2011年7月21日木曜日

自家発電…なんてぇ大袈裟なモンではありませんが…

 ここ数年、自転車を取り巻く環境は、徐々にだが変化して来たんだね。日本でもやっと、自転車の有効利用、なんてお題目よりもね、兎に角乗ると愉しい、なんて事でね、自転車が注目されて来た。



 ところが、である。2011年3月11日を境に、自転車の環境が一変した。元々、日本人の自転車に対する意識ってのは、残念ながらママチャリ的、超低性能自転車=歩行者の一種といった、間違った認識を持たれている。自転車で道を走っていてもそれが本当に良く解る。先日も軽自動車に乗っている馬鹿モノが、狭い道で、坂道を登って走っていると抜きざまにアクセルをブカブカとふかしながら、蛇行して幅寄せまでして来た。で、無理に追い抜いて行ったその先にバスがいて、結局詰まっているんだよ。その脇を涼しい顔して先に出る訳だが、どうにも間抜けづらしたドライバーは、脳みそが昆虫程しか無いのだろうと憐れんで差し上げた。



 そんな彼の行動は、驚いた事に、類い稀なジドウシャ運転側の行為では無いのだ。バスやタクシー、トラックと云った、プロドライバーですら、近似的行為を行なう場合がある。云っておくが、道路は君らの占有物では無いのだ。この事はね、自転車の乗り方を教育する機会を排除して来た国や行政の怠慢であろう。



 スポーツ自転車に乗る人間は、少なからず自転車そのものに興味があって自転車を入手する。しかし一般的なママチャリってのを入手する人は、自転車そのものに興味が無い。おそらく単身赴任なんかの鍋釜と同義である。



 その自転車に興味の持たない側が、大震災をきっかけに、ドッとスポーツ車を入手する傾向に、突如方向転換をしたのだ。自転車にさしたる興味は持っていない。ママチャリより走る距離を延ばせそうだ、若しくはそうせざるを得ない状況に陥った、どちらかと云うと、交通手段難民である。で、このスポーツ自転車を、完全無欠なママチャリ感覚で乗られてしまうからタマラナイ。信号無視、無灯火車道の逆走は当たり前、傘差し運転、イヤホン装備運転、携帯操作運転…前出の昆虫脳みそドライバーと何ら変わらないか、むしろ悪い位である。



 もう既に、都市部では自転車が溢れ始めている。走る場所や、方法を早急に確立し、教育を徹底しないと、トラブルは増加するばかりだろう。それと、インシュランスの確立だろうな。自転車も車両である限り、例え運転者が子供であっても、社会的責任は生ずるので、これを取り巻く環境も整えなくてはならないだろう。



 問題は無灯火と逆走だね。取り敢えずは車道の左側通行の厳守と、無灯火の撲滅。ママチャリ系の自転車はオートライト以外販売禁止にすればイイんだがね。最近、ママチャリでも、電池式のハンドルに付ける、フラッシングタイプ(点滅式)のLEDランプを付けて走っている人が多くなった。自転車が走っていると云う認識灯としては秀逸だが、フラッシング状態で走行していると、法律上は無灯火となりますので、ご注意を。



 ロードレーサーでも、通勤時にはオートライトが秀逸であると思う。レースの場合はいざ知らず、安全第一が基本だと思う。クロスバイクも、マウンテンバイクも、車道を走る仲間として灯火は、最低限のルールだ。スポーツ用自転車のハブダイナモは当然存在するんだが、マスプロメーカーですら、素敵なオートライト付きのクロスバイク、なんてのを、なかなかリリースしないよね。先日、ママチャリの前輪と灯火器が盗まれたというお客さんが来た。オートライト盗難である。悪質だ。だが、確実に狙われているんだ。



 これだけエコってのが騒がれている昨今、有事には電池すら手に入らず、懐中電灯も品切れになった経験をしながら、自家発電が出来るダイナモやハブダイナモを極端に嫌う国民性とは何なんだろう?以前とは違い、街中も節電の影響で薄暗いよね。だからこそ自家発電の自転車が必要なんだと思うよ。走り続ける限り、点灯し続けるって頼もしさは素晴らしい。電池式のモノはさ、常に電池残量を気にして走らなければならないからね。



 ネックは価格帯にあるだろう。スポーツ用ハブダイナモはどれもハブだけで8000円~1万円近くしてしまう。自転車メーカーが大量に買って、コストを下げるしか無かろう。多少の重量増なぞは、安全に比べれば屁でも無かろう。高照度のLED発光ダイオードも、かなり小型化しているんだからね、ステムやらハンドルにライトを組み込んでしまうとか、最近は自転車ナビなんてのも俄かに流行り出している。そんな電源供給にダイナモってのは、アリだと思うのだ。







 閑話休題、先日、ウチの自転車有志数名と、佐倉まで、おはようサイクリングに行って来た。ま、全行程60km有るか無いかでね、じりじりと照り付ける太陽にね、照り焼きになりそうになって・・・イヤイヤ、暑いのは意外と平気なんだ、おじさんは。お散歩なんだが、やっぱ自転車は走ると面白いねぇ。



うん。そんだけ。





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2011年7月3日日曜日

自転車に興味を持った時、一体何を選ぶべきか?

