車は、何もロードレースばかりでは無い。クロスバイクなり、マウンテンバイクだってある。
そりゃあ、全部に答えるってのも大変であるよ。だけど、一年をいくつかに分けて、年に1度位、お客さんの為に、土日に店を休んで、大いに遊ぼう、なんてのも出来たら素晴らしいではないか。
で、お店が全店的に臨時休業となる5月18日、そんなイベント開催の、大いなる下見をしに行こうって話がまことしやかに推し進められ、これも、参加者たったの3名ではあったのだが、バーベキュー場やコテージも併設されていて、自転車的には関係無いが、何とディスクゴルフコース(フリスビーを使用してプレーするゴルフ)もあって、個人的に、大いにテンションが上がった。その場所とは・・・
埼玉県青少年総合野外活動センターMTBコース。県の施設だから、何ともショッパイ雰囲気たっぷりのネーミングだが、ショッパイのはネーミングのみで、流石は県営の自然の森、良く整備をされているのだ。駐車場にバンを止め、少し下って受付のある総合センターへ。…そうは云っても、相当クルマで登って来た感は有る。狭い道をズンズンとね。らしおテンションマックスで、チョッとウザい。
「すいませーん。マウンテンバイクやりにきたんですが。」
なんてね、ベタに声掛けたりしてさ、受付を済ませ、利用料を聞いてビックリ!
「おひとり様、50円です。」
だってよ。思わず、
「お!俺様が奢ってやる!ぶはは!」
って云っちゃったもの。
で、コースのレクチャーを係のお姉さんが、親切に教えてくれた。初級コースと上級コース、上級は何やらアップダウンが激しいんだそうだ。不安そうな今回参加者の紅一点SZYさんが不安げな表情。マウンテンコース走行は初めてと云う。大丈夫大丈夫。と、一番説得力の無い俺様と二番目に説得力の無いらしおが連呼する。SZYさん、更に不安げ。
ともあれ、早速コースに出発である。親切に要所要所にコース立て看板があり、チョッとした広場的なコースに、足慣らし的アップダウンコースを作ってあり、そこでも結構面白い。実際SZYさん、下って登っての変速が間に合わず、登れず足を着いて、そのまま後ろに倒れ込んじゃった。
「ああ、難しい。無理かも。」SZYさん。
「大丈夫大丈夫大丈夫。わははは。」と2人。テンションマックス。2人。ウザい。2人。
その広場含め、初級2km、上級2.5kmの周回コース。そんなに構えず、だが、山間に絶妙なコース設定なので、かなり面白い。一週目で無理っぽいって弱気だったSZYさんも、コースの全体像を把握出来るや否や、マウンテン初心者とは思えぬ下りのスピードである。らしお曰く、自転車部の新人の男の子がビビって普通行けないってのが殆どだけど、SZYさん凄ぇや。だそうである。SZYさんの運動神経とか、反射神経とかが、素晴らしいのだろうね。らしおは流石に綺麗に乗るね。持ち込んだのはスペインのオルベア社のMTB、XC仕様である。超軽量だ。SZYさんはルイガノのXC仕様車。俺様はデブだから、ノルコの…何用だ?こりゃ?デブ用か?ま、無茶しても壊れそうもない仕様ってヤツかな?
何本か走って、息も絶え絶え、なんて所で少し早目の昼食タイムである。そこで自分のノルコの異変に気付く。
「ぅお?リアハブがガッタガタやん!?だっせぇ!」
そう云えば、ノルコ組んだ時、大体はそうなるのだが、278の、お店在庫の部品優先で組むから、有るモノ出たとこ勝負なんだね。で、XTRハブと、シマノ安ハブとがあってね、XTRは高いから、シマノの安ハブ(デオーレですら無い)にしたんだ。フロントはXTの20mmスルーアクスル仕様だから、当たり前だが、びくともしない。ハブコーンレンチも無いから、そのままガンガン走る事にした。壊れたら編み変えようっと。ってなモンである。
そこでテンションが少し落ちた俺様であるが、やっぱりモノの価値ってのはこんな所に如実に出るんである。そりゃあそうだよなぁ。ただ、ヨースケに譲って貰った、ストロークの長いマルゾッキの重たいサスペンションと相俟って、下り系は凄く調子がイイ自転車だって事を再認識出来た事は収穫である。…登りは向いていないがね。マッタク向いていない。…イインダヨ、どうせ坂道は、おっぺしゃあイイんだから。
昼食後、SZYさんは少し休憩で、クルマに残り、らしおと俺様は再びコースへ。上級コース立て続けに2周したら、流石に足に来た。らしおも来たってから、結構なコースなんだろうな。で、SZYさんを交え、更にコースを走る。走る。走る。
たっぷりと心と体をデトックスして、リフレッシュ。でも体中汗みどろ。件の山を下ると、受付のお姉さん推薦の(?)武甲温泉へ。残念ながら混浴では無かったが、なかなか良い泉質で、満足満足。風呂を上がって、ビールを呑んでいる人々を、本っ当に羨ましく思いつつ、一路千葉へ。行きも帰りも運転手だ。だって俺様が運転した方が一番安全だろ?らしおはらしおだし、SZYは女性だし…俺様、何故か女性にジドウシャを運転させて、横に乗ったりするのがあまり好きではないのだ。昔から。ま、昔は職業運転手、昔取った杵柄で、それもよかろう。
皆で、沖縄料理を食おうと思い店を回るも、一件は一杯で入れず、一件はいつの間にかつぶれていて無いし…仕方が無いから、近所の、最近うどん屋だった所が、蕎麦屋と居酒屋も同居した様な店に落ち付き、せっかくだから、誰かに自慢話をしようと、暇そうな人に連絡しその中、今回のマウンテンに行きたがっていたが、平日で普通に行けなかったおしょうを呼びよせ、たっぷりと自慢話をして帰る。おしょう、ありがとう。
翌日、出勤し、少し空いた時間を見計らい、リアハブをOH。玉押しもベアリングも無事で、まだ使えそうだ。ただ、シマノのグリスがデロデロだったから、スーパーグリースでグリスアップして、素晴らしい回転になったから、ホイールの振れ取って、センターを出して、また使う事にした。
満腹満腹。よし、皆で行ける企画をしよう。キャンプOK、BBQ OK。
お店でこれを企画、実行して行く事が、今後は大切なんだと思う。山を走ってナンボのマウンテンバイクである。
どうだい?愉しそうだろう?
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休めても大概平日のローテーションで、しかも店自体は営業したりしているから、なかなか平日休みで、自転車好きな筈のスタッフ同士で出掛けるといった事もままならないのが現状なんであるよね。
自転車屋さんが、置かれている環境ってのが、俄かに変って来ていると思う。以前にも書いた記憶が有るんだが、自転車屋さんが、自転車を売っているだけの、云わば普遍的な当たり前って事でまかり通って来た時代があったってのも、一方での事実。ロードレース関連の自転車イベントに参加するってのも然りだし、確固たる目標であっても、それは良かろう。ただ、扱う自転車は、何もロードレースばかりでは無い。クロスバイクなり、マウンテンバイクだってある。
そりゃあ、全部に答えるってのも大変であるよ。だけど、一年をいくつかに分けて、年に1度位、お客さんの為に、土日に店を休んで、大いに遊ぼう、なんてのも出来たら素晴らしいではないか。
で、お店が全店的に臨時休業となる5月18日、そんなイベント開催の、大いなる下見をしに行こうって話がまことしやかに推し進められ、これも、参加者たったの3名ではあったのだが、バーベキュー場やコテージも併設されていて、自転車的には関係無いが、何とディスクゴルフコース(フリスビーを使用してプレーするゴルフ)もあって、個人的に、大いにテンションが上がった。その場所とは・・・
埼玉県青少年総合野外活動センターMTBコース。県の施設だから、何ともショッパイ雰囲気たっぷりのネーミングだが、ショッパイのはネーミングのみで、流石は県営の自然の森、良く整備をされているのだ。駐車場にバンを止め、少し下って受付のある総合センターへ。…そうは云っても、相当クルマで登って来た感は有る。狭い道をズンズンとね。らしおテンションマックスで、チョッとウザい。
「すいませーん。マウンテンバイクやりにきたんですが。」
なんてね、ベタに声掛けたりしてさ、受付を済ませ、利用料を聞いてビックリ!
「おひとり様、50円です。」
だってよ。思わず、
「お!俺様が奢ってやる!ぶはは!」
って云っちゃったもの。
で、コースのレクチャーを係のお姉さんが、親切に教えてくれた。初級コースと上級コース、上級は何やらアップダウンが激しいんだそうだ。不安そうな今回参加者の紅一点SZYさんが不安げな表情。マウンテンコース走行は初めてと云う。大丈夫大丈夫。と、一番説得力の無い俺様と二番目に説得力の無いらしおが連呼する。SZYさん、更に不安げ。
ともあれ、早速コースに出発である。親切に要所要所にコース立て看板があり、チョッとした広場的なコースに、足慣らし的アップダウンコースを作ってあり、そこでも結構面白い。実際SZYさん、下って登っての変速が間に合わず、登れず足を着いて、そのまま後ろに倒れ込んじゃった。
「ああ、難しい。無理かも。」SZYさん。
「大丈夫大丈夫大丈夫。わははは。」と2人。テンションマックス。2人。ウザい。2人。
その広場含め、初級2km、上級2.5kmの周回コース。そんなに構えず、だが、山間に絶妙なコース設定なので、かなり面白い。一週目で無理っぽいって弱気だったSZYさんも、コースの全体像を把握出来るや否や、マウンテン初心者とは思えぬ下りのスピードである。らしお曰く、自転車部の新人の男の子がビビって普通行けないってのが殆どだけど、SZYさん凄ぇや。だそうである。SZYさんの運動神経とか、反射神経とかが、素晴らしいのだろうね。らしおは流石に綺麗に乗るね。持ち込んだのはスペインのオルベア社のMTB、XC仕様である。超軽量だ。SZYさんはルイガノのXC仕様車。俺様はデブだから、ノルコの…何用だ?こりゃ?デブ用か?ま、無茶しても壊れそうもない仕様ってヤツかな?