 さて、自転車に関する指南本なんてのは、本当に数多ある訳でね、自転車雑誌も沢山あってね、さて、どれにしようかな、なんてね。右も左も解らず、取り敢えず、先ずスポーツ自転車にって事なら、迷わずマウンテンバイクをチョイスするのが宜しいと思うんだ。何より本来が、飛んだり跳ねたり転んだりってのを大前提に作られた自転車である。丈夫な事このうえ無い。現在の日本の道路事情では、特にスポーツ自転車の走行場所に苦慮する事間違い無しなんですな。何せ、世界中で稀に見る、歩道を走行させられちゃう、歪んだ交通事情のある国ですから、事のほか、段差のある場所を走らされる事多し。



 もし、クロスバイクという選択肢であるならば、シクロクロス系のクロスバイクを選択すべし。こちらもそもそもがダートを走る事を前提に作られている為、自転車自体が丈夫であるって事である。で、ドロップハンドルを採用し、変速機関連はロードレーサー系の部品を採用した自転車である。これも後々、効いて来る装備である。



 クロスバイクに乗った人の印象ってのはさ、殆どの意見として、スピードが速いって印象を持つんだ。自転車で、自身の力のみで出せる、未経験の速度域。30km前後の速度なのだが、今まで乗ったママチャリ群より、遥かに速い。これにヤラレるんだね。スピードなら遥かにロードレーサーに分があるのにも拘らず、ロードレーサー特有の、あの細いタイヤと、ドロップハンドルに怖気づく。で、手頃な価格で、フラットハンドルのクロスバイクとなる。マウンテンバイクは見た目がスマートに見えず、速そうでは無いしね。



 だが、より万人向けに作られたクロスバイクは、変速ギア関係が、コスト面含め、マウンテンバイク系のモノを使っているから、いざ、ロードレーサーに乗る仲間と走ろうと意気込んでも、圧倒的な速度差に愕然とするんだね。一生懸命にカスタムしても、素材に限界があるので、ロードレーサーには追いつけない。それをシクロクロスというカテゴリーの自転車にしておくだけで、本当に様々な用途に使えるようになるんだ。ロードレーサーと一緒に走る、なんて芸当も、タイヤを細めのモノにすりゃあ、造作も無い事なんだよね。



 もし、クロスバイクが気になる場合、以前にも触れたが、29インチのマウンテンバイクがベストチョイスとなると思うんだよね、こいつは相当な万能選手になる可能性が有るんだよね。若しくは前出のシクロクロス車ね。



 ま、自転車に乗る人の常って云うか…自転車にハマった人の殆どが、複数台所有するからね、自転車はさ、だからこそ、ファーストバイクってのは重要な選択肢となるんだ。仮にだ、最初にマウンテンバイクをチョイスしたとして、次にロードレーサーをゲットするとさ、クロスバイクが入り込む余地が極端に減る。こんな場合、その次は折り畳み高性能自転車か、ジャンル違いの自転車を選びがちになるんだね。ロードから次はマウンテンってのは以外と少ないけれど、仮にそうなった場合の図式は一緒だよね。ロードバイクの人は、セカンドバイクに、トレーニングも兼ね、廉価なロードレーサーをチョイスするか、シクロクロス、若しくは小径ドロップハンドル車とかね。そんな傾向があると感じている。



 ともあれ、最近になって自転車のレストア系の修理が多くなって来た。個人的にはもっと自由度を広げてやってみたいんだが、店の規模やら構えやらでね、あんまし派手には出来ないんだな。何しろレストア系は手間もヒマも掛かるからね。そう云えば先日、シュウィンのビーチクを女性が購入した際、どうしてもカゴが欲しいとの要望があってね、そりゃあお安い御用ってんで、日本の一般車用カゴブラケットを付けようとコラムネジを外したら、やっぱしアメリカンでオーバーサイズなんだよ。嗚呼、忘れてたってんで、急遽ブラケットを穴広げドリルでゴリゴリ削って、はめ込んでやったよ。で、可愛いカゴがイイってんで、子供用のブリヂストンのスイートピー用のカゴがストックであったんでそれを付けたら、お客さん御満悦。その日のボクチンの握力はゼロに近くなっちゃったけどね。満足度マックスだからヨシとするのだ。



最近の部品は無加工で取り付けられるモンばかりで、有り難いが、面白味には欠けるかもね。ま、何でもアイデア次第だとは思いますが…。



 此処の所、店に良く顔を出す若い人がいてね、その人はとあるメーカーのシングルスピードを買った訳だが、それを使って、どうも全国的に持って歩きたいって云う。どうも農業をやりたいらしく、そんな人に支援NPOが存在するらしく、国内に点在する為、移動したいと。その場合の選択肢としては、マウンテンかランドナーであると思うが、ランドナーを在庫している店なんか、今や稀だからねぇ・・・ウチには有るけどね。



ただ、自転車歴が浅く、峠に入ったらリアのコグを付け変えて走れば越えられるんじゃないか?なんてギャグの様な話を真剣にしたりする。経験が無いからこその、全く自由な発想で、実に面白い。だが、荷物がどうしたって煮え切らない意見を延々と悩んでいたので、一言。