何本か走って、息も絶え絶え、なんて所で少し早目の昼食タイムである。そこで自分のノルコの異変に気付く。
「ぅお?リアハブがガッタガタやん!?だっせぇ!」
そう云えば、ノルコ組んだ時、大体はそうなるのだが、278の、お店在庫の部品優先で組むから、有るモノ出たとこ勝負なんだね。で、XTRハブと、シマノ安ハブとがあってね、XTRは高いから、シマノの安ハブ(デオーレですら無い)にしたんだ。フロントはXTの20mmスルーアクスル仕様だから、当たり前だが、びくともしない。ハブコーンレンチも無いから、そのままガンガン走る事にした。壊れたら編み変えようっと。ってなモンである。
そこでテンションが少し落ちた俺様であるが、やっぱりモノの価値ってのはこんな所に如実に出るんである。そりゃあそうだよなぁ。ただ、ヨースケに譲って貰った、ストロークの長いマルゾッキの重たいサスペンションと相俟って、下り系は凄く調子がイイ自転車だって事を再認識出来た事は収穫である。…登りは向いていないがね。マッタク向いていない。…イインダヨ、どうせ坂道は、おっぺしゃあイイんだから。
昼食後、SZYさんは少し休憩で、クルマに残り、らしおと俺様は再びコースへ。上級コース立て続けに2周したら、流石に足に来た。らしおも来たってから、結構なコースなんだろうな。で、SZYさんを交え、更にコースを走る。走る。走る。
たっぷりと心と体をデトックスして、リフレッシュ。でも体中汗みどろ。件の山を下ると、受付のお姉さん推薦の(?)武甲温泉へ。残念ながら混浴では無かったが、なかなか良い泉質で、満足満足。風呂を上がって、ビールを呑んでいる人々を、本っ当に羨ましく思いつつ、一路千葉へ。行きも帰りも運転手だ。だって俺様が運転した方が一番安全だろ?らしおはらしおだし、SZYは女性だし…俺様、何故か女性にジドウシャを運転させて、横に乗ったりするのがあまり好きではないのだ。昔から。ま、昔は職業運転手、昔取った杵柄で、それもよかろう。
皆で、沖縄料理を食おうと思い店を回るも、一件は一杯で入れず、一件はいつの間にかつぶれていて無いし…仕方が無いから、近所の、最近うどん屋だった所が、蕎麦屋と居酒屋も同居した様な店に落ち付き、せっかくだから、誰かに自慢話をしようと、暇そうな人に連絡しその中、今回のマウンテンに行きたがっていたが、平日で普通に行けなかったおしょうを呼びよせ、たっぷりと自慢話をして帰る。おしょう、ありがとう。
翌日、出勤し、少し空いた時間を見計らい、リアハブをOH。玉押しもベアリングも無事で、まだ使えそうだ。ただ、シマノのグリスがデロデロだったから、スーパーグリースでグリスアップして、素晴らしい回転になったから、ホイールの振れ取って、センターを出して、また使う事にした。
満腹満腹。よし、皆で行ける企画をしよう。キャンプOK、BBQ OK。
お店でこれを企画、実行して行く事が、今後は大切なんだと思う。山を走ってナンボのマウンテンバイクである。
どうだい?愉しそうだろう?
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2011年5月11日水曜日
文明の発展と 英知の集結 そして自然現象
云うまでも無く、我々は地球上に動物の一種として生活をしている。高度な文明と、経済成長…ほんの僅か百~数百年前までは、丁髷結って、刀で人を斬り合っていた民族なのにね。太古の昔から、人は自然現象と共に生きて来た。共生である。経験者の知恵や言い伝えを知り、月日が経って、それを知らない大勢も、その地に住むようになったりする。
文明の発展と共に、更なる安楽を求め、より良い環境を求めて、地球環境的には悪いとする事も、人は推し進めてしまいがちである。人はサボろうとする動物だからね。人は、速く、楽に移動出来るように、130年程前に自転車とジドウシャを発明した。以来、ジドウシャ産業の発展は凄まじい勢いで急成長したよね。今や世界が認めるHONDAのジドウシャ、実は第二次世界大戦後に2ストロークエンジンを自転車に取り付けるエンジン屋さんだったんだよね。1951年にホンダのドリームE型、OHVの4ストロークエンジン付きオートバイが出現するまで、箱根をノンストップで越えられる日本製のオートバイは存在しないって、信じられない時代が、ついこの間の事である。今、そんなエンジンを探す方が難しいよね。
俺様が18歳の時、初めて乗った4トン車は、当然だがエアコンはおろか、クーラーすら付いておらず、パワステさえ付いていなかったんで、巨大なハンドルをウチ掛けしたって、スエ切り(トラックが止まった状態でハンドルを切る行為)なんざぁ、至難の業だった。汗を滝の様に流して仕事をするのが当たり前だと思っていた。快適なんてのは、乗用車にこそ必要なモンだと信じて疑わなかった。
技術革新は有り難い。でも、自転車という乗り物は、ジドウシャ程の、劇的な変化は生じていない。ハナっから完成度が高かったと評すべきだろうな。本当は凄まじい変貌っぷりなんだけれど、あまりそうは感じさせない完成度って云えば…伝わらないか。ま、自転車に対する思い入れも大きいが、オートバイや、ジドウシャの黎明期を成長の糧として生きて来た世代としては、やっぱりエンジン動力の乗り物にも、興味は尽きないんだと思うね。
今回の地震による、福島の原発事故を発端に、エネルギーの見直しって事が、様々な方面から議題にのぼっているね。豊かさってのを、贅沢に無駄遣いする事が正義であるかの様に、大量に消費する時代は終わりにしなければならないね。ただ、原発を造って電気を使い、結果大勢の犠牲者が出ましたから、では原発そのものを見直しって方向性は、難しいんだと思う。だってね、ジドウシャをはじめとするモータリゼーションだってね、多くの犠牲の上に立っていて、これ以上犠牲者を出したくないからって云って、ジドウシャを全廃するって事は、ナンセンスだろ?その位、シュールでナーバスな問題何だと思うぞ、原発は。
電気関連事業者、特に電力を消費して動く機械を作っている全てのメーカーは、電気を作る側のメーカーにもにもなると云う、努力が必要だろうね。木を切る業者が、後世の為、植林をするとか、ね。