「お前、能書きゃイイから、一番安いサイコン付けて、何処でもイイから100km走って来い!話はそれからだよ!」







そうすれば、何が必要で、何が不要なのかが、少しは理解出来るんだよ。


体でね。





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2011年6月27日月曜日

自轉車家さんの愉しみ

今回は、至極、個人的な話題なのだ。悪しからずご了承くだされ。



 自転車屋の業務ってのは、自転車に纏わる、多くの事をやって然るべき存在でね、こう云っちゃあ何だが、人間的に器用でなければいけないのだと思う。一般的な普通の自転車から、スポーツ車の構造や部品知識、新旧の部品との互換性やら、現行自転車の販売とかね、メカニックやら、接客、営業販売、仕入れ、在庫管理と、忙しいのである。



 此処の所、ある程度年数が経っていてね、所謂経年劣化ってヤツで、特にマウンテンバイクのフロントサスペンションの交換等が、立て続けに入ったりしてね、勿論、山を走る人ばかりじゃ無いから、そのユーザーのニーズってのを鑑みながら、想像しながら組んで見る訳だ。



 ところで、自転車用のフロントサスペンションってモンはさ、歴史的には浅くってね、1980年代後半に、一部でオートバイ用のを一部改良して取り付けたりしたが、マスプロメーカーが採用したのは1990年代初頭であるんだね。最初の頃は、それでも画期的な事だったんだよ、フロントにサスペンションなんてね。マウンテンバイクも、単純にオフロード走行のみの単純走行から、ダウンヒルや、クロスカントリー、フリーライドとかね、競技の細分化に伴い、自転車の性能も、飛躍的に向上して行ったのだよ。後にリアにもサスペンションが採用され、それこそ紛い物も沢山出回ったのもこの頃だったね。



 あれ?90年からいつの間に、20余年経っちゃったんだねぇ、なんてぇボケをかましているかどうかのウチにね、サスペンションは劇的な進化をしていたのだね。しかも廉価になってリリースされている。高価なモノは勿論効果は素晴らしい。洒落ている訳ではないが…。だが、最近の廉価モノも、侮れないし、…いや、むしろ凄さを認めざるを得ないぞ。



 俄かにね、我々のオヤジ集団がさ、昔のMTB引っ張り出したりね、それを走れる様にってレストアしたりして、MTB熱が盛り上がりつつあるんだね。ロードレーサーと対極なんだろうが、それはまたそれぞれの面白さが有るからね。



 ま、この辺は、合致する部品を発注して、斬った張ったすりゃあね、取り付けが出来る訳なんだが、先日頼まれた、シュウィンのビーチクにカゴを付けてくれってのなんかさ、フロントフォークの径が日本のそれとは違うモンでさ、それこそステーを削る作業をする訳なんだが、結構大変だ。カゴステーとカゴブラケットの取り付け穴を加工する必要があるんだね。…昔の自転車って、この加工系の作業が本当に多かった気がするよ。



 他がやらない事を、やるって事。大事なんだと思う。手間暇は、当然だが掛かるぞ。だが、そんな付加価値ってのを出来るかってのが最終的な評価に繋がるのではないかと思うのだ。日本のスタンダードたる、普通自転車ってのはね、単一車種、単一サイズで、何しろ没個性的である。どこぞの国の人民服とか、制服とかみたいに、本当に個性が無い。少しのアイデアと、少しの勇気、そして少しばかりの散財。これだけでグッと良くなったりするのが自転車なんだよね。



 自転車がブームとなってね、スポーツ自転車とされるカテゴリーの、中古自転車を取り扱う業者も俄かに増えだした。ま、巷に自転車が溢れると、乗られない自転車も増えるってのもまた必然であってね、特に飽きられてしまった自転車ってのは、雨ざらしで放置されていたりするんだね。アルミの錆は、鉄のそれより性質が悪いからね。腐食が酷いとかね。中古を取り扱う皆さんは、正直にね。そして安全を第一義として欲しいモノであるぞよ。



 大体、4~5万円で購入した自転車で、仮に10年というスパンで乗れたとして、車輪やサスペンション(付いていないモノは除く)、ペダル回転軸(BB)等、リニューアルすると、買ったのと同程度、若しくはそれ以上の出費が考えられる。後は持ち主の、その自転車に対する思い入れと価値観に依る所なので、フレームなんかの傷み具合と相談して決定すべきだろうな。



 以前、ジドウシャ関連の本で、ジドウシャ評論家の徳大寺 有恒氏が執筆した「間違いだらけのクルマ選び」なんて本が存在したよね。こりゃあ一丁、「間違いだらけの自転車選び」なんてのを、イッチョ執筆してやっか?なんて事も考えたりもするが、これがなかなか難しい。難題なんだい!って感じである。



 ま、細かい事は、また次の機会に詳しく書くとして、初めの一歩としてのスポーツ自転車をチョイスするのであれば、どのジャンルも10万円を超える自転車にする事を、強くおススメしておこう。出来ればマウンテンバイクが宜しい。10万円を超えるマウンテンバイクは良く出来ているし、使い勝手が格段に良いし、様々な用途に使える自転車たり得るし、何しろ自転車でこんな事やあんな事が出来るのか!って感激も大きいのであるよ。先ずはこの国にある、マウンテンバイクは子供っぽいってイメージを払拭する事が大事だよね。