原子力発電に対しても、多くの賛否が飛び交っているんだが、日本のメディアは、福島原発の取材や映像を撮影しに行こうともしない。何故だろう?意味の無いキャスターが、何の意味も無く、もう安全が確保された被災地に赴き、「大丈夫ですか?」なんて物見遊山しているのに、NHKですら、原発を取材しない。現場作業員の被ばく検査も、やらなくなった。これら全ての実態が、福島の現状が危険な状態にあるって証拠だろうな。原発の廃棄物も、日本はおろか、世界中に於いても、処理する場所が無い。正直、原発に頼らざるを得ない日本の現状や、代替のエネルギーが喫緊には準備できないという事実があるんだろうが、万が一の危険性を無視した安全神話は、絵に描いた餅でしか無く、今回その万が一ってヤツが、起ってしまったんだね。安全だとしている原発が、災害にあってしまうと、人間が制御不能に陥る。長期間の土壌や、海、大気汚染が長期間に渡り、汚染され、使用不能となる。
人間は神では無い。
奢ってはいけない。
文明の立役者なるは、地球との共存。自然の営みの大きさに、人は成す術は無い。知恵と経験で、それらを回避するってのがせいぜいだよね。
今回の東電の賠償金も、甚大な額となりそうで、東電は政府に支援要請をしたね。政府ってのは、結局の所、国民負担なんだよね。いくつかの隣国は、災害で疲弊した日本で、新しいシェアを我が物にしようと企てる、ハイエナの様な考えを持った輩が虎視眈々と狙っている。
政治家が、そういった不届き者達の防波堤にならなければ、本当に日本は蛻の殻になってしまうよ。
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文明の発展と共に、更なる安楽を求め、より良い環境を求めて、地球環境的には悪いとする事も、人は推し進めてしまいがちである。人はサボろうとする動物だからね。人は、速く、楽に移動出来るように、130年程前に自転車とジドウシャを発明した。以来、ジドウシャ産業の発展は凄まじい勢いで急成長したよね。今や世界が認めるHONDAのジドウシャ、実は第二次世界大戦後に2ストロークエンジンを自転車に取り付けるエンジン屋さんだったんだよね。1951年にホンダのドリームE型、OHVの4ストロークエンジン付きオートバイが出現するまで、箱根をノンストップで越えられる日本製のオートバイは存在しないって、信じられない時代が、ついこの間の事である。今、そんなエンジンを探す方が難しいよね。
俺様が18歳の時、初めて乗った4トン車は、当然だがエアコンはおろか、クーラーすら付いておらず、パワステさえ付いていなかったんで、巨大なハンドルをウチ掛けしたって、スエ切り(トラックが止まった状態でハンドルを切る行為)なんざぁ、至難の業だった。汗を滝の様に流して仕事をするのが当たり前だと思っていた。快適なんてのは、乗用車にこそ必要なモンだと信じて疑わなかった。
技術革新は有り難い。でも、自転車という乗り物は、ジドウシャ程の、劇的な変化は生じていない。ハナっから完成度が高かったと評すべきだろうな。本当は凄まじい変貌っぷりなんだけれど、あまりそうは感じさせない完成度って云えば…伝わらないか。ま、自転車に対する思い入れも大きいが、オートバイや、ジドウシャの黎明期を成長の糧として生きて来た世代としては、やっぱりエンジン動力の乗り物にも、興味は尽きないんだと思うね。
今回の地震による、福島の原発事故を発端に、エネルギーの見直しって事が、様々な方面から議題にのぼっているね。豊かさってのを、贅沢に無駄遣いする事が正義であるかの様に、大量に消費する時代は終わりにしなければならないね。ただ、原発を造って電気を使い、結果大勢の犠牲者が出ましたから、では原発そのものを見直しって方向性は、難しいんだと思う。だってね、ジドウシャをはじめとするモータリゼーションだってね、多くの犠牲の上に立っていて、これ以上犠牲者を出したくないからって云って、ジドウシャを全廃するって事は、ナンセンスだろ?その位、シュールでナーバスな問題何だと思うぞ、原発は。
電気関連事業者、特に電力を消費して動く機械を作っている全てのメーカーは、電気を作る側のメーカーにもにもなると云う、努力が必要だろうね。木を切る業者が、後世の為、植林をするとか、ね。
原子力発電に対しても、多くの賛否が飛び交っているんだが、日本のメディアは、福島原発の取材や映像を撮影しに行こうともしない。何故だろう?意味の無いキャスターが、何の意味も無く、もう安全が確保された被災地に赴き、「大丈夫ですか?」なんて物見遊山しているのに、NHKですら、原発を取材しない。現場作業員の被ばく検査も、やらなくなった。これら全ての実態が、福島の現状が危険な状態にあるって証拠だろうな。原発の廃棄物も、日本はおろか、世界中に於いても、処理する場所が無い。正直、原発に頼らざるを得ない日本の現状や、代替のエネルギーが喫緊には準備できないという事実があるんだろうが、万が一の危険性を無視した安全神話は、絵に描いた餅でしか無く、今回その万が一ってヤツが、起ってしまったんだね。安全だとしている原発が、災害にあってしまうと、人間が制御不能に陥る。長期間の土壌や、海、大気汚染が長期間に渡り、汚染され、使用不能となる。
人間は神では無い。
奢ってはいけない。
文明の立役者なるは、地球との共存。自然の営みの大きさに、人は成す術は無い。知恵と経験で、それらを回避するってのがせいぜいだよね。
今回の東電の賠償金も、甚大な額となりそうで、東電は政府に支援要請をしたね。政府ってのは、結局の所、国民負担なんだよね。いくつかの隣国は、災害で疲弊した日本で、新しいシェアを我が物にしようと企てる、ハイエナの様な考えを持った輩が虎視眈々と狙っている。
政治家が、そういった不届き者達の防波堤にならなければ、本当に日本は蛻の殻になってしまうよ。
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2011年5月7日土曜日
昭和の時代とは、如何なる時代で有ったのだろうか?