 今流行りの「クロスバイク」というジャンル。ママチャリから乗り換えた時は、感激もヒトシオなのだ。そりゃあそうだ。たった5万円程出せば、ママチャリの重量の半分の自転車が、これまで経験した事の無い程の自転車の速度に感激するのだよね。でも、4~5万円はメーカーが頑張って出来る最低限だし、何よりも、5万円って価値と、10万円の価値ってのを比較するとさ、簡単に10万円ってのを諦められない人間の心理ってのがあってさ、例えば、自転車に乗り続けるのが嫌になったなんてぇ時、5万円だったら、何となく、まぁイイか?元は取った(?)し。なんてね。放っぽらかしたりしてね。ところが翻って10万円のシロモノであると、勿体無くてやめられないんだよねぇ。ま、あくまでも一般的な庶民感覚の10万円だからね、10万円の価値が低い人は対象外なんである。



ま、ポルシェに乗って店に横付けして、電動アシスト自転車の価格に細かい事を…なんてぇ面白い話も、時として起こったりする訳でね・・・。


本質的にはどれだけ自転車に思い入れを抱けるかどうかって問題なんだと思うぞ。



仕事を愉しむ。これ大事。





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2011年6月18日土曜日

一筋縄には、行かないねぇ…

 今年も、様々な方面にご迷惑をお掛けしながら開催の運びとなった宮古島ロードレース参加。毎年このイベントに参加するに当たり、全く、ノントラブルで事が運ぶ事が無いのは何故なのだろう。昨年は運送会社の手違いで先に送った自転車がレース開催日に、現地に届かず、急遽代わりの自転車を人力で輪行したり、参加メンバーが落車骨折したり…今年は参加予定だったスタッフが急性の盲腸になったりと…何だかヤだなぁ。



 ま、そんな話はどうでもイイ。なんとなくだが、今回は自転車と云う乗り物の存在価値って云うか…ま、そんなに大げさな事ではなかろうが、そんな話だ。



 自転車って乗り物はさ、日本では本っ当にフレンドリーな乗り物だが、圧倒的に興味の無い乗り物の一つなのだろうと感じているんだ。日本固有種の自転車ね。でも、何故、ブリヂストンという会社が、ある意味儲からず、面倒な自転車部門を経営し続けるのか?なんて疑問を、私なりに考察してみようと思う。



 さて、ブリヂストンサイクルという自転車の会社は、ブリヂストンタイヤとは別会社である。タイヤにおけるシェアは、世界規模であり、世界基準の一つにもなっていて、高級外国自動車や、F1といったモータースポーツやオートバイ、トラック関連の巨大タイヤメーカーだ。…でも、何故か自転車のタイヤは作っていない。



 ブリヂストンサイクルは、巨大なブリヂストングループの会社ではあるが、タイヤとは全くの別会社であるんだね。日本の自転車事情ってのは世界的に見ても、かなり稀な仕組みを持っていてね、何しろ日本国内のみで使用される、いわば、門外不出品なんだよね。ま、世界のどのマーケットに持って行っても、全く相手にされない、類い稀な自転車、それが日本式婦人車・軽快車なるモノなのだね。



 では何故、ブリヂストンを始め、日本の自転車メーカー各社は、所謂「日本式自転車」の製造販売に固執するのであろうか?1970年代の高度経済成長から始まった日本の経済成長、それ以前は自転車も高額で、一般の庶民が自転車を購入するという感覚が無かったんである。で、そんな高度経済成長期に冷蔵庫や洗濯機、テレビ等々、豊かさの象徴として一般市民が手に入れる様になったんだね。自転車ってモンも、当時、一部のマニア向け商品は存在していたが、より生活に密着した乗り物ってのを、どのメーカーも生産し続け、庶民的な万人向けの商品開発が成されていったのだ。最大の落とし穴に気付いていながら…



 最大の落とし穴とは、その頃に時限立法だった筈の、自転車を歩道に追いやり、歩行者を危険にさらしながら、ジドウシャ優先の道路インフラを政策として、40年も経過した現在も、こんな状況が続いているって事がおかしな話でね、そんな歩道走行車というお題目を原点に、自転車を作る羽目になったのは、残念でならないと思うのだ。これらの自転車の誕生により、日本の自転車は、長距離移動と云う名の翼をもがれてしまったのであるよ。自転車メーカーの目論みも見え隠れするんだね。



 自転車メーカーと、その親会社、例えばブリヂストンが、自転車関連事業を継続させる理由の一つに、人が一番最初に接触するであろう乗り物は、自転車であろう、そして人生の終わり間際までブリヂストンの製品が使われる事になると想定されているそうである。



3輪車や、補助付き幼児自転車の、幼児用遊具から→少年少女用自転車→通学用軽快車→スポーツ自転車→オートバイ→ジドウシャ→ゴルフ道具→寝具→電動アシスト自転車→セニアカー→等々…



順序や、用、不用、ある無しの事柄は人それぞれだろうが、その一つ一つに係わろうって考え方なのだそうだ。おそらくパナソニックも電気産業であるが、自転車に関する事で云うと、それに近いモノが有るのだろうね。



先日、お店に、パナソニックサイクルテックの、電動アシスト自転車の子供2名同時同乗自転車が発売された。初回入荷自転車は直ぐに売れてしまい、新型であるリアチャイルドシートがオプショナルなのだが、本当に安全という事に過剰なほど配慮がなされている。巨大メーカーが、それこそ責任を負うって事は、モノづくりの上では、至極当然の話なのであろうよ。



ジドウシャの世界もそうだと思うが、現在の自動車販売の主流は、その殆どがミニバンと呼ばれるスタイルのジドウシャであるのだそうだ。ワンボックスやステーションワゴンといった形の違いこそあれ、殆ど外見などの見分けが付き難くなっている様に思えるんだ。昔のジドウシャはもう少し個性的であったと思うし、スポーツカー的ジャンルが確かにあった筈なんだが…。



この現象は、日本の自転車を、ママチャリ一辺倒にしてしまった状況に酷似している様に思えてならないんだ。没個性、銀色が多くて、メーカーが何処だかは、見た目だけでは解らないってね。



可能な限りの安全性、メーカーの配慮による所が多いんだが、カタログなんかはね、もうゴチャゴチャと細かく書き綴って、かえって解りにくくしているなんてぇ事も少なからずあるね。例えば、メーカーオプションでほぼ同一車種なのに、片方にはカゴが付くのに、片方には不可としていたり…。



自転車って乗り物はね、乗り手の技術や考え方ってのが、とても大切な自己責任を以てして操作し得る乗り物でね、この辺りがハイレベルな乗り物なんだと認識しているんだが、残念ながら、現状の日本の自転車事情はね、言葉は悪いが、「キ○ガイに刃物」ってのも乱暴な云い回しだが、そう表現せざるを得ない程の自転車への認識なんである。



ただ、本当に、少しづつではあるが、変化しつつある。千葉市で公募した、自転車レーン設置に対する事前実走調査ってのにも応募してみた。案内を送るって返信が来たので、参加出来たら、色々な角度から提言をしてみたいと思う。どれだけ反映されるのかは、定かではないが…。



すまん、最近、文章がまとまらないのだ。





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2011年6月5日日曜日

忌野清志郎という男

忌野清志郎という男




俺達の青春時代、なんて書く事も気が引けるほどの、だが、確実にあった時代に、忌野清志郎率いるRCサクセションというバンドが、確かに存在した。ま、若き頃、ロックって奴ぁ、大体が反体制的セリフとエネルギーでもって、表現をしていたんでさ、いろんなイデオロギーが錯綜して、破壊的なものや、平和主義とかね、実に様々なバンドが存在し、思い思いに音をかき鳴らしていた時代って感じ。



初期のRCは、バリバリのフォークバンドでね、何しろ弟が熱狂的に聴いていたから、最初はヘンテコなバンドのうちの一つだなぁ、なんて、遠巻きに見ていた位の存在だったんだがね、清志郎は当時珍しかった化粧をしてね、ビジュアルと、あの例の、特徴のある声だ。若い頃は国立に住んでいたなんて事でね、多摩蘭坂なんてぇ、子供の頃からお馴染みの坂の名前が、歌詞に出て来たりしてさ。何しろ弟のラジカセからは、RCの曲が鳴り響いていたんだよ。だから殆どの曲を知っているって感じであったよね。



やはりガンガンのロックバンドってイメージだったRCサクセションの、初期のレコードをある時、聴いて、衝撃を受けたかな。高校時代なんて、スカシて洋楽のロックや、ジャズ、フュージョンなんてのを好んで聴いていてさ、あまり邦楽のロックや歌謡曲ってのを聴かなかったんだな。ただ、大学へ行ってね、憂歌団という浪速のブルースバンドにヤラレたね。完全にヤラレた。憂歌団は全部聴いたし、買ったし、国立のリバプールっていうライブハウス、俺達がバンドの真似事をしている様な酷い有様の、バンドなんて云えないヤツ等にも貸してくれる様なライブハウスでさ、憂歌団のライブなんかやっていたんだよ。勿論、大きなホールでもやっていて、いろいろ云ったけど、ヴォーカルの木村さんが、ストレートのバーボンをキューッってやりながら唄っていたシーンは未だに印象深いのだよ。若い頃に、オヤジっぽい所作だよな。格好イイオヤジになりたかったガキだったのだろう。そんな頃かな。初期のRCにグッと来たのはね。



上田正樹なんか、歌謡曲っぽくヒットした曲なんて全然聴かなかったのに、誰も知らない上田正樹と有山淳司とかのセッションユニットは好きで聴いていた。とっても素敵なブルースである。



以来、忌野清志郎って人が大好きなんだがね、今回は、この忌野清志郎って人、特にこのネーミングにスポットを当てて見ようと思うんだ。



以前、忌野清志郎が、テレビに出た時に、名前の由来ってのを尋ねられてさ、清志郎はシャイだから、あまり多くは語らないんだけど、子供の頃見ていたマイティーハーキュリーってアメリカのアニメ番組でね、日本語でナレーションが当ててあってさ、ハーキュリーの敵役の鉄仮面の登場の際、



「あの忌々しい鉄仮面が登場しました!」



って件が格好良かったんで・・・って云っていた事があって、そうなっているのだそうだが、本当は違うと感じているので、身勝手な持論を展開してみようと思う。



忌野清志郎って名前。今でこそ全国区であるが、当時の、世の中の反応は、当然の事ながら、宜しくは思われていませんでしたぜ。当然だがね。何しろ、今際の際にってヤツだ。死に際とか、臨終とかの意味でね忌み嫌うとか、人の死後、親近者が暫くの間家に慎みこもる事などを意味する字である。