私が生まれた昭和39年という年は、東京オリンピックに湧き、東海道新幹線が開業したり、首都高速道路などが造られたりと、経済が発展し始め、日本国という、新しい国をね、世界にその名を轟かせようと躍起になっていた頃なんである。私は個人的に戦争なんて凄く遠い現代人なんだなぁ、なんて、漠然と想って生きて来たんだが、良く良く考えて見るとさ、第二次世界大戦の終戦が昭和20年。それからたった19年しか経っていないって訳であるね。
そんな私の父は昭和10年の早生まれで、生きていればもう幾つになるんだろうねぇ…そんな父は終戦を満州で迎え、暫く捕虜として駐留された後、どさくさで帰ってきたんだそうだ。何しろ、満州はさ、当時の大日本帝國時代の、ユートピアだって云われていてさ、軍人さんだった爺ちゃんは、日本の田畑を叩き売ってさ、有り金叩いて満州に土地買って商売したりしてたらしい。
で、終戦後、知り合いって知り合いを辿って、這う這うの体で辿りついた、立川という僻地。昭和飛行機とかね、軍事施設があった場所でさ、もうその立川町(現在の東京都立川市)の殆どが米軍立川基地として占領されていた。近隣の米軍横田基地は現在でも米軍の主要施設であるよね。そんな米軍基地の周りにさ、雨後の筍の如く出来るバーやクラブ(?)。所謂、米軍の軍人さん向けの店ってヤツだ。赤線、青線ってヤツだな。そんな素敵な環境下に、逞しく父親は悪徳商売に徹していた。
米軍の、将校さんと親しくなってさ、平和になった世の中で毎晩ダンスパーティーをやっているアメリカ人相手にさ、アメリカ人目当ての婦女子をマツダのオート三輪に大量に積載し、夜な夜な米軍基地の会場へ運び、その見返りにさ、当時とんでもない価格だったウイスキーをさ、戴くって寸法だったらしい。いや、正確には、ウイスキー等の洋酒は、当時軍の支給品でね、軍人さんの中には当然下戸の人もいる訳でさ、結構な数があぶれるって寸法でね、そいつを件の婦女子を満載して来たオート三輪に、またまた満載して帰ると云うね。
で、当然出入りには警備兵が立っていて、当然だがそう云った軍のモノは一切外部に持ち出し禁止だからね、普通ならお咎め頂戴なんだけれど、将校さんの口利きでさ、スルーパスだったと云う。で、米軍様から頂戴した高級洋酒をさ、赤線のバーと云うバーに卸すって寸法。わはは。悪党過ぎる。当然、地元の職業不良に目を付けられるんだが、バック米軍だから、強いんだ。本人も空手三段で、ボクシング4回戦ボーイで、何だか喧嘩が滅法強かったんだな。
ある日、何時もの様にね、荷台に婦女子を満載にしたトラックで悠然と米軍基地内に潜入に成功した我が父上殿であったが、はて?いつもと様子が違うと。将校さん不在であったんだ。まぁいいやってんで、いつもの洋酒をゴッソリとトラックに積み御帰還の筈が…その日は出口の憲兵に捕まった。父上は英語が全く話せないが、この酒はどうしたって血相を変えている憲兵と、応援を要請している様を見て危険を察知、2人の憲兵を電光石火の早業でノックアウトしてさ、とっととずらかった訳だ。悪い事に、その憲兵さんのはめていた腕時計まで失敬してしまったのだ。で、いつもの様に赤線でウイスキーを捌き、帰路についた。
翌日、大勢のMPがお父上のヤサを、完全武装で包囲し、敢え無く、父上殿は御用となったのでした。わはは。悪いヤツなのだ。…撃たれなくて良かったなぁ、おい。
何とも破天荒で、ハチャメチャな人生だったんではないかね?彼は。大体、あまり家にいた事が無かったね。親父殿の所作は褒めるべくもないが、みんな必死に生きようとしていたんだと思う。
ま、そんなロクデナシの息子だ。出来がイイ訳ゃあるまいが、そんな父上も、私が御歳19才の時に突然御臨終だ。享年48歳。私も今年、47歳になろうとしている。来年には親父の死んだ年だ。感慨深いってのも、何だかもう、忘却の彼方でさ、自分が生きるのに必死で足掻いている昨今なんであるよ。
2011年3月11日、東北地方を中心に、大地震が起こり、甚大な津波の被害が出、富の象徴で有るかのような、原子力発電所も事故が起こった。民主党がとうとう政権を奪取したのだが、完全にブタを引いた格好になり、保守自民党は民主党と手を組まず、震災復興に当たっては閣外協力なんて寝ぼけた事を云っているが、菅さんをはじめ、民主党の体たらくには言葉も無い。
民間人が、あの手この手でボアランティアを開始している。不眠不休で働き、復興支援を下支えする人も沢山いる。豊かさのシンボルとして、大量の電力を消費していた現代日本が、少しだけ、自然災害によって、これではいけないと、気付き出した。みんなが節電している。が、十分ではないか。クリスマスに、競う様に灯していた…いや、ギンギラギンにデコレーションしてさ、電飾満載のデコトラ宜しく、家中をビカビカさせていた日本。一体何の為?ま、それも収まるだろう。
そして此処に来ての、静岡、浜岡原発の運転停止要請。これについては大英断であろう。エネルギーの有効利用という言葉の意味は、なにも湯水のように使いまくっても良いって事では無いのだな。湯水だって大切に使わなければならないんだよ。