因みに本名は栗原清志である。



この「忌」という字であるが、大辞泉によると・・・

1 (忌む)呪術的な信仰などから、不吉なものとして避ける。禁忌とする。

「葬式は友引の日を―・む」「宗教上、肉食を―・む」

嫌って、避ける。「革新を―・む」「退屈を―・む」



2 (斎む)身を清め、慎んでけがれを避ける。



嫌われがちな代表とも云える文字なのだがね、この忌ってヤツは実に奥が深いと思うんだ。人の死ってのを表すと云っても良い程の字である「忌」、さて、人が死ぬって事は、その人生をお仕舞いにするって事で、全ての人に平等に訪れる現実。この「忌」って字を分解すると、己の心なんだよね。そう。人間ってさ、生きて行くうちに、様々な社会のシガラミなんかでさ、所謂「ヨゴレ」な人間になって行く訳でさ、この忌まわしいなんて言葉ってのは、その言葉を使う人間の心の汚さってのを、表現しているんだと思うんだよ。葬式なんかでね、故人を偲ぶって事で、忌ってのは、なるほど妙に合点が行くではないか。己の汚れた心を浄化し、浄土へと手向ける儀式である葬式。身を清め、謹んでけがれを避ける、なんてある様に、人にとって大切な事柄を表しているんだよね。

この人間の生業を歌にロックに伝え、人々にメッセージを送る人間としての「忌」である。



次に「野」って字である。大辞泉によると・・・

1 自然のままの広い平らな地。のはら。「―に咲く花」「―にも山にも若葉が茂る」

2 広々とした田畑。のら。「朝早くから―に出て働く」

3 動植物を表す名詞の上に付いて、そのものが野生のものであることを表す。「―うさぎ」「―ばら」

4 人を表す名詞の上に付いて、粗野であるという意で卑しめる気持ちを表す。「―幇間(だいこ)」「―育ち」



どうだい?野ってのはさ、地球って事だよね。自然のままの広い平らな地って有るがね、ま、人類の多くが安住の地とすべく移動した「野」である。そのものが野性のモノってのも興味深いよね。



忌野ってのは、地球上の人類にメッセージを伝えに来たメッセンジャーである。なんて思っている。



清志郎、本名が清志だからね、清志郎ってのでは、あまりにも短絡的過ぎるよね。で、此処でもやはり持論を展開する事としよう。



清いってのはもう読んで字の如しである。大辞泉によると・・・



1 よごれ・にごり・くもりなどがなく美しい。「谷川の―・い流れ」「月が―・く澄み渡る」

2 心に不純なところがない。清廉潔白である。「―・い関係」「―・き一票」

3 態度がきっぱりしていさぎよい。思いきりがよい。「―・く別れる」

4 (「聖い」とも書く)おかしがたい雰囲気である。神聖である。「―・しこの夜」



と云った所で、やはり淀みの無い、なんてのがそうだね。そして「志」。



1 ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。

「―を遂げる」「事、―と異なる」「―を同じくする」「青雲の―を抱く」

心の持ち方。信念。志操。「―を高く保つ」

2 相手のためを思う気持ち。厚意。「―を無にする」「お―はありがたいが、辞退します」

3 謝意や好意などを表すために贈る金品。「ほんの―ですが、御笑納ください」

香典返しや法事の引き出物、僧への布施の包みの表に書く語。→寸志

4 心を集中すること。注意。

5 相手を慕う気持ち。愛情。

6 死者の追善供養。

そして「郎」という字である。



1 男子。特に、年若い男子。若者。

2 女性から夫、または情夫をさしていう語。郎君。

3 中国の官名。侍郎・尚書郎などの総称。

[接尾]数を表す語、またはそれに準じる語に付く。



1 一族あるいは一家の中で、男の子の生まれた順序に従い、男子の名前をつくる。「一―」「次―」

2 男女の別なく、子供の生まれた順序を示す語として用いる。



さて、清く正しく生まれ志に於いて、人の為を思う、郎であるから男だよね。ふむ。人が生きて行く上で必ず訪れる「死」という現象、そこへ到達するまでの過程を、如実に表した唯一無二の名前、それが…



忌野清志郎 という名前の持つ意味だと、甚だ勝手乍ら、解釈致しました。



この人の歌には、愛が溢れているんだ。



同じ時代に生きられた偶然に、感謝をしているぞ。



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2011年5月22日日曜日

心のデトックス

 自轉車家…いやいや、自転車屋さんってのはさ、通常の人々のお休みにあたる、土日祭日が忙しい。当たり前なんだが、そうなんである。だから、自転車が好きで、乗る機会を増やしたいなぁ、なんて思ってはいるモノの、朝夕の通勤時間以外、自転車に乗る暇が無いのが、慣例である。



休めても大概平日のローテーションで、しかも店自体は営業したりしているから、なかなか平日休みで、自転車好きな筈のスタッフ同士で出掛けるといった事もままならないのが現状なんであるよね。



 自転車屋さんが、置かれている環境ってのが、俄かに変って来ていると思う。以前にも書いた記憶が有るんだが、自転車屋さんが、自転車を売っているだけの、云わば普遍的な当たり前って事でまかり通って来た時代があったってのも、一方での事実。ロードレース関連の自転車イベントに参加するってのも然りだし、確固たる目標であっても、それは良かろう。ただ、扱う自転車は、何もロードレースばかりでは無い。クロスバイクなり、マウンテンバイクだってある。



そりゃあ、全部に答えるってのも大変であるよ。だけど、一年をいくつかに分けて、年に1度位、お客さんの為に、土日に店を休んで、大いに遊ぼう、なんてのも出来たら素晴らしいではないか。