モノがあり余っている時代、使い捨てが常識となっている世の中ではあるが、大きなきっかけ、全ての人々が、何を、どうすべきかを再考、熟考するきっかけにもなった、大災害である。
昭和の時代、質素だが、暖かい家族の団欒が確かにあった様に、そんな小さな仕合せを大切に出来る事が、肝要であるよね。一億総中流、なんて揶揄された日本の生活基準。でも、そいつはあながち間違っちゃあいない。
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そんな私の父は昭和10年の早生まれで、生きていればもう幾つになるんだろうねぇ…そんな父は終戦を満州で迎え、暫く捕虜として駐留された後、どさくさで帰ってきたんだそうだ。何しろ、満州はさ、当時の大日本帝國時代の、ユートピアだって云われていてさ、軍人さんだった爺ちゃんは、日本の田畑を叩き売ってさ、有り金叩いて満州に土地買って商売したりしてたらしい。
で、終戦後、知り合いって知り合いを辿って、這う這うの体で辿りついた、立川という僻地。昭和飛行機とかね、軍事施設があった場所でさ、もうその立川町(現在の東京都立川市)の殆どが米軍立川基地として占領されていた。近隣の米軍横田基地は現在でも米軍の主要施設であるよね。そんな米軍基地の周りにさ、雨後の筍の如く出来るバーやクラブ(?)。所謂、米軍の軍人さん向けの店ってヤツだ。赤線、青線ってヤツだな。そんな素敵な環境下に、逞しく父親は悪徳商売に徹していた。
米軍の、将校さんと親しくなってさ、平和になった世の中で毎晩ダンスパーティーをやっているアメリカ人相手にさ、アメリカ人目当ての婦女子をマツダのオート三輪に大量に積載し、夜な夜な米軍基地の会場へ運び、その見返りにさ、当時とんでもない価格だったウイスキーをさ、戴くって寸法だったらしい。いや、正確には、ウイスキー等の洋酒は、当時軍の支給品でね、軍人さんの中には当然下戸の人もいる訳でさ、結構な数があぶれるって寸法でね、そいつを件の婦女子を満載して来たオート三輪に、またまた満載して帰ると云うね。
で、当然出入りには警備兵が立っていて、当然だがそう云った軍のモノは一切外部に持ち出し禁止だからね、普通ならお咎め頂戴なんだけれど、将校さんの口利きでさ、スルーパスだったと云う。で、米軍様から頂戴した高級洋酒をさ、赤線のバーと云うバーに卸すって寸法。わはは。悪党過ぎる。当然、地元の職業不良に目を付けられるんだが、バック米軍だから、強いんだ。本人も空手三段で、ボクシング4回戦ボーイで、何だか喧嘩が滅法強かったんだな。
ある日、何時もの様にね、荷台に婦女子を満載にしたトラックで悠然と米軍基地内に潜入に成功した我が父上殿であったが、はて?いつもと様子が違うと。将校さん不在であったんだ。まぁいいやってんで、いつもの洋酒をゴッソリとトラックに積み御帰還の筈が…その日は出口の憲兵に捕まった。父上は英語が全く話せないが、この酒はどうしたって血相を変えている憲兵と、応援を要請している様を見て危険を察知、2人の憲兵を電光石火の早業でノックアウトしてさ、とっととずらかった訳だ。悪い事に、その憲兵さんのはめていた腕時計まで失敬してしまったのだ。で、いつもの様に赤線でウイスキーを捌き、帰路についた。
翌日、大勢のMPがお父上のヤサを、完全武装で包囲し、敢え無く、父上殿は御用となったのでした。わはは。悪いヤツなのだ。…撃たれなくて良かったなぁ、おい。
何とも破天荒で、ハチャメチャな人生だったんではないかね?彼は。大体、あまり家にいた事が無かったね。親父殿の所作は褒めるべくもないが、みんな必死に生きようとしていたんだと思う。
ま、そんなロクデナシの息子だ。出来がイイ訳ゃあるまいが、そんな父上も、私が御歳19才の時に突然御臨終だ。享年48歳。私も今年、47歳になろうとしている。来年には親父の死んだ年だ。感慨深いってのも、何だかもう、忘却の彼方でさ、自分が生きるのに必死で足掻いている昨今なんであるよ。
2011年3月11日、東北地方を中心に、大地震が起こり、甚大な津波の被害が出、富の象徴で有るかのような、原子力発電所も事故が起こった。民主党がとうとう政権を奪取したのだが、完全にブタを引いた格好になり、保守自民党は民主党と手を組まず、震災復興に当たっては閣外協力なんて寝ぼけた事を云っているが、菅さんをはじめ、民主党の体たらくには言葉も無い。
民間人が、あの手この手でボアランティアを開始している。不眠不休で働き、復興支援を下支えする人も沢山いる。豊かさのシンボルとして、大量の電力を消費していた現代日本が、少しだけ、自然災害によって、これではいけないと、気付き出した。みんなが節電している。が、十分ではないか。クリスマスに、競う様に灯していた…いや、ギンギラギンにデコレーションしてさ、電飾満載のデコトラ宜しく、家中をビカビカさせていた日本。一体何の為?ま、それも収まるだろう。