 で、お店が全店的に臨時休業となる5月18日、そんなイベント開催の、大いなる下見をしに行こうって話がまことしやかに推し進められ、これも、参加者たったの3名ではあったのだが、バーベキュー場やコテージも併設されていて、自転車的には関係無いが、何とディスクゴルフコース(フリスビーを使用してプレーするゴルフ)もあって、個人的に、大いにテンションが上がった。その場所とは・・・

 埼玉県青少年総合野外活動センターMTBコース。県の施設だから、何ともショッパイ雰囲気たっぷりのネーミングだが、ショッパイのはネーミングのみで、流石は県営の自然の森、良く整備をされているのだ。駐車場にバンを止め、少し下って受付のある総合センターへ。…そうは云っても、相当クルマで登って来た感は有る。狭い道をズンズンとね。らしおテンションマックスで、チョッとウザい。



「すいませーん。マウンテンバイクやりにきたんですが。」



なんてね、ベタに声掛けたりしてさ、受付を済ませ、利用料を聞いてビックリ!



「おひとり様、50円です。」



だってよ。思わず、



「お!俺様が奢ってやる!ぶはは!」



って云っちゃったもの。



 で、コースのレクチャーを係のお姉さんが、親切に教えてくれた。初級コースと上級コース、上級は何やらアップダウンが激しいんだそうだ。不安そうな今回参加者の紅一点SZYさんが不安げな表情。マウンテンコース走行は初めてと云う。大丈夫大丈夫。と、一番説得力の無い俺様と二番目に説得力の無いらしおが連呼する。SZYさん、更に不安げ。




ともあれ、早速コースに出発である。親切に要所要所にコース立て看板があり、チョッとした広場的なコースに、足慣らし的アップダウンコースを作ってあり、そこでも結構面白い。実際SZYさん、下って登っての変速が間に合わず、登れず足を着いて、そのまま後ろに倒れ込んじゃった。



「ああ、難しい。無理かも。」SZYさん。



「大丈夫大丈夫大丈夫。わははは。」と2人。テンションマックス。2人。ウザい。2人。





その広場含め、初級2km、上級2.5kmの周回コース。そんなに構えず、だが、山間に絶妙なコース設定なので、かなり面白い。一週目で無理っぽいって弱気だったSZYさんも、コースの全体像を把握出来るや否や、マウンテン初心者とは思えぬ下りのスピードである。らしお曰く、自転車部の新人の男の子がビビって普通行けないってのが殆どだけど、SZYさん凄ぇや。だそうである。SZYさんの運動神経とか、反射神経とかが、素晴らしいのだろうね。らしおは流石に綺麗に乗るね。持ち込んだのはスペインのオルベア社のMTB、XC仕様である。超軽量だ。SZYさんはルイガノのXC仕様車。俺様はデブだから、ノルコの…何用だ?こりゃ?デブ用か?ま、無茶しても壊れそうもない仕様ってヤツかな?



何本か走って、息も絶え絶え、なんて所で少し早目の昼食タイムである。そこで自分のノルコの異変に気付く。





「ぅお?リアハブがガッタガタやん!?だっせぇ!」



そう云えば、ノルコ組んだ時、大体はそうなるのだが、278の、お店在庫の部品優先で組むから、有るモノ出たとこ勝負なんだね。で、XTRハブと、シマノ安ハブとがあってね、XTRは高いから、シマノの安ハブ(デオーレですら無い)にしたんだ。フロントはXTの20mmスルーアクスル仕様だから、当たり前だが、びくともしない。ハブコーンレンチも無いから、そのままガンガン走る事にした。壊れたら編み変えようっと。ってなモンである。



そこでテンションが少し落ちた俺様であるが、やっぱりモノの価値ってのはこんな所に如実に出るんである。そりゃあそうだよなぁ。ただ、ヨースケに譲って貰った、ストロークの長いマルゾッキの重たいサスペンションと相俟って、下り系は凄く調子がイイ自転車だって事を再認識出来た事は収穫である。…登りは向いていないがね。マッタク向いていない。…イインダヨ、どうせ坂道は、おっぺしゃあイイんだから。



昼食後、SZYさんは少し休憩で、クルマに残り、らしおと俺様は再びコースへ。上級コース立て続けに2周したら、流石に足に来た。らしおも来たってから、結構なコースなんだろうな。で、SZYさんを交え、更にコースを走る。走る。走る。



たっぷりと心と体をデトックスして、リフレッシュ。でも体中汗みどろ。件の山を下ると、受付のお姉さん推薦の(?)武甲温泉へ。残念ながら混浴では無かったが、なかなか良い泉質で、満足満足。風呂を上がって、ビールを呑んでいる人々を、本っ当に羨ましく思いつつ、一路千葉へ。行きも帰りも運転手だ。だって俺様が運転した方が一番安全だろ?らしおはらしおだし、SZYは女性だし…俺様、何故か女性にジドウシャを運転させて、横に乗ったりするのがあまり好きではないのだ。昔から。ま、昔は職業運転手、昔取った杵柄で、それもよかろう。



皆で、沖縄料理を食おうと思い店を回るも、一件は一杯で入れず、一件はいつの間にかつぶれていて無いし…仕方が無いから、近所の、最近うどん屋だった所が、蕎麦屋と居酒屋も同居した様な店に落ち付き、せっかくだから、誰かに自慢話をしようと、暇そうな人に連絡しその中、今回のマウンテンに行きたがっていたが、平日で普通に行けなかったおしょうを呼びよせ、たっぷりと自慢話をして帰る。おしょう、ありがとう。



翌日、出勤し、少し空いた時間を見計らい、リアハブをOH。玉押しもベアリングも無事で、まだ使えそうだ。ただ、シマノのグリスがデロデロだったから、スーパーグリースでグリスアップして、素晴らしい回転になったから、ホイールの振れ取って、センターを出して、また使う事にした。





満腹満腹。よし、皆で行ける企画をしよう。キャンプOK、BBQ OK。



お店でこれを企画、実行して行く事が、今後は大切なんだと思う。山を走ってナンボのマウンテンバイクである。



どうだい?愉しそうだろう?