そして此処に来ての、静岡、浜岡原発の運転停止要請。これについては大英断であろう。エネルギーの有効利用という言葉の意味は、なにも湯水のように使いまくっても良いって事では無いのだな。湯水だって大切に使わなければならないんだよ。
モノがあり余っている時代、使い捨てが常識となっている世の中ではあるが、大きなきっかけ、全ての人々が、何を、どうすべきかを再考、熟考するきっかけにもなった、大災害である。
昭和の時代、質素だが、暖かい家族の団欒が確かにあった様に、そんな小さな仕合せを大切に出来る事が、肝要であるよね。一億総中流、なんて揶揄された日本の生活基準。でも、そいつはあながち間違っちゃあいない。
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2011年4月30日土曜日
黄金週間、そして宮古島。2011イベントは粛々と企画され…
黄金週間真っ只中である。慌しき事甚だしいけれど、何となく働ける幸せを感じるのは、大きな災害が起こったからだろうか…ま、日々を追いかけるのみのダメ人間であるよ。相変わらずね。
毎年、年々?イベントへの依存が大きくなっていって、個人や個店単位では賄えない程のイベントの盛り上がりを、這う這うの体でやってるってのが本当の所なんだが、相変わらずの参加者任せの部外者まかせでね、いずれにも愛想を尽かされない事を切に願う。せめて徹底した内部打ち合わせを切望する…無かろうがね。
さて、もう俺様は今年で宮古島の件に関しては、ある意味、上の行動学によって、悟ってしまった感が有り有りでね、何だかもう、本当に興ざめしてしまったので、どっちかってぇと、どーでも良くなっちまってるから。頑張り甲斐が全く以て無いってかさ、ま、精々頑張ってくれよって感じだよね。去年の様に怪我人が出たなんて事は、無い様にねって事である。毎年揉めるのは、もううんざりなんである。こっちだっていい加減すんげぇ前向きに事を進めようとしてるんだからさ。
…ま、最近、すんげぇ冷めちまってさ、本当にどうでもイイって感じになっちゃった宮古島だから、別の話題にするのだ。閑話休題ってヤツだ。
実は義弟が自転車が欲しいと突然云って来た。しばらく前、義弟はマングースのグランドマーキィのフルサスを購入し、暫く遊んだ後、自転車に乗る機会を逸し、オレが直して、義弟の実弟が今乗っている。…ややこしいな。
実際、グランドマーキィは、マングースが元気のイイ時の、所謂イイ自転車だった。完成度も高かった。今乗ってもイイと思うんだよね。で、最近義弟は自転車で移動する事が増えたのだと云う。だが、現在の自転車は、何の変哲もない、普通のシティーサイクルである。チョッとイイ自転車を知っている義弟である。しかも一流の料理人でもある。モノの善し悪しは知っているのだ。俺様に課されたお題は単純。乗って愉しい自転車で、価格が安価である事。
さて、俺様の真骨頂である。ここら辺は難しい所だ。先ず、ベース車両をどうするかって事。出来が良いメーカーのモンは、やはり価格もそこそこしてしまう。そして現在の旬ってヤツを意識し、そして考える。愉しい。先ずは在庫車だ。在庫車で面白い自転車…あ!あった。一か八かで仕入れを敢行した、GTのカラコラム3という、29er、所謂、29インチの車輪のマウンテンバイクである。
本国アメリカでは、もう既に各メーカーが着目し、生産販売しており、オフロードでの優位性が称賛され、確固たる地位を掴みつつ、市民権を得る29erであるが、平均身長が低く、自転車への意識レベルも何かと保守的な日本では、今一歩の販売台数の伸びであったんだね。もう一つは価格帯の高さ。その殆どが10万円前後か、それ以上。これでは気楽にお試しって訳にはいかないんだ。
GTの入門機は悪くないが、それ程良くも無い。それは凄く存じ上げている。沢山納めて来たからね。で、件のカラコラム、29erの入門機をリリースした事は称賛に値する。かのジャイアントも29erをリリースした。即完売だったがね。
そんな訳で、マウンテンバイク業界では、29erがアツいんである。で、お任せ依頼なんで、各部をリファイン。ヘッドパーツをバラし、グレードの良いグリースを塗布。車輪のハブもバラシ、洗浄し、更に高性能混合グリスを塗布し、限界ギリギリの当たり調整。…ふむ、満足。あれやこれや抑える所を抑え、チョッと自転車をかじっている人が見ても、イイ自転車に見える様仕上げた。不足は無い。これ以上やると際限が無くなるギリギリの所だ。うむ。満足。
早速義弟が店に現車を見に来た。御満悦だ。当然だがね。で、試乗。納得したらしい。段を聞いてビックリしていた。当たり前だ。俺様もビックリだもの。ついでに俺様も試乗してみた。(!)。何だよ、こんなにイイのか?正直驚いたぞ。クソデカイ車輪がゴロゴロと転がり、すこぶる乗り心地が良いではないか!まさかの想像以上にイイ。欲しくなっちゃったぞ!29er!偉いぞ!ゲーリーフィッシャー!