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2011年5月11日水曜日

文明の発展と 英知の集結 そして自然現象

云うまでも無く、我々は地球上に動物の一種として生活をしている。高度な文明と、経済成長…ほんの僅か百~数百年前までは、丁髷結って、刀で人を斬り合っていた民族なのにね。太古の昔から、人は自然現象と共に生きて来た。共生である。経験者の知恵や言い伝えを知り、月日が経って、それを知らない大勢も、その地に住むようになったりする。



文明の発展と共に、更なる安楽を求め、より良い環境を求めて、地球環境的には悪いとする事も、人は推し進めてしまいがちである。人はサボろうとする動物だからね。人は、速く、楽に移動出来るように、130年程前に自転車とジドウシャを発明した。以来、ジドウシャ産業の発展は凄まじい勢いで急成長したよね。今や世界が認めるHONDAのジドウシャ、実は第二次世界大戦後に2ストロークエンジンを自転車に取り付けるエンジン屋さんだったんだよね。1951年にホンダのドリームE型、OHVの4ストロークエンジン付きオートバイが出現するまで、箱根をノンストップで越えられる日本製のオートバイは存在しないって、信じられない時代が、ついこの間の事である。今、そんなエンジンを探す方が難しいよね。



俺様が18歳の時、初めて乗った4トン車は、当然だがエアコンはおろか、クーラーすら付いておらず、パワステさえ付いていなかったんで、巨大なハンドルをウチ掛けしたって、スエ切り(トラックが止まった状態でハンドルを切る行為)なんざぁ、至難の業だった。汗を滝の様に流して仕事をするのが当たり前だと思っていた。快適なんてのは、乗用車にこそ必要なモンだと信じて疑わなかった。



技術革新は有り難い。でも、自転車という乗り物は、ジドウシャ程の、劇的な変化は生じていない。ハナっから完成度が高かったと評すべきだろうな。本当は凄まじい変貌っぷりなんだけれど、あまりそうは感じさせない完成度って云えば…伝わらないか。ま、自転車に対する思い入れも大きいが、オートバイや、ジドウシャの黎明期を成長の糧として生きて来た世代としては、やっぱりエンジン動力の乗り物にも、興味は尽きないんだと思うね。





今回の地震による、福島の原発事故を発端に、エネルギーの見直しって事が、様々な方面から議題にのぼっているね。豊かさってのを、贅沢に無駄遣いする事が正義であるかの様に、大量に消費する時代は終わりにしなければならないね。ただ、原発を造って電気を使い、結果大勢の犠牲者が出ましたから、では原発そのものを見直しって方向性は、難しいんだと思う。だってね、ジドウシャをはじめとするモータリゼーションだってね、多くの犠牲の上に立っていて、これ以上犠牲者を出したくないからって云って、ジドウシャを全廃するって事は、ナンセンスだろ?その位、シュールでナーバスな問題何だと思うぞ、原発は。



電気関連事業者、特に電力を消費して動く機械を作っている全てのメーカーは、電気を作る側のメーカーにもにもなると云う、努力が必要だろうね。木を切る業者が、後世の為、植林をするとか、ね。



原子力発電に対しても、多くの賛否が飛び交っているんだが、日本のメディアは、福島原発の取材や映像を撮影しに行こうともしない。何故だろう?意味の無いキャスターが、何の意味も無く、もう安全が確保された被災地に赴き、「大丈夫ですか?」なんて物見遊山しているのに、NHKですら、原発を取材しない。現場作業員の被ばく検査も、やらなくなった。これら全ての実態が、福島の現状が危険な状態にあるって証拠だろうな。原発の廃棄物も、日本はおろか、世界中に於いても、処理する場所が無い。正直、原発に頼らざるを得ない日本の現状や、代替のエネルギーが喫緊には準備できないという事実があるんだろうが、万が一の危険性を無視した安全神話は、絵に描いた餅でしか無く、今回その万が一ってヤツが、起ってしまったんだね。安全だとしている原発が、災害にあってしまうと、人間が制御不能に陥る。長期間の土壌や、海、大気汚染が長期間に渡り、汚染され、使用不能となる。



人間は神では無い。

奢ってはいけない。

文明の立役者なるは、地球との共存。自然の営みの大きさに、人は成す術は無い。知恵と経験で、それらを回避するってのがせいぜいだよね。



今回の東電の賠償金も、甚大な額となりそうで、東電は政府に支援要請をしたね。政府ってのは、結局の所、国民負担なんだよね。いくつかの隣国は、災害で疲弊した日本で、新しいシェアを我が物にしようと企てる、ハイエナの様な考えを持った輩が虎視眈々と狙っている。



政治家が、そういった不届き者達の防波堤にならなければ、本当に日本は蛻の殻になってしまうよ。





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