…困った事に殆ど売り切れ。来季が愉しみである。
やっぱし、宮古島とかのロードレースも愉しいんだろうが(行った事無いから皆目解らんが…)、やっぱりマウンテンバイクは愉し過ぎだぜ。
クロスバイクの時代は終わった。これからは29erの時代が到来だ。さしずめ自転車界のRV車とでも、表現しておくか…。RVってより、まんまジープっぽいかな?でも乗り心地がすこぶる良くてデカイから、ランクルとか、レンジローバーとかの類い?ま、これからクロスバイクを購入しようかと検討中の御仁は、選択肢に是非29erを入れなさい。並居るクロスバイクを、29erは凌駕するのである。わははのは。
いやいや、29erは、29erであって、29er以外の何物でも無い。
わはは。只の、自転車である。乗れば、解る。
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毎年、年々?イベントへの依存が大きくなっていって、個人や個店単位では賄えない程のイベントの盛り上がりを、這う這うの体でやってるってのが本当の所なんだが、相変わらずの参加者任せの部外者まかせでね、いずれにも愛想を尽かされない事を切に願う。せめて徹底した内部打ち合わせを切望する…無かろうがね。
さて、もう俺様は今年で宮古島の件に関しては、ある意味、上の行動学によって、悟ってしまった感が有り有りでね、何だかもう、本当に興ざめしてしまったので、どっちかってぇと、どーでも良くなっちまってるから。頑張り甲斐が全く以て無いってかさ、ま、精々頑張ってくれよって感じだよね。去年の様に怪我人が出たなんて事は、無い様にねって事である。毎年揉めるのは、もううんざりなんである。こっちだっていい加減すんげぇ前向きに事を進めようとしてるんだからさ。
…ま、最近、すんげぇ冷めちまってさ、本当にどうでもイイって感じになっちゃった宮古島だから、別の話題にするのだ。閑話休題ってヤツだ。
実は義弟が自転車が欲しいと突然云って来た。しばらく前、義弟はマングースのグランドマーキィのフルサスを購入し、暫く遊んだ後、自転車に乗る機会を逸し、オレが直して、義弟の実弟が今乗っている。…ややこしいな。
実際、グランドマーキィは、マングースが元気のイイ時の、所謂イイ自転車だった。完成度も高かった。今乗ってもイイと思うんだよね。で、最近義弟は自転車で移動する事が増えたのだと云う。だが、現在の自転車は、何の変哲もない、普通のシティーサイクルである。チョッとイイ自転車を知っている義弟である。しかも一流の料理人でもある。モノの善し悪しは知っているのだ。俺様に課されたお題は単純。乗って愉しい自転車で、価格が安価である事。
さて、俺様の真骨頂である。ここら辺は難しい所だ。先ず、ベース車両をどうするかって事。出来が良いメーカーのモンは、やはり価格もそこそこしてしまう。そして現在の旬ってヤツを意識し、そして考える。愉しい。先ずは在庫車だ。在庫車で面白い自転車…あ!あった。一か八かで仕入れを敢行した、GTのカラコラム3という、29er、所謂、29インチの車輪のマウンテンバイクである。
本国アメリカでは、もう既に各メーカーが着目し、生産販売しており、オフロードでの優位性が称賛され、確固たる地位を掴みつつ、市民権を得る29erであるが、平均身長が低く、自転車への意識レベルも何かと保守的な日本では、今一歩の販売台数の伸びであったんだね。もう一つは価格帯の高さ。その殆どが10万円前後か、それ以上。これでは気楽にお試しって訳にはいかないんだ。
GTの入門機は悪くないが、それ程良くも無い。それは凄く存じ上げている。沢山納めて来たからね。で、件のカラコラム、29erの入門機をリリースした事は称賛に値する。かのジャイアントも29erをリリースした。即完売だったがね。
そんな訳で、マウンテンバイク業界では、29erがアツいんである。で、お任せ依頼なんで、各部をリファイン。ヘッドパーツをバラし、グレードの良いグリースを塗布。車輪のハブもバラシ、洗浄し、更に高性能混合グリスを塗布し、限界ギリギリの当たり調整。…ふむ、満足。あれやこれや抑える所を抑え、チョッと自転車をかじっている人が見ても、イイ自転車に見える様仕上げた。不足は無い。これ以上やると際限が無くなるギリギリの所だ。うむ。満足。
早速義弟が店に現車を見に来た。御満悦だ。当然だがね。で、試乗。納得したらしい。段を聞いてビックリしていた。当たり前だ。俺様もビックリだもの。ついでに俺様も試乗してみた。(!)。何だよ、こんなにイイのか?正直驚いたぞ。クソデカイ車輪がゴロゴロと転がり、すこぶる乗り心地が良いではないか!まさかの想像以上にイイ。欲しくなっちゃったぞ!29er!偉いぞ!ゲーリーフィッシャー!
…困った事に殆ど売り切れ。来季が愉しみである。
やっぱし、宮古島とかのロードレースも愉しいんだろうが(行った事無いから皆目解らんが…)、やっぱりマウンテンバイクは愉し過ぎだぜ。
クロスバイクの時代は終わった。これからは29erの時代が到来だ。さしずめ自転車界のRV車とでも、表現しておくか…。RVってより、まんまジープっぽいかな?でも乗り心地がすこぶる良くてデカイから、ランクルとか、レンジローバーとかの類い?ま、これからクロスバイクを購入しようかと検討中の御仁は、選択肢に是非29erを入れなさい。並居るクロスバイクを、29erは凌駕するのである。わははのは。
いやいや、29erは、29erであって、29er以外の何物でも無い。
わはは。只の、自転車である。乗れば、解る。
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